鼠径ヘルニア手術体験記


     1 ヘルニアとは知らなかった

前立腺癌全摘出手術して約4年余、PSA(前立腺癌腫瘍マーカー)を3ヶ月に1回フォローしている。20045月の定期検診の折、下腹部が時に引っかかることがある、どうも下腹部が全体に膨れしかも右が目立つ。前立腺癌の手術のとき、大腸と前立腺が癒着していて剥がすのが難しく大量出血、大量輸血したことがある。その後遺症かもとドクターに訴えた。早速ベッド上に横たわり触診、立ったまま触診、すぐにこれは鼠径ヘルニア、通称脱腸の初期です、未だ手術は必要ないでしょうとのことだった。

半年後の11月の検診時、血液検査、PSA0.006は問題なし、下腹部のヘルニアの膨隆が目立ってきた。一度外科で診てもらいましょう、ドクターはその場で外科の画面を開いて診察の予約をしてくれた。

予約日に外科にいくと、手術前提か血液検査、尿検査、レントゲン検査をする。CTのスケジュールが過密で1週間後になる。その結果を踏まえて総合診断があった。病名は右鼠径ヘルニア、手術したほうが良いでしょう、右側は手術するが左側をどうするかな、考えておきます。年内はベッドが空いていない、正月明けになるとのことだった。正月は恒例の家族・親戚との団欒の予定がある、傷口が痛くて旨い酒も飲めないのでは堪らない、正月早々の手術をお願いした。手術日は別途連絡とのことだった。

その晩ドクターから電話があり、再度患部を診たいとのこと、1週間後外来診察室にいくと超音波エコーで右側下腹部の写真をとり手術の部位をX字でマークした。左側もエコーで診て手術するかどうか判断が難しい、ついでに手術することも考えられるが、今回は止めて膨れてきたら手術しましょうとのことだった。入院は14日、5日手術の予定が6日入院、7日手術になった。3日に三河から車で横浜まで帰宅するから4日入院はきつい、予定が伸びてホッとする。

    2 ヘルニアとは何か

昔から脱腸という言葉は聞いていたが幼児の病気と思っていた、今は成人男子のシニアーが多いらしい。腹が痛い、痛いと我慢して手で抑えて腸が中に引っ込むうちは良いが引っ込まなくなる[専門用語で嵌頓(カントン)と言うと緊急入院手術ということになる。手術しなくても無理をしなければ良いとのことだが、海外旅行にも行きたい、今年は古希を迎えるが孫と富士山にも登りたい、重量物を持つかもしれない、長時間立っているかもしれない、手術する以外には無いと思うようになった。

専門的な解説は別として、腸の付け根(鼠径部)のところで、筋肉が衰えて腹膜が弱くなり、鼠径部の筒状の管(血管や精管が通っている)が緩んできて、その隙間から腸などの組織が飛び出てくる病気、それで脱腸とも言う。古タイヤがバーストして中のチューブが飛び出すという喩もある。盲腸と同じく外科の手術で昔からポピュラーなものらしい。

なぜヘルニアになったのか、加齢ということもあるが、原因は未だに医学的に解明されていないらしい。先天的なもの、前立腺肥大、腹部手術、肥満、立ち仕事、ライダー、腹部に衝撃のある仕事その他いろいろあるみたい。

患者数は日本では年間15万人位、米国は90万人、人口が2倍としても、日本は米国の1/3である。前立腺癌が日本で急増しているように鼠径ヘルニアも今後増えるであろう。私見だが食生活の洋風化だけでなく住生活の洋風化も関係しているように思われる。その昔日本民族は世界一の河川に恵まれ稲作を生業としてきた農耕民族である。田植え、田の草取りなど屈んで仕事をしてきて腹筋は鍛えられ、脚は短く太く、胴長で腸も長くヘルニアは出てこなかった。狩猟民族とは違う体になっているのであろう。住生活でも違う、特に寝具は布団、朝晩の上げ下げは腹筋が鍛えられる、休むのにもベッドよりも腹筋が鍛えられるらしい。しかし洋風化してきた、今後は日本人がそれほど腹筋が強いとは言えないようになってくるだろう。

    3 治療方法

従来は腹部を切開して腹膜を縫い合わせる手術だったが、再発率が高い、入院期間が長いなどで最近は余り行われない。近年はメッシュプラグ法、PHS法など人工補強材を挿入して腹膜を縫い合わせる方法が日本では主流である。一部日本でも最新のクーゲル法が採用されている、腹腔鏡下で人口補強材を挿入する、しかし全身麻酔、皮膚切開部分が小さい、手術時間が短いなどの利点もあるが、米国のデータでは再発率がメッシュプラグ法より低いというデータはない。また技術的に難しいこともあって日本では未だそれほど普及していない。

人工補強材には色々なものがある、バードパーフィックス社(英語のURL: http://www.perfixplug.com/index.html ) ジョンソン&ジョンソン社(日本語のURLhttp://www.jnj.co.jp/jjmkk/dr/hernia/k_hernia_02.html )などのもの。何れもポリプロビレンの素材、生体拒否反応が少ない、感染が少ない、かれこれ長いものは40年の使用実績があるという。形状はバドミントンの羽根を広げたようなもの、大きなものは12x8cmの楕円形のものから、小ぶりの2枚重ねの長方形ものまで多様。これを挿入して体内で溶ける糸を使い腹膜に縫い合わせる。

腹の切開口の治療法も最近は進歩している。従来方法は傷口を針で糸を使って縫い合わせる方法、消毒,抜糸が必要でケアーが面倒だった。ホッチキス法というのもある、ホッチキスの針で縫い合わせる、手縫いより見た目もよく時間も早いが針の除去が必要である。テープ法というのもある、傷口を横に何ヶ所かテープで固定する、くっついたらテープを剥がす。今の短い傷口の治療の主流は生体用表面接着剤である、ボンドのような透明の接着剤で傷口全体を固定する、傷口の消毒とか抜糸は不要である。

医療技術の進歩、医療制度の改革もあり、米国では日帰り手術が主流らしい、しかし病院近くのホテルに宿泊・通院する人もいるらしい。日本では日帰り手術もあるが稀、通常は23日から1週間まで幅が広い。

    4 根治手術の体験

 入院・手術・退院・外来診察の順にやや細かくなるがまとめた。傷口が刺身でたとえれば鮪の刺身のように赤いのが鰹のタタキのように黒ずんでくるのを毎日目で見て、回復の状態が確かめられたのが印象的であった。

     初日 入院


 病院までは車で地道を行けば約50分、高速を使えば25分だが、病院は原則入院期間内駐車禁止。入院に必要なものを結婚式の時に貰った大きな紙袋にいれて、手荷物用のカートに載せてロープで固定しガラガラ引っ張っていくことにした。やがて車に乗れない時もくるだろう、そのときのリハーサルの意味もある。女房とバス、電車、モノレールで約1時間、指定の10時半前に着く。やがて迎えの看護師(ナースと言うほうが馴染みやすい)がきて病室に案内される。4年前の前立腺癌手術の時は8階の全面海側の眺望がよい部屋だったが、今回は7階の4人部屋、それでも海は斜めに目に入る、大型,小型の船が何隻か航行中である。

Yナースから今後の予定が説明される、主治医2人 A、Nドクター、研修医2人 I,Sドクターとのこと、麻酔,手術の説明は午後のドクターの時間が空いた時にある。昼食後剃毛,入浴をすませること、夜は9時まで飲食可能だが0時からは絶食,水もダメ。9時に下剤と睡眠薬服用とのこと。

  剃毛

若い時の盲腸、前立腺癌の時も下腹部を剃毛したが、何れもナースに剃刀で剃ってもらった。今回は電気バリカン、ご自分でお願いしますとのこと。これは優れもの、風呂場で綺麗に剃ることができた。ナースにしてみれば下腹部の剃毛はできたらやりたくない仕事かもしれない、それに皮膚の弱い人の剃刀傷、消毒も大変だったらしい、改善されて良かった。

  弾力性ストッキング

手術のさいに弾性ストッキングを履くというのは初耳であった、何でも血栓防止策らしい。足首・ふくらはぎを計測して適当なサイズのものを持ってきた。SSからLLまで5種類あるが太い短足にはぴったりしないところがある。ナイロン・ポリウレタンの素材で日本人用に開発されたもの、補助スリッパ入りで軽快に履くことはできるが足が締められたような感じがする。日本人用は欧米人と比較して圧迫力が高く設計されているらしい、足が丈夫なのかな?

  麻酔の説明

麻酔の説明ということでAドクター、Iドクター2人が病室にみえた、別室で説明を受ける。A4 3頁の資料で麻酔の方法は脊髄麻酔、だめな場合は全身麻酔をするということだった。4年前の前立腺癌手術の場合は全身麻酔だった、口に管を入れて呼吸する、意識はないが、術後は呼吸が苦しく大変だった思いがある。 脊髄麻酔は意識がある、ドクターなどの声が聞こえるのが耳障りで全身麻酔を希望する人もいる、如何しましょうかと問われたから,即座に声が聞こえても結構ですと応える。

痛みがあればそのつど言ってください、右鼠径ヘルニアで普通より大きい、約7cmそのため手術時間が延びるかもしれない、2時間をオーバーするようであれば麻酔方法を再考しますとのこと、こちらはよろしくお願いしますと頭を下げる以外ない4年前に比較して麻酔の説明は的確、しかもヘルニアの大きさまで調べている、信頼がもてる。

  手術の説明

 ナースからドクターが忙しくてなかなか説明にこれないとのこと、女房に帰るように言うが聞いてから帰宅するという。17時過ぎにNドクターがやってきた、別室でA4 1枚の資料で説明を受ける。麻酔に1時間、手術に1時間、覚ますのに1時間、合計3時間くらいの手術。手術の方法はメッシュプラグ法、メッシュの写真と腹膜挿入図で説明を受ける。最低限の知識はインターネットで調べていたからよく理解できた。手術の合併症は前立腺癌の時は他人事のように聞いていたが今回は真面目に聞いた。

@       創部の痛み:まれに数週間続く、座薬と内服薬で様子をみる。

A       出血と創部の腫れ:基本的にはまず様子をみる。

B       創部の感染:抗生物質の使用、メッシュの感染が稀にある。

C       再発の可能性:ごく僅かだがメッシュを取り除いて再手術する。

D       肺塞栓症やその他手術に伴いおこりうること:極めて稀である。

メッシュなど人口挿入物に興味を持ち質問した、ドクターは翌朝回診時バード社のホーム頁を1枚印刷して持ってきてくれた、恐縮した。それにしてもヘルニア修復医療専門会社があるのには驚いた、さすが米国、医療技術は日本より進んでいる。

1800時 夕食を食べて21時消燈、下剤と眠り薬を飲む。前立腺癌手術の時は睡眠剤を飲まなかった、眠れず朝を迎えたが、今回は熟睡、すっきりして目が覚めた。手術の時には睡眠薬は副作用も余り無い、飲んだほうが良い、4年前はくれなかったが改善されていた。

      2日目   手術

 朝から絶食、腹が減るが人間ドックのときと同じと思っていたら、ブドウ糖添加リンゲル液の点滴があった、500ml100カロリー。10時頃浣腸とのことでトイレへ行き、ナースが浣腸をしてくれた,5分間我慢してくださいとのことだったが、我慢できず2分位で出た。病室に戻ってからどうも腹がすっきりしない、1時間後にまた出て腹はすっきりした。

手術は1300の予定、1200に青い手術衣がきたので着替える、腕には患者識別バンド、足裏にはマジックで名前を書く、足に弾性ストッキングを履く、時計と入れ歯をはずして準備完了。

1245 手術室のナースとドクターが病室に迎えにきて、ベッドのまま4階の手術室に入る、女房とはここでバイバイ。入室すると名前が聞かれ、腕の識別バンドが読み上げられ、足の裏の名前が読まれる、患者誤認手術の再発防止策か3重のチェックに恐れ入る。

病棟のベッドからストレッチャー(移送用ベッド)に乗換えて一番奥の手術室まで行く。

大きな手術室、麻酔医のドクターほか覆面をしていても馴染みの顔がある,数人位。ストレッチャーから手術台に高さを調整して体は横滑り、手術台の狭さに驚く、寝返りしたら必ず落ちる。

心電図、血圧計がつけられる、チクタクという音が妙に良く聞こえる。足には弾性ストッキングの上から血圧を測るときのような定期的に圧迫をふくらはぎにかける機器がつけられた、肺塞栓防止ということらしいが、右足,左足交互にふくらはぎが締め付けられる、気持ち悪い。

消毒が済んでから脊髄麻酔、ナースに支えられてベッド上に海老のように丸くなる、脊髄のところにチクッと針が入る、ドクドクと冷たい麻酔液が入っていくことが分る。麻酔ドクターが氷のような冷たい温度計を頬に当てる、冷たい、下腹部に当てる、何も感じない。やがて心臓部分までは暖かく感じるがその下は何も感じなくなる。麻酔はどうやら効き目があらわれた。次は尿管の導入カテーテルをドクターが入れようとする、うまくいかないドクター同士があせっているのが感じられる。何かおかしいと言うから、実は4年前前立腺癌手術の時、尿管の縫合がうまくいかず狭くなっているはずと告げた。ドクター同士鳩首協議、細いカテーテルを挿入することに決めたらしい。それはスムーズに入ったみたい。大分時間がとられたが今から手術に入りますと告げられる、俎板の鯉の心境でよろしくお願いしますと言う。メスで切られたところまでは記憶があるが、それ以降は何も覚えていない。多分軽い鎮静薬が盛られて眠りについたのであろう。

ポンと肩を叩かれ目覚める、手術は無事に終了しましたと言われ、ありがとうございましたと応える。ストレッチャーに載せられて、さらに病室のベッドに乗せかえられて病室に帰ってきた。麻酔が効いているみたい、痛くも痒くも無い。栄養剤、抗生物質の点滴が続く。何もやることがない、仰向けで横を向いてTVを見たり、ラジオを聞くくらいのもの、本を眼鏡をかけて読む気はしない。まだ足のふくらはぎのモミモミは続いている、麻酔が切れてくると余計に気になる。

21時消燈、点滴も終り眠りにつく。夜中の2時ごろ、ナースが懐中電灯片手に見回りに来たのに気づく、どうも下腹部が冷たい、手をやると濡れている。ナースにカテーテルが外れたのではないかと言うと、布団をめくりビックリした顔になる。痛いのを我慢して頭を起こし下腹部を見る、ビショビショで寝小便をした昔のことを想い出す。ナースはすみませんと何回も頭を下げる、彼女が悪いのではなく、ドクターの管の結合が緩かったか、蓄尿のバッグの置きかたが悪かったのであろう。寝返りを打った拍子にカテーテルがはずれたらしい。ナースはテキパキと動く、濡れたものを全部取りだし廊下にだす。下に引いてある青いビニールのシートをめくり、新しいのに替える。手術衣を脱がす、熱いお絞りで患部だけでなく下腹部,背中を拭いてくれる。裸の体に寝巻きを着せる。パンツを履いていなかった、パンツを履かしてくれる。布団と毛布を新しいのに替える。導尿カテーテルをしっかり結合、寝返りで外れないようにビニールの管を調整した。最後に足の静脈圧迫ポンプをセットしてお休みなさいと小声で言う、ご苦労様ありがとうと、礼を言う。

眠ろうとするがうとうと、まんじりともせず夜が明ける。どうも残尿感がある、早くカテーテルを外してもらえないかとナースに言うが、ドクターの回診まではだめだと断られる。パンツに手をやると少し冷たい、尿が漏れているみたい、細い管をつないだ口から漏れているのであろう。早朝S研修医が回診に来た、カテーテルを抜いてというが少し辛抱してくださいという、しようが無い我慢する。Nドクターが回診して傷あとをみてOKであれば明日退院しても良い、明後日でも良いと言う。老人医療費高騰の折また病院も早く退院させたほうが医療制度の改善で有利らしい、成人の日の連休でベッドは空いているみたいなのでゆっくりしたい、明後日午後とお願いする。自力で電車で帰るとしたら痛みが少なくなってからのほうがよい。タクシーで数千円、確定申告で入退院のタクシー代は控除できる、金が無いわけではないが、ケチなのかな?

     3日目(手術の翌日)

丸1日絶食では腹が減った、朝食は8時にきたのできれいに平らげた。食後御膳を持って配膳車まで帰しに行った、蓄尿バック片手にヨチヨチ歩くが少し痛いだけ。入れ歯の手入れと歯磨きも蓄尿バック片手に済ました。

10時頃Nドクターの回診がある、懸案のカテーテルを抜いてもらう、ずるずると簡単に抜けた。一気に残尿管が無くなる、自力でオシッコできる、良かった。傷口のガーゼを取って傷跡はきれいで問題はないでしょうとドクター。頭を起こして傷跡を始めてみた。盲腸の傷口の下に6cm位傷口が見える。透明なボンドのような接着剤で固めてある、1mmくらい塗布してある。消毒も不要、シャワーは今日から入っても良い、風呂は念のため退院後にどうぞとの話であった。接着剤は自然に剥がれてくるので、自分で剥がさないように,次回の外来診察の頃には剥げ落ちているでしょうとのことだった。

昼食後に娘夫婦と孫達がやってきた、腹を切ったのに歩くのを見てビックリしていた。孫は寝間着姿の爺様をやや敬遠気味。ディールームで暫らく歓談して帰っていった。お見舞いにと大福餅を持ってきた、1日に3個も食べたのは生れて初めて。

夕食後のナース回診時、いつもと同じように血圧と熱を測るが微熱がある。37.1度、熱を測らなければ分らないかもしれない、やや頭が重い気がする。アイスノンを枕の下に置いて寝たら23時間で熱が引いた。昨晩はカテーテルが外れて寝小便、余り寝ていない、寝返りを打つと響いて痛む、座薬をしてもらう、効き目抜群寝返りしても痛くない。

       4日目(手術後2日目)

今日は日曜日、病室の空きが目につく。10時頃I研修医の回診、傷跡をみて大丈夫と言う。廊下を歩くだけでなく階段の上り下りもして体を徐々に慣らしてくださいと言う。昼食後階段にトライした、7階から1階まで、降りるときは右下腹に響いて痛い、上るときは別に痛みを感じなかった。前かがみで歩いていたのが姿勢良く歩くことができるようになった。

     退院 5日目(手術3日目)

6時半新聞を買ってディールームを通ったらTV体操の時間だ、ご老体が始めようとしている、一緒にTV体操をした。前屈の時には響いて痛い、ジャンプは着地の時響く、マー致し方ない、その内回復するでしょう。

昨晩ガスは出るが中身が出ない、下剤を貰って飲んだが朝になっても出ない。丸2日溜まっている、少し気持ちも悪い。ナースが浣腸より緩やかなゼリー状の下剤があるというのでお願いした。1時間後に出た、暫らくしてまた出た、気分爽快になる。シャワーを浴びてから退院の準備をする。

成人の日にもかかわらず、Nドクターが回診、傷跡をみて順調に回復中とのことだった。2週間後の外来診察までは、激しい運動は避けてください、重量物は持たないようにとのお達し、水中ウォークも我慢したほうが良いでしょうとのことだった。

背中の両側の皮膚が赤く腫れている、足の弾性ストッキングを履いたふくらはぎの部位が赤く粒々になっている、痒みがひどい。背中は消毒の副作用、足は締め付けがひどく蒸れたものでしょう、軟膏を塗布したら少し痒みはなくなるでしょうとのことで薬を手配してもらう。ドクターにお礼を言って別れる。

ナースが痛み止めと胃腸薬のセットの内服薬、さらに座薬をくれた。痛みが出たら使用してください、熱が38度になったら外来に電話してくださいとのことだった。今日は病院事務は休みなので、明日請求書を送りますから振り込んでくださいとのこと、お世話になりましたと礼を言う。因みに国民健保3割負担で入院費72千円。

昼食後、娘夫婦が迎えにくるという、自力で多分帰宅できるが、折角迎えにくるというのも断るのも悪いので乗せてもらう事にした。セダン5人乗り娘婿が運転、助手席に座る、娘と孫2人が後席、後席の半分をチャイルドシートがしめている、狭いと小1の孫が文句を言う。日本の乗用車は世界で文句なしの一流、しかしこのチャイルドシートはごつい,もっとスマートで機能的なものは出来ないのか、どうみても3流、製品の改良を望みたい。ついでに孫に車には席に座る順番があるのを教える。年齢、偉いひとの順番で後席の真ん中は3番目の人が座るのが大人の人達のきまりと言う、それは分ったけど狭すぎると文句、子供は正直だ。休日だったが余り込んでいなくて50分で自宅に着く、家に上がると後片付けも大変でしょうからと娘は気を利かして帰っていった。そうなんだ、新聞、郵便、Eメールなど5日分溜まっている、夜遅くまで整理にかかった。

      外来診察(手術後18日目)

 外来診察室に行く、今日はWドクター。傷口はきれいです、人により半年から1年下腹部の引っかかり感がある、付け根の痛みもあるかもしれませんとのこと、一応今日で診察は終わりですと告げられる。驚いたのは運動について質問したら、2ヶ月は激しいスポーツは避けてください、重量物は持たないようにとのことだった。古希を迎える爺様は無理をしないようにとのことかも。それにしても手術の翌日から歩く、階段の上り下りも良いというドクターから、外来診察までは激しい運動は控えるようにというドクター、1ヶ月は我慢したほうがよいというドクターまでいろいろ。自己責任でマイペースで徐々にやるということか?



    5 手術を終えて

ドクター、ナースの献身的サービスで手術できてよかったと思う。今回右側だけ手術したが左側が膨隆してきたらまた手術しよう。一度に両側手術したら、両側が痛んで大変だっただろう。何年か前に白内障を手術したが、両眼一度に手術する勇気は無かった、こわかった、2回に分けて手術してもらった。

4年前の入院時と比較して病院も確実に変っているのが分った。

「入院患者さんアンケート」

病院長、事務局長連名で退院時アンケートを依頼された。その昔TQC(綜合的品質管理)の仕事をしていて、お客様第一主義で随分アンケートをお願いしたことがある。病院も患者第一で改良・改善を目指しているのは良いことだ。因みに5点法評価で記名式

@       病状,治療方針の説明は分りやすかったか

A       医療・安全管理上の問題はなかったか

B       医師,看護師、薬剤部、技師などの応対はどうか

C       病室、トイレ、ディールーム、食事などの療養環境はどうか

D       職員の応対、療養環境などについての自由意見

個々のクレーム・意見もさることながら、外来の科別、病棟別に集計が出れば改善しやすくなるはず、有効に生かされるのを期待したい。

食事

 戦中・戦後のひもじい時に育ち、食事は残さず何でも食べる癖がついていて、ふだん食事について余り言わないが、病院食は正直旨くない。予算の制限があるから贅沢は言えないが、薄味、野菜類が少ない、主食のご飯がまずい、日頃贅沢で口がこえているからだろう。とはいえ早飯で全部平らげた。

テレビ

 4年前は丁度オリンピックがあり、首が痛くなるほど寝転んでみたが、今回はみる番組がない。その昔大宅壮一さんが「一億總白痴化番組」と揶揄した、民放N社長は「日本人は働き過ぎ、ストレス解消のための娯楽番組を提供」と言うくらいだから内容は知れているとは思ったが、昼夜チャネルをひねり続けてTVをみるのが馬鹿らしくなった。BS放送の海外ニュースなどは大衆迎合で新聞などに報道されないことがでている。ディジタル放送が開始されたら番組の量だけでなく質の向上を期待したい。それに比較するとラジオのほうが良い、第一、姿勢はどういう格好でもイヤーホーンを入れるだけでいろいろな番組が聞ける。特に夜9時消燈から朝6時まで長い、「ラジオ深夜便」は優れものだ、ただパーソナリチティーと称するアナウンサー、もう少し自分の連れ合い、子供、親などの話題があればより身近に感ずるであろう。

病室

  前回入院時はメンバーに恵まれ、患者同士ワイワイガヤガヤ会話が面白かったが今回はつまらなかった。一期一会とは思うものの、自閉症かと思うほどカーテンを締め切り喋らない若い男、カーテンは開けっ放しだが余り喋らない70代爺様、癌の検査入院の人は新入りで遠慮して余り喋らない、人の生き様はいろいろか?

インターネット

 前回はノートパソコン持ち込み、毎日公衆電話の所に行きEメールを受信した。今回は面倒なので持って来なかったが、病室のベッド横でインターネットが接続できる、ただし150円/日。くだらぬTVをプリペイドカードで見る料金でインターネット・サーフィンできるのはよいが、寝転んで見るわけにはいかないのが残念だ、しかし次回入院時はノートパソコンを持参しよう。

新聞

6時には1階の自動販売機で買える、売れるのは日刊紙とスポーツ紙。日本人は新聞中毒なのか、早くいかないと売り切れ。140円と高いが日経、130円の朝日がよくでている。以前都内のM病院に白内障で入院した時は、朝早く病室のカーテンを開けて新聞を配達してくれて、患者同士で各種新聞を回し読みしたことを懐かしく想いだした。

拙い手記をお読みいただきありごとうございます。ご参考になれば幸いです。


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