光で生きる人−石川皓英さん(2)

 

台風

以前、石川皓英さんの講演の中で
「今年は台風が、まともに来たから
 自分のところの農場の作物は被害がでたけど、
 特に、お花畑は全滅したけど
 でも、おかげで海は救われた。」

と話されたことがあった。
「ひどい赤潮で
 海の生き物がまた、何年か前のように全滅しそうだったが
 台風のおかげで海が底からかきまわされ、
 赤潮の被害がでなくて済んだ。」



それまで、私は台風は何のために存在するのだろう、
災害をもたらす以外に何もないではないか。。。と思っていた。
でも、
農業をしている人からみると、被害をもたらすだけど
漁業をしている人からみると、赤潮から海を救った
――とすると、災害をもたらす以外に何もないと思っていた台風も
善でもあり、悪でもあり・・・
つまり、善悪どちらともいえないということ?!
「物事に善悪はない」というけど、それはこういうことだったのかー
目から鱗が落ちた瞬間だった。

すべて、そういうことなんだ。
善と悪――
ただ、それを決めているのは人間で、分けているのは人間で、
それぞれの立場で、自分の都合で決めている。

 


 



雨が必要なものっていうのは、わかる。
雨が降らなければ、枯れてしまうもの・・・
でも、
風が必要なものだなんて 考えたこともなかった。

風が吹くから、植物は根を横にはる と言われて、ビックリした。
根を横にはるから、ちょっとのことではびくともせんようになる って。
  そうか!風も必要なものだったんだ。
風が吹かないと、根が横に張らないから
大雨が降ると、木がバタバタ倒れていくんだって。

続けて石川先生は言った。
「木も風が吹かなければ根が横に張らないように
 人も風が吹かなければ(嫌な事や傷つくような事がなければ)
 根のような目に見えない部分(心・魂)は成長しない。」

そうか・・・
だから、石川先生は何があっても、「ありがとう」って言うんだね。

出来るだけ嫌なことは避けたい、体験したくないと思っている私は
耳が痛かった。

 


 


山の農場で、栗の実を取らせてもらったことがある。
竿の先に釘のようなものがついていて、それでイガの根元をひっかけて落とす。
その時とった実は、青い実もみんな虫がついていた。
「消毒してないからねぇ。」
とおかあさん(石川先生の奥さん)は事も無げに言う。


長靴でふみながら、イガで指を刺しながら
イガを剥く。
栗とともに虫もでてくる。
「あ、また虫がいる。」

それを繰り返していた時、気がついた。
栗の実を自分が(人間が)食べるものだと思っているから、
ムシを害虫だと思ってしまうけど
ムシの立場からすると、私達の方が害虫ではないか。

自分達ムシの食べ物や住処である実を取られるだけではなく、
どうかすると 命まで危うくなるのだから――


そして、栗の実からすれば、実をつけるのは”種の保存のため”で、
たとえ、人間が栗の木を植えたとしても、
栗の木は、人間のために実をつけるわけではない。
彼らには、人間にすべてを提供しなければならない義務はない・・・。

それに気がついたら、虫にも栗の木にも
<少しだけわけてね>って想いが沸いてきた。



 

やった分だけ


「やった分だけしかわからん」

っていうのは、石川先生の口癖のようなもの。

どんなにいいお話をきいて感動しても、
それを実際自分でやってみなければわからない。

 



 
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                                                                                                最終更新日 : 2002/07/19