2001年7月4日 595号  飯の種   志賀 正雄


最近、よく耳にする言葉に「これに勝たなければ、おまんまの食いあげだ」「会社あっての我々だ」「飯の種云々」などの表現がある。これは会社の儲けと「賃金」の関係を表しているかのように思える。
それでは一考してみよう。或る人が或る事情があって、或る会社を辞めてその退職金を元手に「ものつくり会社」を興そうとした場合のことを想定してみる。
誰でも考えるのは「資金」の使途内訳であろう。
@工場を建てるための金額A機械を購入するための金額
B原材料を購入するための金額を計算する筈である。
そして、六人の従業員を雇うとすれば、「労働条件」を提示して、採用することになる。その最たるものとして「賃金」がある。
雇われる側は、その条件で「労働契約」を締結するのである。ということは、Cとして、従業員に支払う「賃金分」をカウントしなければならないのである。
やがて、第一回目の「賃金支払日」がきた時に、「今回は赤字だから、約束の半額しか払えないとか、来月に二ヶ月分払う」とかの言い分が合法である訳がない。
労働契約の内容に「儲かったら○○円の賃金を支払う」などという項目があったら、その会社を選択する「お人よし」がいろう筈がない。
「赤字になりそうだから、我慢してくれ」では、つかわれている労働者が犠牲になるだけである。
つまり、会社を設立しようとする時には賃金分の資金を予め準備をしておくものである。尤も、資本金に賃金分がなければ合法的には、会社を「設立」出来ないと思うが。

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