カンジダ反対説 その2
神奈川県歯科医師会専務理事 高橋紀樹先生
感染の成立には微生物の増殖が必要であり、発症には増殖した微生物の菌体成分や産生物質が正常な組織・細胞を破壊し、その機能を障害する事が条件となる。現在、歯周病関連微生物として挙げられている微生物は、すべて歯周組織病変の成立を説明できる内毒素、蛋白分解酵素、免疫抑制因子などのいずれかが証明されている。すなわちEBM(Evidence-Based Medicine)に基づいた証明がなされている。しかしカンジダを歯周病の原因微生物として提唱する彼らのEBMはきわめて曖昧である。
彼らは歯周病カンジダ病原説の根拠の一つとして口腔内からカンジダを分離している。しかしカンジダは口腔常在微生物であるので、口腔の多くの場所からカンジダが分離されるのは当り前と言わざるを得ない。彼らの一人は歯周病病変部に存在するカンジダを電顕像として示している。確かに病変部に存在する微生物は疾患との関係において重要である。 喀痰から結核菌が証明されれば結核症であり、尿道に淋菌が証明されれば淋病である。しかし、これは外因感染の場合である。口腔の感染症はほとんど内因感染の形態をとるため、疾患と微生物の因果関係は明瞭でない。そのため病原性を証明する手段として、微生物の生物化学的性状の分析からアプローチしているのである。従って、内因感染の場合は病巣部に微生物が存在したからといって原因微生物であるという根拠は全くないわけである。むしろ口腔には多種多様の微生物が常在するので、病巣部にどの様な種の微生物が存在したとしてもそれは自然なのである。たとえ超薄切片標本で歯肉内にカンジダが侵入した電顕写真を示したとしても、口腔感染症では完全な病原性の証明にならない。しかし、口腔感染症では多種多様の微生物が常在し、それらは病変の場にも存在するので、他の微生物が産生した蛋白分解酵素などで組織が破壊され、そこに疾患とは関連のない微生物が侵入する事も否定できないのである。
(1)臨床的感覚から判断しても、う蝕多発者は歯周病になりにくく逆もまた言える。う蝕病変の場ほど酸性とは言えない。むしろ歯周病の原因となる歯石の形成などから考察すれば、よりアルカリに近い場と思われる。かつて、カンジダがう蝕病原微生物として疑われた事があったが、それはカンジダがう蝕病原微生物として取り上げられた理由も酸性の場からの高検出率であったためであり、すなわち歯肉溝はカンジダの増殖には適さない場である。
(2)微生物の性状の一つである酸素要求性をみてもカンジダは好気性であり、歯周組織の温度は体温と同じであり、25℃〜30℃を発育至摘温度とするカンジダが旺盛に発育増殖し、病原性を発揮するとも考えにくい。
(3)カンジダの定着性に関する報告をみても、カンジダはストレプトコッカスなどグラム陽性球菌とは共凝集し口腔粘膜や義歯表面に定着されることは示唆されているが、歯周病原微生物、ポルフィロモナス・ジンジバリスと共凝集し、歯肉溝に定着する事は証明されていない。
(4)口腔内には何種かのカンジダが常在しているが、カンジダ症の原因となるのはカンジダ・アルビカンスという種であり、常在微生物の中では劣性菌群に属している。そのため口腔内にみられるカンジダ症は通常乳幼児を除けば結核、糖尿病、悪性腫瘍などの消耗性疾患に随伴してみられたり、抗生剤やステロイド剤服用による菌交代症、義歯性口内炎、あるいは高齢者、HIV感染などによる免疫能低下に伴って発症するなどに限られていて、健常者にはまず見られない疾患である。この様な病原性発揮条件をもつカンジダが、歯周組織以外すべて健康である個体に病原性を発揮するという事は考えにくい。
(5)彼らの一人は歯周病カンジダ病原説を提唱しながら、急性症状のある場合は経口抗生物質を投与するという。抗生物質の服用が菌交代現象としてカンジダ症を誘発する事は、定説であるにもかかわらず、歯周病カンジダ病原説を提唱する者が抗生物質を投与する理由が理解できない。抗生物質の投与で急性症状が軽快するならば歯周病原因微生物はカンジダではないのか?
(6)彼らの提唱によると、抗真菌剤「アムホテリシンB」の含嗽により歯周症状が消失したという。含嗽は口腔内の微生物量を減らし、また強くブクブクすればするほど歯周組織は液体の刺激を受け血流が良くなるため、歯周治療の有効な手段である。通常の含嗽剤、今流行の電解水はもちろん水道水による含嗽でさえ歯周症状が消失する例は少なくない。
日本歯周病学会
  (日本歯周病学会理事長 石川  烈(東京医科歯科大学大学院歯周病学分野 教授))
 朝日新聞は平成13年11月20日の 夕刊第1面トップに「歯磨きより、抗かび剤が有効」という記事を掲載した。この内容は、平成11年6月8日付の社会面に掲載された「歯周病、抗かび剤が効く?」という囲み記事を継続するものである。朝日新聞の社会的影響力とこの記事の大きさ、トップ記事としての扱いにより、この内容が広く社会では正しい、新しい歯周治療法であると多くの読者に誤解を与え、臨床歯科医のみならず多くの患者からも問い合わせがきている。
  平成11年の記事について、その内容が現在の正統な歯周病の治療法、予防法と大きく異なり、著しい誤解を招く恐れがあったので、本学会では"正しい歯周治療の普及を目指して- 抗真菌剤の利用を批判する-"と題した総説を日本歯周病学会誌に発表した(参考文献1)。
 また、現在では本学会のホームページ(http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsp2/index-j.html)でも読めるようになっており、学会としての見解を広く明らかにしている。抗真菌剤が通常の歯周治療に利用できるとする科学的根拠はなく、仮にその根拠があり充分検証された薬剤であっても、その使用に際しては、副作用は勿論のこと薬効を期待する場での薬物効能の特徴も考慮し、投薬方法が適切でなければならない。さらに、現在我が国で行われる歯周治療のガイドラインに従ったブラッシングにより歯肉縁上プラークを除去し、歯肉縁下プラークに生息する歯周病原性細菌を様々な処置により除去して、歯周組織を修復、再生させるという治療法は世界で行われている研究結果を集積した科学的根拠に基づいて確立された治療手段であり、確実に歯周病の治療成績の向上をもたらしているものである。現代の医療は科学的根拠に基づいた方法で検討された成績をもとに選択された手段でおこなわれなければならない (Evidence-Based Medicine)。カンジダ菌が、特殊な例を除いて、歯周病の発病や進行に関わっていないことは、数々の報告から明らかで ある(参考文献2、3)。
 平成13年11月の新聞記事は再度、社会的影響力を無視できない状況を作り上げた。新聞記事で紹介された山本氏が 調べたように、口腔内にカンジダ菌が見い出されることは事実である。とりわけ抗生剤の長期服用例や、義歯を装着した患者の場合多く検出され、口腔カンジダ症という口内炎の原因となっている場合がある。しかし、カンジダ菌は歯周炎の原因菌ではないし、歯周ポケット内にもほとんど見られない(参考文献 1)。抗真菌剤による含嗽の臨床効果も、 カンジダ菌陽性患者にリステリン洗口液にアムホテリシンBを1滴入れ、1日1回うがいをすると歯周病の症状が 改善するとされているが、リステリンは殺菌性洗口剤であり、プラーク抑制、歯肉炎の改善と抗かび作用が認められた市販薬である。その上、山本氏は、急性症状のある患者には経口抗生物質を投与しており、これも歯周炎の改善に効果があったと考えられる。歯周病の改善が抗かび剤であることを明らかにするためには、正しく選択された対照例をいれた治験が行われ、その効果が明らかにされる必要がある。一方、抗かび剤のアムホテリシンBは著しく毒性の強い抗菌薬とされ、副作用として腎障害を招くことが報告され、この薬剤の長期使用による全身的影響についても充分な配慮、検討が必要である。個人が自分で考え、健康増進のための家庭療法的なものであれば、許されるであろうが、このような考えを医療として普及しようとすれば、基礎より科学的根拠に基づき、安全性・有効性が証明され、社会的に承認された方法でなければならない。単に科学的根拠に基づいて行われていないという理由だけで新たな試みを切り捨ててはならないが、患者への適用は、学会等の学術的な場で充分な学術的討議の後、行われるべきである。朝日新聞で紹介された山本氏の論文(参考文献 4)はデンタルダイヤモンド誌に掲載されたものであるが、同誌は一般商業歯科雑誌であって専門誌ではなく、しかも寄稿として扱われているものである。山本氏本人が文中で述べているように内容は直感の域を出ておらず、この寄稿に歯周病に関する学術的な裏付けのある知見は認められない。
 現在、日本のみならず世界で行われている歯肉縁上プラークを除き、歯肉縁下のグラム陰性菌を中心とした歯周病原性細菌を様々な処置により除去する歯周治療は科学的根拠に基づいて確立され、実績を伴った治療法であり、歯科医師が修得し、実施すべき治療手法である。この方法に時間、手間がかかるとして、学術的な根拠が認められない上、安全性の確認されていない抗かび剤(アムホテリシンB)の連続的投与を患者に行うべきではないと考えるものである。
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