アメリカの神話と王族 (1999.07「公遊会 Vol.6」掲載)

 「STAR WARS 」16年ぶりの新作「EPISODE I ファントム・メナス」が予想通り大ヒットをとばしている。日本でも映画だけでなく関連商品も大変な売れ行きということだが、そういえばこの「STAR WARS 」は「アメリカ人にとっての神話」だ、という説を以前なにかの本だったか雑誌記事で読んだことがある。
 国家としてたかだか200年程度の歴史しか持たないアメリカ合衆国にないものが、長い伝統や歴史を持たなければ成立しにくい「神話」「王族」だ。(勿論、先住民族にはそういったものが存在するのだろうが)それだけに、アメリカ人には神話や王家といったものに対する憧れがより強いのかもしれない。アメリカの宇宙開発計画のコードネームにはギリシャ神話に出てくる名前が多用されていたし(まぁこれは星座とも絡んでいるのだろうけど)、イギリス王室(特に近年では故ダイアナ元皇太子妃)に対する異常な関心や(もっともこれはアメリカに限ったことではなかったが)、第二次大戦後に日本の昭和天皇の戦争責任を不問にしたことも、もしかするとそういった感情がどこかで影響していたのかも知れない(勿論、天皇の戦争責任については、もっと色々な要素が絡んではいるだろうが…)。そして今、米国民は神話を「STAR WARS」にダブらせ、一方で、アメリカの「王家」として人々が捉えているのが、あのケネディ家ということになるのだろう。

 つい先日、故J.F.ケネディ大統領の子息、ジョン・ケネディJr.氏夫妻が飛行機事故により死亡したが、この時のアメリカのメディアおよび国民の反応は、日本ではちょっと考えられないほど過熱したらしい。確かに"JFK"は歴代アメリカ大統領でも最も人気の高い人だし、1963年11月、彼が凶弾に倒れその葬儀で、当時3歳のJr.が父の棺に向けて敬礼をする姿は今でも多くの米国民の心に深く残る1シーンだという。が、その後も常に注目されてきた存在とはいえ、今は単なる一市民の筈…、なのだ。
 それが、遺体捜索に海軍まで動員され、連日マスコミは大々的に報道し、その遺灰散布には叔父のE.ケネディ上院議員の要請もあって海軍によって行われた。
 当然、そういった一個人の出来事に対する公権力の特別な配慮に対しては批判意見も出てくる訳だが、この件についてクリントン大統領が「ケネディ家はアメリカの発展のために多大な貢献をしてきたから特別扱いも許される。海軍に指示を出した自分が責任を持つ」と公言したことで、ほとんどの人が納得して収まったようだ。個人主義が徹底している筈のアメリカでこの扱いなのである。
 ケネディJr.夫妻が住んでいたニューヨークで追悼ミサが行われた際には多くのNY市民が教会に集まっていたが、人々が掲げていたプラカードの中に「Prince of New York」と書かれたものがあったという。成程、アメリカ人の多くが、ケネディ家をアメリカの「王族」として捉えているのかもしれない。確かにそう考えると、ケネディ家に対するアメリカ国民の特別な感情が説明しやすい。少なくとも「特別な一家」として敬愛を受けていることだけは間違いがないようだ。

 勿論、ケネディ家以外にも伝統ある名家は多い(この辺の話になると、まるっきりのフィクションとはいえ「キャンディ・キャンディ」を思い出してしまうのだが)し、いま現在ではブッシュ前大統領の長男のテキサス州知事が共和党の次期大統領候補として有力視され、別の州で知事を務める次男も「その次」を期待されているそうだが、やはりケネディ家に対する羨望と憧れは特別のものがあるらしい。
 それはやはり、若くして大統領に就任し「ニューフロンティア精神」を掲げ、アポロ計画(月ロケット)を推進し、キューバ危機を乗り切ったJFKが「よき時代のアメリカ」の象徴だから、なのだろう。JFKの暗殺後のアメリカはある意味「暗い歴史」でもあった。兄の再来を期待されたロバート・ケネディ元司法長官は大統領予備選挙中に暗殺され、かつて大統領領選挙でJFKと争ったニクソンは大統領に就任後ウォーターゲート事件で「大統領」の権威を失墜させ、泥沼化したベトナム戦争は「負け知らず」だったアメリカに初めて敗北感を味あわせた(この辺りはアメリカ人にとってはあまり思い出したくない歴史らしいが、この時代を明るく駆け抜けた男を描いて大ヒットしたのが「フォレスト・ガンプ」ということになるのかな)
 更には、既に一生遊んで暮らせる資産を持ちながら、ケネディ家の人の多くが、政治をはじめとする「アメリカ国民に奉仕する」仕事に就いているという、一家に伝わる精神が、よくある「金持ちに対する反感」を買わずに敬愛を受けるのだろう。ジョンJr.も雑誌社創立者兼編集長として活躍していたが、「いずれは父の後を…」という期待は高かったそうだ(本人にその気があったかどうか分からないが)。この辺が、日本に多い政治屋一族とは異なる点かもしれない。首相っったって全然尊敬受けないもんね、日本じゃ。
 しかし、これほど特別扱いされるのは、一族を次々と襲う悲劇・スキャンダル、というメディアにとって「おいしい」話題を提供し続ける存在だから、という理由が実は大きいのではないか。中には名家のプレッシャーに押し潰されて不幸な死を遂げたりスキャンダラスな話題を提供したりする人も出てくる訳だが、彼等は「家」とメディアの犠牲者といえる。
 
 実は今回は「STAR WARS」について語るつもりだったのだが、書いている間にJFK Jr.の死が報じられ、結果的にこちらに分量を割くことになった。とにかく、天皇家の成立にそのまま直結する神話が伝わり、個人よりも「家」が重要視される風潮がいまだ強く、かつての貴族、歌舞伎や能といった伝統芸能、最近じゃ相撲まで(笑)「名家」が存在する国・日本に住む身としては、今回の騒ぎでは「あのアメリカでもそーなのかー」という、ちょっとガッカリするような気分になったことも確かだ。言い換えれば、「特別な一家」に対する憧れというものは、世界共通のものなのかもしれない。

 …ところで、初代大統領ワシントンの子孫って、今どうしてるんだろね?