りょーかんは、農学部林産工学科という日本でも数少ない学科の卒業である。(国立で6校、私立は東京農大にしかなかった筈。なお現在は学部改組により国立大学では消滅し、京大でも学部は農芸化学科・食品工学科と合併して応用生命学科、大学院は林学とまとめて森林科学専攻に変わった)で、この学科いったい何をしているのかというと、木材の利用方法を研究するのが主目的で、材料としての物理的・化学的・生物的特性の研究ということになる。
林学科と混同されやすいが、向こうは木を育てる為の研究が主目的だから、いってみれば林産工学科は伐採後どう使うか、ということの研究が主目的といえる。
大抵の理科系の学部がそうだと思うが、専門教育が本格的に始まる3回生の1年間では基礎的な部分を一通り学習して、4回生になり研究室に分属してから特定の分野を掘り下げて勉強し、卒論を書くというシステムになっている。
従って3回生の間は、学科内に幾つかある研究室それぞれの教官の講義や実験をほぼ全て受けることになる。これが翌年の分属希望先を決める際の材料にもなる。
しかし、3回生で林産工学全般に渡る教育を受けるということは、つまり、あとあと無縁になるであろう分野も結構勉強しなくてはならない、ということでもあるのだ。
さて、そんな3回生の時に、「木材保存学」という講義があった。名前そのままで「木材を如何に耐久性を高めるか」という分野で、早い話、シロアリ及び腐朽との戦いである。 木材が生物材料の割に耐久性が高いのは、木材中に含まれるリグニンという成分に起因している(封筒などのクラフト紙の黄土色は、リグニンの色を漂白していないため)。これ、普通の生物には分解できないので食べられず、そのため木材は虫に喰われたり菌にやられたりしにくいのだが、例外が木材腐朽菌とシロアリ(厳密には体内の消化酵素)なのだ。
木材不朽菌は白色腐朽菌と褐色腐朽菌があり、それぞれ木材を腐らせて腐食部分を白色、褐色に変色させるのでこの名がある。キノコ類が代表的な存在だ。
僕自身は木材工学(現:生物材料設計学)研究室に進んだので、4回生以降この分野とは縁遠くなったが、同期の友人の何名かはこの分野に進んで、キノコやシロアリと暮らす毎日を送っていると聞いてちょっと背筋が寒くなったものである。(なにしろシロアリ飼育施設なんてモノまであるくらいだ。想像するだけで…、ちょっと…(^^;)
さて、「ダイオキシン」という化学物質の名を最近よく耳にしている筈だが、これは正式には「ポリ塩化ジベンゾパラダイオキシン」という長い名を持つ、かのサリンより遙かに毒性が強いと言われている物質である。塩化ビニルやポリ塩化ビニリデン(ラップの材料)等の物質を低温で焼却すると発生すると言われているが(最近、小・中学校の焼却炉が使用禁止となったのはこれが理由)、現在もっとも危険視されているのがゴミ焼却場から出る灰で、この中に高い濃度で含まれているといわれている。(煙にもダイオキシンが含まれているが、集煙装置で回収できる分だけ何とかなるものらしい)
ダイオキシンを含んだ灰は産業廃棄物最終処分場に埋められることになるが、法令通りに処分していない処理場も結構あるらしく(多いのは通常のゴミに混ぜて埋め立ててしまう例なのだそうだ)、雨水などによって灰中のダイオキシンが土中に染み出して近隣地域の土や水脈を汚染する例も多いという。
ダイオキシンの恐ろしさや汚染問題なんて、もう20年以上前から存在している話なのだが、環境問題として話題に上がるようになったのはごく最近の事のような気がする。(そういえば昔「魚からダイオキシン」という映画があったなぁ)
ダイオキシンは本来、自然界に存在しない物質のため、これを無害な物質に分解できるものは自然界には存在しないと考えられてきた。ところが最近、意外なものがダイオキシンをあらかた分解してしまうことが分かってきた。なんと木材腐朽菌である。
実験では、ダイオキシンに木材腐朽菌をかけると、実に全体の80%以上を分解してしまったそうだ。薬品による化学反応ではなく、菌による分解作用でこの数字なのだから、驚くべき効率といっていい。そんな訳で、現在、木材腐朽菌を抽出してダイオキシン分解薬剤を製造する研究が行われているようだ。素人考えでは、キノコの生えた腐りかけの木を処分場に置いとくだけでも効果が現れそうな気がしてしまうが、もともとダイオキシンを分解するために存在するものとは違うので、流石にそんなに簡単にはいかないらしい。
このニュースを聞いた時、思わず僕は椅子からずり落ちたのだが、まぁ確かに普通の生物が喰わないような物質を分解するんだから、ダイオキシンくらい分解したって不思議はないのかもしれない(本当かよ、おい)。それにしても、数年前に講義で木材腐朽菌のことを聴いていた時には、まさかそんな働きができるなんて想像もつかなかったな。
正直なところ、最近の環境汚染のニュースを読む度に、地球の(長期的には勿論のこと)短期的な将来にすらかなり絶望的な気分になっていたのだが、こんなふうに意外な物質や生物の働きによって、案外、地球も生き延びていけるのかもしれない。
だからといって、これ以上、地球の自浄能力に人間が甘えて無茶を続けてゆくことは、勿論許されないことなのだし、汚染物質を産み出し続ける現在のシステムを今すぐに変えなければならないことにも言い訳の余地がないことは今更言うまでもない。
…うーん、今回はなんだかえらく真面目な論調になってしまったぞ。
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