時々日記:1999.9.9 - 9.16
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 遠い約束

 1999.9.9 (Thu)

今日は朝からバスで金閣へ。(下宿最寄りのバス停から1本で行けるのだ)
 …その理由とは。
 なんでも、昔、昭和50年頃、チューリップのコンサートで財津和夫さんが「1999年9月9日9時9分9秒に、金閣寺で会いましょう」と言っていたそうな。丁度、ノストラダムスの予言がブームだった頃。
 で、この度、本当に金閣に集まることになったのだ。
 勿論、僕自身はリアルタイムでこの発言を聞いた訳ではないが、折角京都にいるのだし、行ってみようと思い立った次第。

朝9時頃、門前に到着。…なんだか人が多いぞ、金閣。テレビカメラまで来てるし。
 こんな平日に集まるのは、余程のチューリップ・ファンと、ヒマな学生、何を間違えたかこんな暑い時期にたまたま京都に来てしまった修学旅行生くらいかとは思っていたのだが。(^^;) 1000人くらいは集まっていたらしい。熱心なファンは、随分前から金閣付近に宿を確保していたようだ。
 門前には立て看板、およびプラカード持ったお兄さんが。

 「99年9月9日再会の約束」の皆さんへ
 本日、この金閣寺に於いて特にイベントの予定はございません。 
 お札をお買い求めの上、一般順路で拝観して下さい。
 拝観後、別途「再会の集い」のご案内を配布いたします。
 一般拝観者と同じように整然と拝観し、後程集いましょう。

 …ということでお札(金閣は拝観券の代わりにお札をくれる)を買うため並んでいる間に、問題の「99.9.9.9:9:9」を過ぎた。(なんか、カウントダウンの声が聞こえたりしたが…)
 しかし凄い人だな。金閣も今日は朝からよく儲かってることだろう。(^^;)
 さすがに女性が多い…が、25年ほど前にその「再会」の約束をコンサート会場でリアルタイムで聴いた人は少ないのではないか?と思う年齢の人がけっこう多かった。

 当然ながら、何も知らずに来た修学旅行生も多い。
 きっと「金閣っていつも朝からこんなに混んでるのか!?」という大きな勘違いをして帰ったに違いない(^^;)
  しかも客のほとんどが、入場してから金閣には目もくれずに出口にまっしぐら(笑)…どんな客やねん。(事情を知らない人にはホント、謎だぞ)

で、拝観後、出口で、参加券を配っていたので貰う。
 本日、京都MUSE HALLで「TULIP 再会の集い」開催、とのこと。
 ホールが小さいこともあって、どうやら1時間程度の集いを3回行う模様。僕の貰った参加券は5時開演。
 …ここで、京大さだ研のぱや会長と遭遇。(笑)まぁ、事前にメール貰って、お互い来るのは知ってたんだけど。
 早めに来ていた彼の参加券は、3時半開演分。彼の話では、8時50分頃、一般客と同じように、財津さんをはじめチューリップのメンバーが一人ずつバラバラに、ごくふつーに門から入って、参道を歩いていったらしい。(流石に財津さんが現れた時は、一般客の列が崩れたそうだが…)
どうも財津さん、度々コンサートでこの「約束」のことは話していたらしい。それで割と若い人が多いワケだ…。

一旦戻って、夕方、改めて四条に出た。
 開始時間ちょっと前に会場に入る。立見含めて200人くらいかな。
 やがてステージに4人が登場。財津さんが司会で、メンバー各自の近況報告、メンバーから客への質問、客からメンバーへの質問、と続く。
 姫野さんからの質問「チューリップのライヴで知り合って結婚した方っていますか?」に手を挙げた子連れの女性に財津さん、「じゃぁ、もしチューリップがなかったら、…今頃もっといい旦那さんと…」(爆笑)
 「金閣」の理由は、「1999年に何か起こる場合、天変地異ならともかく、戦争などの人的要因であれば、京都がもっとも残っている確率が高いのではないか」という発想だったらしい。
 驚いたのは、最近の報道でこの「約束」を知ったのではなく、20数年前にライヴで聞いた「約束」を覚えていて集まった人が半分近かったこと。「約束」を守ったチューリップと、ファンの両方が凄いと思った。

 …で、宮城さんが「平成22年2月22日、てのも考えた」などと口走るもんだから大拍手。(^^;) 今度は11年後かいっ。(笑) また、ここで来年の「チューリップ再々結成」も約束。大きな拍手が起こった。
 最後に姫野さんのギターで「銀の指輪」「心の旅」「魔法の黄色い靴」を合唱。1時間ちょっとの会だった。

 え、もう出たの…?(T_T)

 1999.9.10 (Fri)

アップデーター類をDLするつもりで、久々にAppleのサイトを覗いてみた…ら。
 画面に現れたのはPower Macintosh G4と22インチ液晶ディスプレイ。「なにィィ、G4、出たの!?」
 噂は聞いてたけど、もう少し先の話だと思ってたから、けっこうショック。
 G3と同じ筐体なんだけど、従来のブルーベリーの部分がシルバーになってハイエンド機っぽく(?)なった。 え?最速ので500MHzなの??
 …あーあ、俺が買い換える頃にはきっと"G5"が出てるやろな…(T_T)

 おーい、ドラゴンズ…

 1999.9.11 (Sat)

それにしても…、勢い、ないなぁ。
 追いかける方もヤクルトに3タテ喰らったりしてさほど勢いついてないのに、引き離すことができない。明日、大丈夫やろか。
 嫌なのは、メディアの「ON対決期待論」「メークミラクル」といったG偏向報道で、D・G双方の選手が「その気」になってしまうのが怖い。しかし讀賣以外のメディアが、なんでこうもGの肩持たなあかんのよ?(怒) 仮に今、Gが首位でDに3.5差つけてたら「G独走」とか見出しがついて、「Dミラクルへ」なんて報道は中日系以外のメディアはしないだろう。かつて最も公平に取り上げていた「プロ野球ニュース」も今じゃ「Gヨイショ番組」に成り下がってるし
 週明けは最後の直接対決。ここで1つ勝てば、なんとかなるとは思うのだが、ぜひとも2勝以上して雑音を黙らせて欲しいものだ。

 だらだら

 1999.9.12 (Sun)

まだ部屋が片付かない。体調も良くないし、いろいろ煮詰まってるし、で、気分的に滅入ってる時に部屋が散らかってると、余計に精神状態に悪い気がするんで、さっさと片付けたいのだが…。「部屋を片付ける」行為自体に、始めて5分ほどで煮詰まってしまうという状況なのよね。今月末にMGガンプラ新作「アレックス」が出るし、これ作り始めたらまた片付かなくなるのは目に見えてるので(^^;)… よし、今週中になんとか片付けよう。…宣言。(^^;)

今夜はF1イタリアGP。ハッキネン独走しながら突如リタイア。フェラーリが今回調子悪いから救われたものの、ポイント総数でアーバインに並ばれるわ予想外フレンツェンに迫られるわ。うーん、中日とマクラーレン、讀賣とフェラーリがダブって見える…。(後者は世論?の後押しがある点も似てる?)

 そばかす

 1999.9.13 (Mon)

頭痛がひどい。慢性的な肩コリなのだが、これが悪化すると背中から首筋にかけてひどく痛み、頭痛の原因になっているようだ。腰痛持ちということもあって、背中に変な負担がかかっているのかな?

「るろうに剣心」が来週で終了するようだ。まぁ予想がついた事ではあったが。しかし「ジャンプ」も、「るろ剣」の連載が始まった頃とは全然別モノになった感じするよなぁ。「ジョジョ」ですら終わってしまったんだし。「こち亀」はともかく、古いところは「BASTARD!!」くらいか。(途中いろいろあったけど…)しかし「バスタ」も、月イチ連載を1回飛ばした上に、描けたの12ページだけで残り19ページ穴あけるとは…。(^^;) 単行本も2ヶ月遅れたし。

 別世界

 1999.9.14 (Tue)

とりあえず夜中までかかって部屋をどうにか片付ける。しかし致命的なのは、片付けたブツ(書籍その他)を整理するスペースが既に足りないこと。(T_T) 引っ越して、そのドサクサに大量処分するしか手段はない…か!?

■なお、中日ドラゴンズについては、当分、コメントを控えさせていただきたいと思います。(T_T) 愚痴ばかりになりそうなので。打てなさすぎだー!! (←魂の叫び)

 「御陵」と書いて「みささぎ」という地名(in 山科)

 1999.9.15 (Wed)

京都や奈良は、町中を歩いていると「天皇陵」に出くわす、ということがある。勿論、奈良の場合は大きな古墳、京都の場合は(平安期以後の)古墳ではない円墳や単なる墓という場合が多いという違いはあるのだけれど。
 後二條天皇陵(北白河陵)などは京大北部構内(農学部・理学部)に三方(つまり道路に面した側以外すべて)を囲まれた場所にあるが(というか元々あったのは天皇陵の方で、その後京大の拡張で気が付いたら囲まれていた訳だが)学生がやかましくて天皇も安らかに眠れていないかもしれない(笑)。京大近辺には吉田山があり、東山の麓にも近いので他にも幾つか天皇陵や皇族の墓がある。
 江戸幕府は皇族や公家の統制を厳しくし、経済的にも抑え込んだこともあって、江戸時代の天皇・皇族の多くは泉涌寺に葬られている(月輪陵)のだが、ここは1つの「陵」に天皇ほか25人が葬られているという簡略さで、仁徳天皇陵のことを思うと「この差は何なんだろう…」と考えたりする。

で、以前ふと思ったのだが、いろいろな「スタンプラリー」が各地で催されている昨今、宮内庁主催で「天皇陵スタンプラリー」をやったらどうだろう。全部集めたら何かプレゼントを出してみるとか。(笑)
 これがまた、全部踏破しようとすると、けっこう大変な筈なんだ。確かに天皇陵の多くは奈良・京都・大阪に集中しているんだけど、大正・昭和の両天皇陵は東京だし(明治天皇陵は伏見桃山)、動乱期には敗れて遠隔地に流され一生を終え、その地に葬られた天皇もいるし、京都・奈良ったって、後醍醐天皇陵がある吉野の如意輪寺なんて奈良市内から電車で2時間、駅に着いてからもひたすら歩かないといけない。
 承久の乱で敗れ配流された「百人一首」でおなじみ後鳥羽天皇と順徳天皇は死後、遺骸が京都に戻され葬られたが、京都といっても大原だから市内中心部からは時間がかかる。そもそも、天皇陵巡りなんて普通の観光客はしないから(当たり前だ)交通の便がさほど良くないことが多いし。でも、だからこそ、普通の観光旅行では発見できないような風景や街の表情を見つけることもできるんだが。

…と考えていたら、実はそれに近いものがあるらしい。寺でよくみかける「御朱印帳」である。天皇陵ごとに「御朱印」があって、希望者には押してくれるのだそうだ。もっとも、管理維持の問題があるので、奈良で2箇所(神武陵・欽明陵)、京都で2箇所(泉涌寺など)、大阪1箇所(應神陵)にまとめて保管しているとのこと。だから、全部回らなくても御朱印は集められるようだ。昔の国鉄全線乗車のように、証拠写真が必要なら話は別だが(笑)。なお、全部集めたらプレゼントが…、という話は聞いていない(笑)。

 ちんぼつ

 1999.9.16 (Thu)

今日は沈没。さっさと寝ます。はぁぁ。