RYOKAN's Diary: 2002.7.16-7.31
時々日記: 2002.7.16-7.31
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 暴走する力
 2002.7.16(Tue)
Harbotがこの9日にFlash版が正式に登場し、すぐに従来のJavaアプレット版から切り替えたのだが、やはり起動が早いし、OSやブラウザの制限もかなり少なくなったのが有り難い。
 で、今日、無料ユーザーにも新作ゲーム「ハーボカート」の配付が開始されたので、さっそくロッカールームに入れておいた。また遊んでやって下さい。
…しかし、こうやって遊んでみると他のゲームも入れたくなるなぁ…と考え出したらSo-netの策略にすっかりハマってる証拠(^^;) 俺クレジットカード持ってないからすぐには有料サービスを受けられないんだけど。

今日は祇園祭の宵山。けど今年は論文のダメ出しと直しに追われて、全く行けずじまいで終わる…。はぁぁ。

 思わぬ出費
 2002.7.17(Wed)
今日はニューヨークのMacWorld ExpoでiCEOのSteve Jobsの基調講演があったので、ストリーミング中継で見ていた。毎回、この基調講演で新製品が発表され、半年前は液晶モニタの新iMacが発表されたのだが、はたして今回は予定通りのMac OS X v10.2の発表(発売日が8月24日に決定)、そしてリモコンが付いたiPodと17インチ画面のiMacの登場であった。なんとiPodはWindows用も出るとか…。
 iPodの場合は、もともとイヤホンジャックがミニフォーンジャックの周囲に溝があり別の端子が付く、携帯電話でよく見られるタイプ(携帯の場合はマイク用だが)だったし、やはりリモコンがないのが日本製のヘッドホンステレオに比べると最大の不便さだと思っていたので、まぁ予想通りではあったけど。これで、前回のマイナーチェンジで同じヘッドホンジャックにこっそりと変更されたiBookに今後どういう動きがあるのか気になるところ(笑)。

そしてMac OS X v10.2だが…、いくらコードネームが"Jaguar"だからって、パッケージを豹柄にしてどうする…(^^;) これに乗じて豹柄のiMacとか出てきたら、それって単なる"あゆモデル"ぢゃねーか(笑)

しかし、今回の発表で最もショックだったのが、今迄無料で使えた「iTool」サービスが、「.Mac」と名を変え有料サービスとなること。勿論、ネット上ディスクの容量が20MBから100MBに増えたり様々なサービスも増えるのだが(しばらく前からWebMailに対応して出先からブラウザでメールの確認もできるようになった)その覚えやすさから現在メインのメールアドレスに使っている「ryokan@mac.com」を使い続けるためには、9月30日までに約50ドルをクレジットカードで支払わなければならなくなった…(T_T)。しかも2年目以降は年額約100ドルだっていうし。昨日の日記でクレジットカ ードを持ってないと書いたが、もしかしたら近々作るハメになるかもしれない…。

 飛び乗る
 2002.7.19(Fri)
ここ数ヶ月にわたって学会誌に投稿する論文の原稿を何度も書き直してきたのだが、今日ようやく指導教官のOKが出るところまで漕ぎ着けた。これでも十分に遅いのだが(^^;)。しかも掲載は来年春で、それまでは何度も編集委員会の査読にかかりダメ出しを喰らうことになるのだろう。内容的には修士論文のまとめ直し。けど、取り敢えずこれにキリをつけて次の研究計画に取りかかれる事になる。夕方に提出用原稿をプリントアウトして、月曜朝に学会に持参することに。

書き上げた勢いのまま、帰宅後簡単な支度をして京都駅へ。かねてからお誘いを頂いていたAOIさん主催の屋形船宴会に参加するためこれから上京するのである。先週には参加をほぼ決めていたのだが、論文の進行次第という部分もあったので…。
 「青春18きっぷ」の有効期間は明日からなので、「ムーンライトながら」が日付を超える安城までの切符と18きっぷを持って20:29京都発の新快速に乗り、米原で乗り継いで大垣に到着。数日前に「ムーンライトながら」の指定券を取ろうとしたら往復ともに満席で取れず、キャンセル分狙いで大垣駅の「みどりの窓口」に並んだら、無事に確保できた。喫煙席だったけど。どうも大垣駅では、ある程度の枚数を予め確保して発券しておき、当日券のような感じで飛び込みの予約に対応しているようだ。僕が取れた指定券は純粋なキャンセル分だったが。

というわけで大垣駅ホームで1時間ほど時間を潰し、列車の入線を待つ。23:09に大垣発。さすがに名古屋までは乗客も少なかったが、名古屋あたりからは指定券を持たない客も立席で乗ってきて混んできた。煙草嫌いの俺としては、唯でさえ喫煙車全体に漂う空気がイヤなのだけど(席が取れただけで文句は言えないが)これで隣の席に喫煙者が来たら…と考えていたが、隣の席に座った年輩の女性は煙草を吸わずにホッ。そのかわり、夜中にビールと乾きモノ系のおつまみを食べ始めて、そのニオイが何も喰わずに出てきた空腹にはけっこうコタえました…。

 お台場エンターティメント
 2002.7.20(Sat)
あまり眠れないまま夜を過ごし、4:25に川崎に到着。ここで下車し、南武線に乗り換えることにする。南武線に乗るのは初めてだが、東京近郊ではもはや珍しくなりつつある国鉄型通勤電車(103系)に揺られて登戸へ。山手線に新型車両投入のため余剰となる205系電車が南武線にも回ってくるそうで、この国鉄型車両を見られるのも残り僅かだろう。
 登戸で小田急に乗り換え。こちらは駅のすぐ東の多摩川橋梁が高架複々線対応に掛け替え中で、駅ホーム隣に新ホームが建設途上である。電車に乗り、川を渡るとすぐに高架複々線区間が始まる。中2線がホームのない急行線なので、関西在住者としては京阪を思い出す風景である(笑)。いろいろ地元住民と軋轢があったようだが、やはりこの速さはいい。
 喜多見から先はまだ工事中で複線に戻り、しかも複雑な線形で左右に揺れる。成城学園では地下に潜るし。建築・土木好きな俺としてはついイロイロと眺めてしまった。しかし経堂の工事はものすごく複雑な手順で工事をやってるよな(笑)。下りホームだけが高架化され上り工事中の豪徳寺で降り、AOIさん宅へ向かう。朝ご飯を頂き、しばらく爆睡。

やがてAOIさん宅に本日の参加者であるみみな・ラテン系関西人氏も集結し、出発。浜松町に風呂さんを迎えに行く。大門から都営大江戸線で月島へ。早く着きすぎたので、近所のマクドナルドで時間をつぶし、18:00に待ち合わせ場所へ。知っている顔、初めてお会いする顔など総勢18名でこれから盛り上がるのである。船着き場へ移動して屋形船に乗り込む。既に席にはお造りが並べられてあった。
 出発して乾杯もそこそこに、さっそく風呂さんのライヴがスタート。CD製作などで協力させて貰っている僕も風呂さんにお会いするのは昨年の長崎以来だし、盛り上がりました。風呂さん自身も気分良かったのかアンコールにもその後のリクエストにも次々と応えて演ってくれたし。
 お造り・蕎麦の後も料理が次々と出てきて、たしかに量も多い。天麩羅の中でも特に穴子の天麩羅は旨かったな。

この日の様子についてはAOIさんの「あんぽんたんオフ」もご覧下さい。

 炎天下の渋谷
 2002.7.21(Sun)
携帯の目覚ましアラームで8:00に目が醒める。寝呆けつつ「龍騎」「どれみ」を見たあと支度をしてAOIさん宅を4人で出発。昨晩を盛り上げてくれた風呂さんと浜松町で待ち合わせ、羽田までお見送り。そういえば俺、飛行機に乗ったこともないし羽田に行くのも初めてだな。
 浜松町から東京モノレールに乗る。途中から地下に潜るが、モノレールが地下を走るのはどうも妙な気分だ(笑)。東京モノレールは開業当初、日立と国鉄と名鉄の共同出資だった。日本で最初にモノレールを営業に走らせノウハウを持つ名鉄と、技術を持つ日立が組んだのだが、グループ東京進出の目論見があった名鉄も初期の経営悪化により経営陣から撤退、その後料金値下げや定時性が評価され黒字になりすっかり定着したが、最近になってJR東日本が日立から買い上げたのはご存じの通り。
 東京モノレールは初期のアルウェーグ式だけに機器が床下に収まりきらず室内にはみ出ている車体規格で(最近のモノレールは車高を高く設定し、床下スペースを大きく取れる規格で作られている)、このあたりも犬山のモノレールと同じ。車両自体は断然こちらのほうが新しいが(なにしろ犬山は東京より開業が早い上に一度も車両が交代していない。いまだ非冷房だし)

羽田に到着して風呂さんが手続きを済ませた後、5人で中華料理店に入り昼食。麻婆豆腐のセットを頼んだが、なかなか麻婆豆腐が辛かった。食べ終わると風呂さんは早々に飛び立ち、残る4人は京急に乗って帰路へ。京急とはいえ乗った電車は京成の車両だし、ホームで出発待ちのもう一本は北総開発の車両で、まったく京急の赤い電車を見ないというのが流石だ(笑)。品川でJR山手線に乗り換え。みみなとラテン系関西人氏は東京方面へ、俺とAOIさんは渋谷・新宿方面ということでここでお別れ。
 渋谷で降りて、AOIさんの案内で「FAR EAST CAFE」へ。昔のA・WEEKみたいな店を想像していたのだが、それよりはるかに小さく、はるかにオシャレであった(笑)。以前「Love Love あいしてる」に小田さんが出演した時に貰った恒例の人形も飾られていた。それにしても、A・WEEKもこれ位のスペースでいいから復活しないかな〜と思う。そのあと表参道から千代田線に乗り、そのまま小田急直通でAOIさん宅に戻り、また寝直し。(^^;)

けっきょく夕食まで頂いて、そのあと東京駅まで送って頂いた。新宿の「みどりの窓口」で「ムーンライトながら」指定券を当たってみたら、またもキャンセル分をゲット。しかも今度は禁煙席。小田原までの指定券でその先は自由席になるが、先に座っていれば関係ないワケで。ともかくこれで今夜も無事に座席を確保。かくして23:43に東京を出発。2日間どうもありがとうございました。>AOIさん

 辿り着く
 2002.7.22(Mon)
熟睡とまではいかなかったがウトウトしているうちに午前4時を過ぎ、4:22に豊橋に到着。ここで定期列車の「ムーンライトながら」が30分の停車をしている間に、20日から走っている臨時の大垣夜行(いわゆる救済臨)が追いつき2分間の停車で先発する。しかも豊橋から先は「ムーンライトながら」がほぼ各駅停車になるのに対して救済臨は名古屋までノンストップでその後も停車駅が少なく、大垣到着が1時間も早い。ということで、ここで「ムーンライトながら」を降りて救済臨に乗り換え。
 改装済みとはいえもう余命幾らもないであろう往年の急行型車両(165系)のボックスシートは腰にはよくなさそうだが(^^;)。意外と空いていてすぐに席に座れたので、そのまま大垣まで直行。大垣で乗り換え、更に米原から新快速に。京都には7:37着。地下鉄とバスを乗り継いで8:20に下宿に辿り着き、汗を流す間もなく論文原稿と書類を持って大学へ。最終的な記入項目を埋め、大学の近くにある学会事務室へ論文原稿を提出。やっと寝られる…。

帰宅直後に着替える際、体重計に乗ってみたら、上京前より体重が4kg近くも増えていて大ショック。ここまで一生懸命減らした分が元の黙阿弥…(T_T) もっとも、大学と学会を回り、帰宅して夕方まで爆睡したあとにもう一度計ったら、2.5kg減ってトータルで1.5kg増にどとまった。まぁ喰って増えることは覚悟していたけど…、明日からまたしっかり運動しないと。

 木目調室内にアルミ鎧戸
 2002.7.24(Wed)
阪急京都線に遂に新型特急車両が入るらしい。現行車両が確か1975年の登場だから既に27年が経過、同世代の京阪特急が(改装済みの1編成を除いて)10年前にに新型に置き換えられ、しかもテレビカーだけでなく後に二階建て車両まで連結した超豪華版になり、対抗するJR新快速も既に何度目かの車両交替をしているのだが、阪急も10年前に一度は新型車投入を計画しながら、バブル期の茶屋町再開発計画が破綻したツケでロクな設備投資が出来ず(子会社の車両メーカーで阪急の車両を全て製造し路面電車製造でも有名なアルナ工機を解体せざるを得ないくらいだし)、その余波で特急車交替も遅れまくっていたのだけれど、JR新快速の攻勢に遂に耐えきれなくなったということなのか。JRは駅も増設するそうだし。

新型車はクロスシートは維持するものの3扉車になるそうで、車体長(18m級)からいえば阪急8000系の一部や名鉄特急の座席指定+一般車混結編成の一般席車みたいな感じになるのかな。伝統の木目調内装と緑色のシートは守られるがアルミ製鎧戸は通常のブラインドになるようだ。まぁその方が確実に日よけになるからいいのだけど。
 京阪のような豪華化路線に行かなかったのは、JRとの競合が川向こうの京阪に比べて深刻だということでしょう、やはり。阪急も京阪も新快速との対抗上、最近になって伝統の京阪間ノンストップ運転をやめて途中停車を始めたのは同じだけど。

 ギリギリ
 2002.7.29(Mon)
やっと公楽荘の宿泊の栞Vol.1(事前送付版)を印刷。なんとか明日には郵送して間に合わせられそう。もっとも新艦長は8月1日から休みで屋久島に行くらしいので間にあるかどうかは怪しい(^^;) しかも、まだ当日配布版栞の編集・印刷があるのだが…、原稿ぜんぜん上がってない…。さだ研の現地バラマキ用会誌もこれからだし。

 新兵器
 2002.7.30(Tue)
カナート洛北の楽器店で新しいマイクスタンドとマイクを購入。マイクスタンドは今迄ストレートなヴォーカル用を持っていたのだが、これはまだT&Rがカラオケ専用デュオだった頃に買ったもので(^^;)その後ライヴでも使ってきたけど、室内でギターなどのレコーディングをするには不向きだった。そこで、店に並んでいたのが意外に安かったのでブームスタンド(中折れタイプで斜めに延ばせる)を買ったのである。今年の公楽荘に持ち込むのもこっちにするつもりだが…、誰かが大友康平ごっこするにはストレートの方がいいのか?(笑) 
 一方マイクも初めてカラオケ用でなくSHURE製のを購入。これで機材はヴァージョンアップしたから残るは使う人の腕と喉だな…(滝汗)

 復活のとき
 2002.7.31(Wed)
上越新幹線「あさひ」が12月から「とき」に改称されるそうだ。元々、上越新幹線は開業当初、速達(ひかり型)タイプを「あさひ」、各駅停車(こだま型)タイプを「とき」としていたが、JR東日本が所有する新幹線の列車名を運転区間別に変更し、新潟行きは全て「あさひ」に統一、短距離型を「たにがわ」として新設し、「とき」は東北新幹線の「あおば」ともに消えてしまった。
 特に「とき」は新幹線開業前の上越線を走っていた特急名として伝統あるものだったし、名称の由来である朱鷺が日本産について繁殖不可能になった頃だったので話題になったもので、その後も新潟県などから改称・復活の要望が出されていたが、この度改称されることになった。

で、その理由が"長野新幹線「あさま」と紛らわしく間違えやすいので…"というもの。上越・長野新幹線は東京駅で同じホームだから確かに誤乗車も多そうだが、今頃になってやっと改称というのもねぇ。どうあっても「伝統名を復活」という理由は言えないだろうけど。だって東北新幹線八戸延長で伝統ある「はつかり」を消して「はやて」を新設するんだし(笑)。名前だけなら「白鳥」も復活するが、今度の運転区間じゃ白鳥飛来地をどこも通らないじゃねぇか(苦笑)

ところで、JR東日本の新幹線たちに対して、JR東海・西日本は開業以来の「ひかり」「こだま」に「のぞみ」を加えた体制で運転を続けているが、実際には各会社区間内だけでまたがない列車も多い。なのに同じ「ひかり」「こだま」であるというのも紛らわしく、山陽新幹線区間内だけを運転する列車は名前を変えることを考えてもよいのでは?と思う。折角の「レールスター」も時刻表での扱いは単なる「ひかり」という事態も変えられるだろうし。かといって、往年の山陽線の代表特急「しおじ」を復活させるには、あまりに山の中が多い山陽新幹線ではムリがありそうだけど(笑)