原子力発電所の危険性 

初出 1988年5月26日「まことの巡礼地をめざして」

科学技術が現代人にたくさんの恩典をもたらしたことは誰しもが認めることであろう。 だが、同時にそれらがもたらした 弊害も冷静に検討してみる必要がある。例えば、核兵器その他の大量殺戮兵器、さまざまな環境汚染問題、科学技術力の国際的な格差、その格差を利用しての工業先進国による開発途上国の支配などである。そして大国の側の都合のよい論理と倫理をその国の国民が支持するように持って行くマスコミの操作もある。つまり、政府・役所・警察等、権力ある者に任せ、その筋の許可があれば倫理的にも良いことだという風潮も強い。だが、権力は社会の正義のために 民衆ひとりひとりを基盤にするものであり、民衆を保護し、民衆に奉仕すべきものである。 このようなことを論ずれば、さまざまの具体的な例があるが、今ここで扱いたいのは環境問題である。大気・水・食品等の汚染は工業廃液・排気・添加剤・農薬・洗剤・自動車の排気ガスなどによって深刻な問題になっている。またそれとは問題は異なるが、さまざまな騒音も人間の神経や精神に大きな影響を与えていることが分かってきた。タバコは先進国ではその害の故に広告を禁止したり、喫煙場所を制限しているが、日本ではまだつい先日まで国の専売品であった。贅沢・便利さ・中毒させる嗜好品は、企業または企業と密着した政治が扱うと、無知な大衆を餌にして金儲けをし、大衆は健康を害することになる。そしてそれらの害について訴える報道には、概して圧力がかかりやすい。その後、薬品であれ工業プラントによる被害者が出て企業や役所がやっと害を認めたり、 そのような判決があった後は、今度はそれらを途上国に輸出しているのである。日本も先進国からそのようにされたものがいくつかあるが、日本がそれらをさらに途上国に渡していくことがある。 それらの中で将来深刻な問題を引き起こす可能性があるものとして、今、原子力発電についてもっと真剣に考え、対処しなければならない時期に来ている。 アメリカのスリーマイル島とソ連のチェルノブイリの原子力発電所で事故を起こし、多量の放射能が漏れ、死者、発病者、潜在的発病可能者を出し、さらに広域にわたって穀物・乳製品・畜産物などに放射能が検出されていることは、まだ記憶に新しいことである。 また、ブラジルでは不用意に捨てられた医療用の放射性物質によって被曝し、少なくとも1人の死者と多くの発病者を出したことも最近の出来事である。とりわけウラン鉱石採掘から利用・回収・再生作業に関わる人々は常に被曝の危険にさらされている。原子力発電は軍事利用に対して平和利用と呼ばれてきた。確かに意図的に大量破壊を目指さないという意味ではそうである。そして兵器や発電所に使用され始めた時点では、放射能の人体に与える害については未知数であった。初期の頃の説明では、我々は天然の放射能を大量に浴びており、仮に人工的放射能を浴びても微量であり、問題ないと言われていた。 だが、年数が経つにつれ、天然の放射能と人工の放射能では、人体に与える影響が濃くなることが分かってきた。つまり、前者は体外に排出されるのに対し、後者は体内に蓄積されていろいろな障害の原因となるなどのことである。しかも被曝量が少なくても、じわじわと影響を与えることも分かってきた。また被曝の仕方も体外からの被曝はもちろん危険であるが、食料摂取、粉じん吸入等で、体内に蓄積された放射性物質による至近距離からの被曝も危険であることが分かっている。 このような事実が分かってきたのに、日本はいまだに原子力による発電に積極的なのはどうしてなのか? 原子力発電所を送電コストの高くつく過疎地に建設しなければならないのはなぜか? 核燃料のカスの処理対策の決め手もなく、ドラム缶につめられた放射性廃棄物は溜まっていくばかりであるという。核物質は軍事に転換利用されないように厳しく監視されなければならないが、それと同時に非軍事利用であっても、これだけの問題を持っているのであるから、その実態を国民の前に秘密にしたり、隠したりすることは、国民や電力消費者を無視したものである。198711月、イタリアでは原子力発電所の是非を問う国民投票が行われ、8割が「否」という結果であった。アメリカでは、スリーマイル島の事故後、原子力発電所がある地域では電力会社が年一回、住民の避難訓練をすることが義務付けられた。 このようなことはコストもかかることであり、電力会社が原子力から撤退する一因にもなっているという。日本では安全であるからということで、一般住民対象の避難訓練は行われていないようである。本当に不思議なことである。まずは原子力発電の実態に皆で関心を持たなければ、将来大変なことが起こるかもしれない。そして起こってからで遅いのであれば、それを推進している電力会社や政府、更には彼らをもっと後ろから巧みに支援している影の黒幕に反対しなければならない。 そして他方で原子力発電に頼らなくてもよい、発電技術に専門家はもっと取り組んでいただきたいものである。原子力発電のために最新の技術と開発費、建設費が投与されたのだから、それと同じ努力をすれば人類の知恵は必ずや無公害で、石炭・石油・原子力に頼らなくてもよい、そしてそれらを生産したり購入できない国でも電力をまかなえる方法を開発できるはずであることに期待をかけるものである。


<後記>
参考図書:

原発の老朽化はこのように 圧力容器の中性子照射脆化を中心に

2023515日 初版1
ISBN 978-4-86707-012-3 C0040

編集・発行 原子力資料情報室
発売 アグネ技術センター
A5判・並製/ 224

定価 1,650円(本体価格 1,500円+税 10%
厚さ:13 mm,重さ:430 g

書籍 | アグネ技術センター (agne.co.jp)