「筒」(高知市升形町)

 毎朝8時頃に、この店の前を通ると必ず市場から帰ってきた御主人と挨拶が交わすことができる。グルメ雑誌のインタビューに、毎日、魚河岸に出かけているという嘘を平然と言ってのける店主が多いこの業界において、この店の正直さが伺い知れる瞬間である。

 縄暖簾が掛けられるのは午後5:00だが、いつも開店30分後にはほぼ満席となっている。家族だけで営むこの小さな店は、市内の歓楽街からは離れているため、通りすがりにフラッと入ったという一見の客はほとんどいない。皆、この店で一杯呑ることを目的に訪れる。又、この店は県外客が多いのも特徴だ。向かいにホテルがあり、出張等で訪れた客がリピーターとなっているのだ。

 お薦めはやはり高知らしく鰹である。「タタキ」も旨いが、個人的には「刺身」か、皮目をサッと炙った「焼き切り」で頂きたい。キメの細かい肉質はまるで獣肉のような感じだ。メニューにはないが、自家製の鰹の塩辛、ハランボ(腹皮)があれば、頼んでみることをお薦めする。

 この店の鰹は一年を通じて素晴らしいが、その日の仕入れによって変わる天然魚の刺身も見逃せない。春は鳴門の鯛、高知近海の本鮪。夏なら鮪の幼魚シンマエ。秋は関鯵、関鯖。冬はウツボのタタキ、生きカワハギの薄作り(もちろん肝付き)。どれもこれも「今日のお薦めは?」と聞くのがばかばかしくなる程絶品である。

 もちろん刺身ばかりでなく、塩味の地鶏の串焼き、四万十川の天然鮎、鰻等の焼き物も捨てがたい魅力がある。運が良ければエガニ、アサヒガニといった珍しいメニューに出会えるだろう。

 そして、冬場に訪ねるなら是非鍋物を予約して行きたい。私の食したことがあるのは鴨鍋だけだが、主人自らが撃った鴨を、そのガラで出したスープでしゃぶしゃぶ風に食べるこの鍋を食べて、はっきり言って、私は鴨に対する考えが変わってしまった。他にも鯨鍋、自然薯鍋があり、酒呑みにはまさに垂涎の的である。

 締めの飯物は、その日の刺身を使った、にぎり寿司、海鮮丼といったところだが、食材があれば、鮎の姿寿司、鰹茶漬けも作って貰える。

 この店の料理は、直球勝負である。しかも、もの凄い剛速球だ。その日の最高の素材を切る、焼く、煮るといったシンプルな調理法で攻めてくる。技はあるが、小手先の駆け引きは一切ない。確かに、素材が良いだけに居酒屋として値段は安くない。しかし、この値段でこれだけのものを食べさせる店を未だかつて私は知らない。毎回パーフェクトの完封勝利である。