ニューヨークへ帰る

 カナダの最終日、カルガリー空港行きのバスの時間より幾分早めにホテルを出て、カナダに行ったら買ってくるよう友達に頼まれていたお酒を買い、バス停に行った。時間になりバスも来て乗客が乗り込んだ。しかしおばあちゃんが運転手に向かって何やらごねている。どうやら一緒にバスに乗らなければならない息子がどこかへ行ったまま帰ってこないので待って欲しいと言ってるらしい。このバスを逃すと次は何時間も後になるのだ。しばらく待ったが帰ってくる気配はない。私達は飛行機の時間までぎりぎりの状態だったので気が気ではない。だんだんいらいらしてきた。さすがの他の乗客もいらいらしてきた頃、ようやく息子は帰ってきた。バカタレどこに行ってたんだ!

 空港に着いてからは彼のおかげでマラソン状態だったが何とか間に合った。

飛行機に乗り込むと一番窓際におじさんが座っていた。私達の席はその横だったので座っていると

「窓際に行きたいか?」

と聞いてきた。ありがたく窓際の席をもらい、おじさんといろいろ話をした。おじさんはエア・カナダのパイロットで、フライトを終えて今から家に帰る所、家族で日本が大好きで、娘は大阪にいる、あんた達は日本のどこに住んでいるんだい…などなど。私は話がひと区切りついたところで寝てしまったが、Kちゃんは一緒にワインまで飲んで楽しんでいた。

 トロント空港に近づいた頃、私達は何の気なしに、行きのトロント空港で手続きに時間がかかって困ったことをおじさんに言ってみた。するとおじさんは

「そんなことなら私に任せなさい!」

と言うではないか。

「預けた荷物を取ったら私の所に来なさい」

と言われたけど私達の荷物は手荷物のボストンバッグだけだったのでそのままおじさんのあとをついて行った。おじさんはしきりに

「荷物は本当にそれだけか?」

と聞くので

「本当にこれだけです」

と言うとかなり驚かれた。女の旅行は荷物が多いと思われていたのだろうか?

 おじさんの「私に任せなさい」は、私達のつたない英語を見かねて面倒な手続きを手伝ってくれるのだろうと思っていたがそうではなかった。おじさんはどんどん歩いていき、「関係者以外立入禁止」の扉の中へ入っていく。ぎょっとしたが来い来いと言うので黙ってついて行くしかない。長い廊下を歩く間、たまに職員が現れて

「なーに?その子たち?」

「んー、ちょっとねー」

みたいなことを話していると思われた。そして扉を出ると目の前はチェックインカウンター、まだ人はほとんどいなかった。

「もうここに並んでいればいい、じゃあお別れだ」

握手をしておじさんは颯爽と去っていった。行きは時間ぎりぎりにゲートにたどり着いたが今回はかなり余裕。おじさん楽しい時間をどうもありがとう。

でも別れた後で気がついた。せめて一緒に写真を撮っておけば良かったなあ。

 時間が来たので飛行機に乗り込む。運悪く、Kちゃんとは席が前後に別れてしまった。それは仕方がなかったのでまた寝て過ごすことに決めたが、周りを見て驚いた。私達以外は全員イタリア人、それも団体旅行のようだった。わいわいとみんなで写真の撮りあいをするだけならまだしも、あちこちのカップル同士がいちゃつくわキスまでするわ。なんと熱いイタリア人、何でこんなとこで?

 飛行機が飛んでも賑やかさは変わらなかったが私は図太く寝た。後ろでKちゃんが隣の席の人にまたお酒を勧められているようだったが、彼女はお酒が強いので特に心配はしなかった。

 拍手と歓声と口笛の音に驚いて目が覚めた。ニューヨークに着いたようだ。TVや映画で悪天候の中無事に着陸した時に乗客が拍手をしているのは見たことがあるが、普通の状態で大騒ぎをしているのは初めて見た。やっぱり陽気なイタリア人、最後までうるさかった。後になってKちゃんが言った。

「私の隣の席の人がね、あんたを指差して笑ってたよ。『こいつこの騒ぎの中で寝ているよ』って」

失礼な。

 ニューヨークはすっかり日が暮れていた。タクシーに乗り、まっすぐホテルに向かう。遠くに摩天楼が見えるので、そういえば夜景を撮ってなかったと窓を開けてカメラを構えていたら運転手に笑われた。

 その運転手と少し話をしてみた。彼はアルジェリア人で、お金を稼ぐためにニューヨークにやってきたそうだ。来てまだ間もないのであまり英語はしゃべれないと言うが、かなりなまってはいるものの私よりは全然上手だった。日本語も勉強したいと言うので簡単な挨拶を教えてあげた。すると

「You are very beautiful.って日本語でなんて言うの?」

と聞いてきたので教えるとそれは特に一生懸命覚えていた。

きっと客の日本人女性に使うのだろう。お世辞でもいいから私達にも言って欲しかった。