プロローグ
ある年の冬、Kちゃんが
「ニューヨークに一緒に行かない?」
と突然私に言い出した。私が結婚するまで働いていたとある会社の昼休み、お弁当を食べている最中のことである。
「ニューヨーク?カナディアンロッキーだったら行ってもいいけど・・・」
「じゃあ両方行こう」
そして次のゴールデンウィークに行くことに決まってしまった。
行くと決まればツアー探し。2人で旅行会社をのぞき、めぼしそうなツアーを探してみたのだが私達の希望するようなツアーはほとんどなかった。たいていはニューヨークとプリンスエドワード島かナイアガラの滝という感じで、ニューヨークを主にして考えればカナダの方は東側を回るツアーしかない。唯一カナディアンロッキーが主でニューヨークにちょっと寄るツアーを見つけたのだが値段がべらぼうに高かった。それに「ちょっと寄る」ではニューヨークに行きたいと言ったKちゃんが不満である。それにいろいろ調べていくうちにせっかくニューヨークまで行くんだからナイアガラの滝にも行きたくなってきた。だんだん普通のツアーではできないような状態になってきてしまい私達はしばし悩んだ。やはりニューヨークとカナディアンロッキー(ナイアガラの滝付き)ツアーなんて無謀なのだろうか。アメリカとカナダはお隣同士とはいえどもニューヨークとカナディアンロッキーの間には日本地図が何個も入ってしまうほど距離があるのだ。旅行実現が危うくなってきた。
しかし私はもうすっかり海外に行く気分になっている。簡単にあきらめる気はさらさらなかった。何かいい方法があるに違いないと必死で考えた末とんでもないことを思いついた。Kちゃんにまず相談。
「それでもいいけど大丈夫かなあ?」
「旅行社の人がいいと言ってくれたら後は何とかなる」
旅行社の人にも聞いてみた。
「特に問題はありませんよ」
大まかな旅程が決まった。ひとつめの旅行社でニューヨークフリーツアー9日間を予約してその中の1日はオプショナルツアーでナイアガラの滝観光をし、もうひとつの旅行社にニューヨークからカナディアンロッキーまでの飛行機と宿を予約してもらい3日間を過ごす。これで2人の希望が叶う。
ニューヨークでの細かい過ごし方はKちゃんに任せて私はカナディアンロッキーの3日間の動き方を考えた。そこに行くために一番近い空港はカルガリーで、そこからカナディアンロッキーまでは定期バスが走っている。飛行機さえうまくあれば行くことができるようだ。
次は泊まる所。ホテルを調べていて私は泊まりたいホテルを2つ見つけた。ひとつはカナディアンロッキーの入り口の町と言われるバンフのバンフスプリングスホテル。もうひとつがそこから少し離れたレイクルイーズという湖の横にあるシャトーレイクルイーズ。両方とも定期バスの路線に入っているのでどちらでも選べる。そこで同じ会社の人でカナダに留学したことのある人がいたので聞いてみたところ、バンフは小さい町だけれどとても景色が良くてきれいだったと絶賛するのでバンフがいいと思うようになってしまった。
次はそこからどこへ行くか。町を見たり、乗馬をしたり、温泉があるというので温泉につかる事も考えたがそれだけでは寂しい。ガイドブックを見るとバンフからコロンビア大氷原に行く観光バスがあるのを見つけた。大氷原…。氷河…。こんな物を見れるなんてこれは行かなければいけない!それに私達はナイアガラの滝も見に行く事になっている。調べてみるとコロンビア大氷原の氷が溶けて川になり、流れ流れてナイアガラの滝になっているらしい。何だかNHKのドキュメンタリー番組を見ているようだ。これはもう行かなければ! 2日目はコロンビア大氷原観光に決定した。
カナダの個人旅行に強いという旅行社に飛行機とホテルとコロンビア大氷原観光の予約を頼み、カナダのバス会社にカルガリーからバンフのバスの時刻表を送って欲しいと頼んだ。これで準備は完璧だ。
しかしひとつ大きな問題があった。私達は2人とも海外旅行2度目、それも私は大学のゼミ旅行で香港へ、Kちゃんも同じように団体でフィジーだかバリ島だかへ行ったことがあるだけで個人旅行はしたことがない。他の友達に今度こんな旅行をするんだーと話すと口を揃えて危ないからやめろと言う。しかし私は香港へ行った際に自分の行きたい所へ行くこともできずバスで連れ回されてばかりで
「こんな旅行はもう絶対したくない!」
と強く感じてしまったのである。そのせいもあって今回の旅行は自分の好きなように計画を立てようと躍起になってしまったところもある。確かに私達のような海外旅行素人で英語もろくにしゃべれないような人間が2人だけで行動するなんて自殺行為もいいところかもしれない。しかしそんなことを言っていたらどこにも行けないではないか。Kちゃんもやる気になってニューヨークの旅計画をしっかり立てている。人にどうこう言われようとも行くしかないのだ!! が、ふと我に返るとやはり全然英語ができないと言うのもいけない。そこで2人で海外旅行用の英会話集なる本を買ってきて、会社の昼休みは英会話の勉強時間になった。これで何とかなるかもしれない(?)。
そうこうするうちにゴールデンウィークが近づいてきて、ある日カナダから封書が送られてきた。すっかり忘れていたバスの時刻表だった。と思ったら確かにバスの時刻表だが私の手紙の書き方が悪かったのか6月以降の夏場の時刻表だった。加えて
「冬場は客が少ないので定期バスは便が少ないです」
などと書いてある。心配になりもう一度冬場の時刻表を送ってくれと頼もうかと思ったが、最初に頼んだ時刻表も送るだけなのに何ヶ月もかかっているのでもう間に合わないだろう。カルガリーに着いてバスがなければタクシーででも行けばいいだろうと開き直るしかなく、問題と心配をたくさん抱えながら出発の当日がやってきた。
すげー眠り姫(?)2人
ニューヨークに行くために私達はまず自分たちの住んでいる四国から成田空港まで移動しなければならなかった。お金のことを言わなければ飛行機で前日に羽田まで飛び、その辺りで泊まって次の朝成田まで行く事もできたのだがそこら辺はケチってしまった。そこで朝東京に着く夜行バスに乗ることにした。四国から12時間かけて東京へ。山手線と成田エクスプレスで空港まで。そして飛行機でニューヨークまで12時間。山手線と成田エクスプレスは除外してもバスと飛行機でじっとしている時間が24時間もある。あちらで時差ボケ睡眠不足で行動を制限されるのは悲しいので私達はこの間をずっと寝て過ごそうと考えた。でも夜走るバスはともかく飛行機に乗っている間は日本の時間帯で言えば昼から夜にかけてだ。ちょっと無理かもしれないかなあと私は思っていたのだがやればできるもの。食事の時以外は本当にずっと寝ていた。おかげでニューヨークに着いても夜までは何とかもった。しかしさすがに日が暮れるとつらくなり、普段よりかなり早く寝てしまったのだが。