「丸玉食堂」(神戸市JR元町西口駅ガード下)

 

 香港に行くと高級中華料理店には目もくれず、ひたすら地元の人で賑わう大衆店を巡ってしまうのだが、こんなディープな体験も別に日本でできないことではない。

 学生時代に神戸を訪れたときのことである。帰りの船の時間に間があった私はどこかで夕食を済ませようと町をぶらぶら歩いていた。南京町の中華街の行列につきあうのはごめんだったし、どこか目的の店があるわけでもなかった。こんな時は自分の旨い店を嗅ぎ分ける嗅覚だけが頼りだが、これが結構アテになる。人と一緒だとなかなか店が決まらず、迷惑がかかるが、幸いその時はひとりだったし誰に気兼ねするでもなくじっくりと歩くことができた。

 そんな私の目に飛び込んできたのがこの店だった。うっかりしていると見逃してしまいそうな入り口にあるのは小さな看板と料理のサンプルの入ったショーケースだけだが、いったん中に入ると奥に長い店内で一昔前のバス停に置いてあったような緑色の樹脂できた椅子とステンレスのカウンターがディープな雰囲気を盛り上げてくれる。

 この店は台湾料理の店で味も値段も申し分ないのだが、困ったことにメニューらしきものがほとんどない。壁に「エビの炒め物」「イカ団子」そして胃、生腸、舌、耳、心臓etcと書かれた張り紙が僅かにあるだけである。初めての私はとりあえず「エビの炒め物」と胃、腸を注文した。内臓系の料理はボイルし軽く醤油をかけたのをピリッと辛い中華味噌で食べるのだが、これがビールのつまみに絶品だ。ビールを飲みながら辺りを見回すと他の客は銘々思い々いのものを食べている。「チャーハン」「青菜炒め」「唐揚げ」「青菜炒め」どういったシステムになっているのか客が好き勝手に言った注文がどんどん出てくる。私も真似して「湯麺」を頼んだのだが、これがまたものすごく旨い。

 いったいどんな調理をしているのかカウンター越しに厨房を覗いてみて驚いた。いかにもいい加減そうに中華鍋をかき回している店員、中華麺を抱えて無造作に茹でている主人らしき人、そして作り置きの料理を炒め直している店員までいる。どう考えて美味しいものが出てくるとは思えない。しかし、実際どれもこれも皆美味しいのだから不思議だ。

 ここの料理は見た目いい加減だが世のグルメ諸氏の小理屈を笑い飛ばされそうな勢いを持っている。「旨けりゃ良いじゃないか。」そう言われてしまっては返す言葉もない。