「紅琲道場」(徳島市沖浜)
この店を初めて訪ねたのは、まだ、私が高校生の頃だった。常連客の知人に連れられてやって来た私は、当時、知っている店が少なかったこともあって、それから数年間同店に通った。そして何を思ったか、ある日を境にパッタリと店に行かなくなってしまった。別に気に入らないことがあったわけでもなく、ただ何となく足が遠のいてしまったという感じだった。
「紅琲道場」を再び私が訪ねたのはそれから5年たっての事だった。以前のようにカウンターに座って軽口をたたく私に、ブラックの珈琲を出しながらマスターが口を開いた。「5年も来なかったら、いじめられるよ。」覚えられているのかという私の不安をよそに、しっかり私の好みまで覚えていてくれたのだ。
この店の近所には、最近、徳島で評判の喫茶店があり、駐車場に入りきらない車が路上に溢れるほどの繁盛振りだ。確かに豆も良いものを使っていると思うが、私の個人的な好みから言うと少しローストが強すぎる。これは、好き嫌いの問題なのだが、私は珈琲専門店を名のり、かつ、自家焙煎をしている店は、平均にローストが強すぎる為、あまり好きでない。また、焙煎室の設備の関係からか、煙が巻くのだろうか?スモーク臭が強すぎて、クリアーな味が損なわれているような気がするのである。
「紅琲道場」で使っている豆は横浜のメーカー「キャラバンコーヒー」である。その中の良いものを少しづつ引いているらしい。珈琲をたのむと、まず、ミルで豆を粗挽きにし、豆の中の薄皮を取り除く、更にそれを細引きにしてからネルドリップでじっくり抽出してゆく。一杯づつこの手順で手間をかける。
珈琲だけではない。この店の人気メニューは、全てこの調子である。ミキサーを使わず、包丁で叩いたバナナをシェイカーで攪拌する「バナナミルクシェーキ」、注文があってから玉子を焼き、トーストを始める「ミックスサンドイッチ」しかりである。夏場は独特の臭いがつくのを嫌い、シロップは出さず、客の好みにグラニュー糖で甘味をつけたアイスコーヒーも素晴らしい。
一度、私はどうしてこんなに手間をかけるのかをマスターに尋ねたことがある。すると、マスターはこともなげにこう言った。「うちは当たり前のことをしているだけ、うちが特別に見えるのなら他の店が手を抜いているんだ。」今は私もこの店で小難しいことは言わない。当たり前に仕事をしている店では当たり前に珈琲を飲むだけである。