「香川」(広島市厚生年金会館近く)

 

 私はお好み焼きで関西風と広島風どっちが好きか?と聞かれると関西風なのだが、お好み焼き屋でどの店が一番好きかと聞かれると、「香川」と答えるだろう。「香川」は広島風お好み焼きの店である。そして、私の広島飲食店一番のお気に入りだ。

 10年以上前の話になるが、当時大学生だった私は国際アニメーションフェスティバル広島大会に参加するために広島に一週間滞在した。会場であるアステールプラザと宿泊所を往復する毎日だったのだが、私が一番困ったのは昼食であった。会場近辺に食事をとるところが少なく、コンビニ、弁当屋ぐらいしか見つからない。宛もなく近所をぶらぶらしてたとき路地裏で偶然見つけた店、それが「香川」だった。

 この場所で開店して30年になるという同店は、店主のおばさんと娘さんが2人で切り盛りする小さな店だ。私はどちらかというと、こぢんまりとした店が好きなので、このコーナーでも小さな店を紹介することが多いのだが、この店の小ささは半端でない。路地に面して扉もない入口を入ると大きな鉄板があり、それを囲んで椅子が置いてある…。それだけの店である。もちろん、開けっぴろげの店内には冷暖房もついていない。夏場はサウナ状態で、タオルで汗を拭き々き食べなければならないが、それもまた一興だ。

 「おしゃれな店」という言葉からは程遠いこの店は、メニューも至ってシンプル。お好み焼き豚入り、イカ入り、そして、各うどん、そば入りのみである。飲み物は水のみで当然ビールなんてものは置いていない。(私の友人は、近所の酒屋で買ったビールを持ち込んだそうだ。)ちょっと広島焼きを御存知ない方の為に説明すると、広島でお好み焼きに入れるイカというとイカフライを指す。よくスーパーのおつまみスナック売場で売っているやつである。(ちなみに普通のイカは生イカと注文するらしい。)当然この店も前述のイカを使う。

 この店でお好み焼きを焼くのはおばさんの仕事だが、これがまた豪快!鉄板に薄く伸ばしたメリケン粉の生地の上に、キャベツ、モヤシを「これでもか!」という感じで重ねてゆく、その高さは20cm(!)はあるだろうか、それを一見いい加減と思えるほど無造作に焼いてゆく、豚、イカの具を入れ、別に焼いた麺と更に重ねる。香りの素晴らしい粉唐辛子を少々振りかけ、ソースも大胆に缶から直接かける。作り方を見てると美味しいものが出てくるのか不安になるが、実は、この大胆さがこの店の美味の秘密なのである。広島ではバラエティ溢れる具や、茹でたてのそばを売り物にしたお好み焼き店がある。実際、私もそういった店の中で美味しいといわれている店に連れて行ってもらったこともあるが、どうも食感がべったりとしている。大量の野菜から出る水分が生地をふやかしてしまうような感じだ。その点、ここのお好み焼きは香ばしく焼けた生地がしっとりとした野菜を包み込んでいる。絶妙のタイミングで焼き上げるおばさん熟練の技だ。

 今回(平成10年8月)、再びここを訪れた私は初めておばさんと話をした。おばさんの話によると広島焼きのルーツは、戦前にあった薄焼きのメリケン粉に少しの具を乗せた「一銭洋食」が、戦後、進化して色々な具を重ねるようになり「広島風お好み焼き」になったということである。広島は戦争により大きな傷を負った街だが、これでもか!と具を重ねていく広島焼きに戦争の痛手に決して負けまいとする庶民の、前進し続けるパワーを見たような気がした。

 帰り際、おばさんに「2年後に、また、お待ちしてます。」(国際アニメーションフェスティバル広島大会は2年に一度開催される。)と声をかけられた。2年後に再び広島を訪れることになるかどうかは解らないが、おそらく10年後に訪れてもこの店はずっと今のままのスタイルで営業していることだろう。

 広島市の厚生年金会館の近く、ごく普通の街角にとけ込むように「香川」はある。