香港の魔都

 生まれて初めて香港に行った10ん年前、九龍城壁をバスで観光した。行く前から話には 聞いていた、違法建築に次ぐ違法建築で要塞のようになってしまった場所。犯罪者のたまり場に なっているとか、一度迷い込むと生きては出られないとかどこまで嘘なのか本当なのかわからない 黒い噂のある場所。実際行った時も建物は妙な形にそびえ立ち、辺りはひっそりと暗い感じだった。 確かに何か起こってもおかしくないような…。その上ガイドさんが「このバスを降りると 命の保証はしません」とまで言うもんだからここは行ってはいけない場所なんだと強く 印象づけられた。

 それから数年して九龍城壁が取り壊されることになった。九龍城の街自体これのおかげで 悪い印象があったので、取り壊し、跡地を公園にして明るい印象にしていくとのことだった。 私にとっては人ごとなので、悪い印象がある所でもこれはこれで香港の象徴、無くなることは 何となく寂しいような思いでこの記事を見た。

 それから九龍城は食べることが好きな人の間では隠れた名店があるところとして 有名になっていった。こうなってくるとPOCHIが「行きたい」と暴れ出すことは目に見えていること。 POCHIの初訪港時にとある海鮮料理屋にタクシーで乗り付けた。私はPOCHIと一緒に旅行する ときには「食」の部分は全て任せてあるのでその時もそのようにしていたのだが、何せ初香港 (それも初日)でまだ治安も怪しいかも知れない九龍城で、店員に広東語をまくし立てられた彼は、 舞い上がってしまって訳がわからないまま料理を注文してしまい、うまいのかまずいのか よくわからないまま店を出てしまった。

 その時の教訓を胸に、POCHIは広東語(の食に関係する文字)を勉強し、再び九龍城に挑んだ。 次は火鍋屋さんだ。火鍋とは上湯スープやピリ辛スープに魚・肉・野菜などをしゃぶしゃぶして 食べる中国の鍋料理。それもこの店はうまい具合に材料名が並んだメニューに自分で印を付けて 注文できるシステムなのでPOCHIにもやりやすかったようだ。自分の好きな食材を大量に選んで 食べまくり、藍妹[口卑]酒小姐(BLUE GIRLというメーカーのビール会社から派遣されていて ビールの注文を取ったりお酌もしてくれるお姉ちゃん)に構ってもらって上機嫌になってしまった。 老舗の有名な店なのに街から離れているので4人で行ったにもかかわらず安くて本当に おいしかった。

 ここは料理屋も多いけれど甘味屋も多い。食後のデザートも楽しまなければもったいない のだが満腹なのでしばらく腹ごなしに散歩した。元城壁のあった公園は九龍城の街のすぐ北に 控えているし、前の空港もすぐ近所にある。こんな所にあんな場所があったんだな。 そんなことを考えていると、今は治安が良くなってきたとはいえ、日が暮れて人通りが少なく なった道はやっぱりちょっと怖いような気がした。10ん年前の強烈な印象は私の中ではまだ 消えてはいないようだ。急いで甘味屋に向かいどんぶりサイズの糖水を平らげ、店の前にちょうど いた私達のホテルのある街へ向かうミニバスに飛び乗って帰った。

 九龍城は行きたい店がたくさんある。たぶん香港へ行くたびにここへは行くことになる はずだ。恐怖感が無く歩けるようになるのは何年後だろうか。



 九龍城壁が無くなってから香港で一番怪しいスポットといえば重慶マンションになって しまった。でもここも私達にとっては両替所であり、中華以外の料理が食べたくなったらおいしい カレーを食べに行く場所である。ただし私達は危険なところに行って喜んでいるだけの無謀者 ではない。自分の身を守る最低限の用心はいつもしている。さすがにそこのマンションに宿泊 してみようという気もなければ、あのビルの3階以上を探検してみようという気もない。