郊外散歩 (ツェンワン〜ユンロン〜ラウファウサン)

 数回香港に行っているとはいっても、それまで街中から郊外へ出ることはなかった。好奇心はあったのだが、実は無謀な遠出だったりしてホテルまで帰れなくなったら…とか考えてしまっていたのだ。いくら「香港は小さいんだよ」とか聞いてはいても、外国のこと、見当がついていないのだ。

 でもPOCHIと一緒の今回、勇気を出して行ってみた。行ってみると、なんのことはなかった。もっと早く行っておけばもっと香港の魅力を知ることができたのにと後悔しきり。

 今回の郊外行きの一番の目的は、九龍からずっと南西、中国の境界に近い流浮山という港町で新鮮な海鮮料理を食べること。もし時間があれば通りがかりの街も探索してみよう。でもバスの時刻表なんて持ってないし、時間はどれくらいかかるのかわからないよ〜と、心配している割には全然あてずっぽうの日帰り旅なのであった。

 早起きしようと言いながら結局普通の時間に起きだしてホテルを飛び出した。まずは全(上にくさかんむり付)灣という地下鉄の終点へ向かう。ホテルのある旺角から10駅。こんなに距離を乗ったのは初めてだし、街中行きの満員電車を横目に、もうすっかり遠足気分の私達。地下鉄とは言いながらも郊外に行くと地上を走るということも初めて知った。

 30分も経たないうちに全灣に到着。ここで「朝食は是非ここで!」と決めていた店を探す。が、地図は持っているもののなかなか見つからない。あっちでもない、こっちでもない、とPOCHIはうろつき回り、早くも疲れた私が

「もうどこででもいいから何か食べようよ」

と言ったが却下された。どうしてもそこで食べたいらしい。

 しばらくそんな調子だったが何とか発見。写真で見るより店はすごく狭く、1階は満員だったので私達は狭い階段を上り、1階よりもっと狭い2階に座らされた。ここは焼臘飯(チャーシューなどをご飯の上に乗せたもの)を売りにしている店で、朝のうちなら飲茶も楽しめると本には書かれていた。しかしお目当ての焼臘飯は今まだ焼いているのでないと言われてしまい、仕方なく周りを見回すと、客のほとんどが取っ手のないアルミのマグカップのようなものに入った、骨付き肉入りご飯を食べているのが目に付いた。そこでこれを注文。そして点心をいくつかもらった。

 点心をつつきながらしばらく待っていると、マグカップがやってきた。そのまま食べようとすると、隣にいた客のおじさんが

「これをかけなきゃいかん」(広東語はわからないので想像)

と醤油を持ってきた。ありがたくそれをかけようとすると、下から上がってきた店のおばさんが

「違うのを持ってきてあげるからちょっと待ちなさい」

と違う醤油を持ってきて、ぐるぐるとかけてくれた。

「それ食ったらこれを使え」

店員でもないのにおじさんは自分の席にあった爪楊枝まで差し出してくれた。なんだかみんな世話焼きである。

「おまえたちはやっぷんやん(日本人)か?」

言葉もろくにわからないのにこんな所に来るのは珍しいらしい。いろいろ話しかけてくれたが、これくらいの質問にしか答えられなかった。少しだけ知っている広東語でおいしいと言うと、おじさんもおばさんもそうだろうそうだろうとにこにこと喜んでくれた。

 さてお味などは、POCHIが書いています。

POCHIの江南焼臘飯店解説へ

 朝ご飯を食べる(探す)のにかなり時間をロスしてしまったので、バスターミナルへ急ぐ。地下鉄駅前のショッピングセンターの1階にターミナルはあるのだが、私達が乗るべき53番のバス停は見つからない。近くにいたターミナルの従業員に、「元朗東」と行き先を紙に書いてバス停の場所を訪ねた。バス停はこのターミナル内にはなく、道を渡った向かいにあるとのことだった。続けて彼はペンを走らせる。

「元朗東→流浮山、海鮮?」

おやぢ、なかなか鋭いぞ。お互い顔を見合わせてにやりとした。

 バス停は程なく見つかった。しかししばらくバスは来そうにないのでその近辺を歩いてみることにした。この全灣駅の周辺にはショッピングセンターが建ち並び、その周りには昔ながらの商店が、またその周りには高層マンションが林立している。地下鉄に乗れば簡単に街まで出られるし、バスターミナルからは新界をはじめ色々な方面へ行くことができる。街中よりは物価も安いだろうし、住むのにはとても便利そうなところだ。時間的に、商店や道ばたの新聞売りなどはまだ開店準備をしていたのだが、パン屋をちらっと覗いてみたら、店先に蛋撻(カスタードプリンのタルト)が並んでいて、とてもおいしそうだったので2つもらった。一口サイズとはいえども1個1HK$と安く、まだ暖かくて卵の味が濃くておいしかった。 

 バス停に戻ってポケットの小銭を確認していたらバスがやってきた。乗り込んで運転手の横にある箱に運賃を放り込み、2階の前から2番目の席を陣取る。しばらく街の中を安全運転で走っていたのに、街を出るとぐんぐんスピードを出していった。

「アジアのバスは飛ばす」

とは聞いていたが、今まで街中でしか乗ったことがなかったのでその時までは忘れていた。もちろん山道にさしかかってもスピードが落ちることはなかった。ただでさえ左右に振られるカーブ、私達は2階に乗っているのでほとんどジェットコースター状態だ。

バシバシバシッ!!

道の脇にある木の枝には当たり放題。オープントップだったら無事ではいられないだろう。その上道は車が対向できるくらいの幅しかない。もちろん歩道もないのにそんなところを人が歩いていたりして、何度「轢いた!」と思ったことか。スリルありすぎ。長時間バスに乗るから酔ってはいけないと思ってゲロ袋など用意していたのだが、酔っている暇などなかった。怖いのもあるが、山道からは海が見えて、景色がきれいなのでそれでも気が紛れていたのだと思う。

 山道が終わり、またビルが増えてきた。屯門の街だった。それも通り過ぎ、日本の農村のような風景が続いた後、また街が現れた。これが元朗だ。行ってみるまで、小さな店がちょこちょこあるいなかなんだろうと思っていたが、侮っていた。なかなかの都会ではないか。中環のような近代的なビルはないが、店が建ち並び、ショッピングセンターもあるようだ。元朗は、街の中心に青山公路という大通りが通っている。そこを軽便鉄路という電車が通っていて、これは屯門までつながっているそうだ。その道を、私達の乗ったバスはずっと走っていった。終点の元朗東バスターミナルはこの街のはずれにあるのだ。

 ターミナルでバスを降りて、少し探すと流浮山行きの655番バスはすぐに見つかった。乗り込むとまもなくバスは出発し、再び日本の農村のような風景の中を走っていった。一瞬日本かな?と錯覚してしまうのだが、遠くに高層マンションの固まりがあちこちに見えるので香港に間違いないと感じさせてくれる。

 少しうとうとしたりしながら、30分ほどで終点流浮山に到着。バスを降りて辺りを見回す。ロータリーの1/3ほどを囲むように売店、料理屋、公衆トイレ、あとそれらの前で魚やエビなどの干物やジュースを売っているのが見える。少し離れたところには運送用のトラックが何台か停まっているだけであとはなんにも見えない。魚屋もあるはずなんだけど、と少し移動すると、ジュース売りのパラソルの間に道が見えたので入ってみる。道とは言っても石畳の、本当に狭い道。手押し車がやってきたら、道沿いの店に入らないとよけることができない。でもこれが流浮山のメインストリート。魚屋も、料理屋もたくさん並んでいるし、地元の人目当ての雑貨屋もある。きょろきょろしながら歩いていると、すぐ海に出てしまった。メインストリートは数100mほどしかないのだ。

 とりあえず波打ち際まで歩いていく。ここはカキの産地と聞いていたが、なるほど砂浜は、カキの殻でいっぱいになっている。天気が悪いのでうっすらと、対岸にはビルが建ち並んでいるのが見える。あれは大陸、中国だ、香港から中国が見えるなんてなんか感動。香港も今は中国なのだが、「香港に行く」と「中国に行く」では私はちょっと違うと思っているので、素直にそう思ってしまった。

 雨がぱらついてきたのでまたメインストリートに戻り、何往復かして、魚の新鮮さを見分けるのが得意なPOCHIに買う店を決めてもらってから、またロータリーまで戻った。

 そこまで来てびっくり。さっきまでひっそりしていたロータリーは、観光バスと、観光客でごった返していた。でも日本人はいなくて、大陸の人たちばかりのようだった。時間を見るとお昼ご飯時、日本人のツアーなら、街中で冷えた飲茶食べ放題のところ、大陸の人たちはここで海鮮なんだ。ちょっと羨ましいぞ。

 食事の時間を少しはずすために、そのあたりにある売店に行き、パックのレモンティーをひとつ買った。売店の椅子に座ってそれを飲みながら、バッグからメモ帳とガイドブックを取り出し、自分たちの作ってもらいたいメニューの漢字を次々書いていった。

 それが終わると次は魚屋さんへ向かう。大人数で行くと色々選べるのだろうが、2人なのであまりたくさんは買えない。でも種類はできるだけ欲しいのでみみっちい買い方をしてしまう。タイラギ貝4個、詳しい量は忘れたけどエビ、長さ30cmはあるシャコ2匹、でも姿蒸し用の魚は大きいのを奮発した。これは一番食べたかったのだ。

 買い方は、欲しいものを指差し。まず大きい魚を選んでおいてから、次々欲しいものをどんどん選んでいく。言葉が通じなくても店の人も慣れたもの、自分の欲望のままにシャコを取っていっても、

「2人じゃそんなに食べられないだろう」

と数を調整してくれる。

 値段は種類と重さによって変わるので、選んだものをそれぞれ量り、袋に入れてもらう。全部で300ドル。まあこんなもんかな?

 袋をもらって調理してもらう店を探そうと思っていたら、店の人が向かいの料理屋にそれらを持っていってしまい、私達も呼ばれた。魚屋の人がお金を払えと言わないところをみると、料理屋と魚屋は提携しているようだ。どうやら自分たちで店を決めることはできないようだ。魚代だけ払って違う店を探すと主張できる語学力もないのでそのまま従って、地元の客しかいない小さな店に入っていった。

 料理屋は家族で経営しているようだった。にこにこと人のよさそうな笑みを浮かべたおじいさんが、コップにお茶をついでくれて、小皿に入れた漬物のようなものや、調味料を並べてくれる。POCHIがメニューを書いた紙をおじいさんに渡すと、大笑いされてしまったが、ちゃんと私達の食べたいものはわかってくれたようだった。その紙と、魚の袋を持って彼は調理場らしい2階に上がっていった。彼は料理人でもあるのか?

 料理が出てくるまでしばし待つ。おじいさんが入れてくれたお茶は花びらのようなものが浮いていたので、私はジャスミン茶かな?と思っていたのだが、とても甘くてなんだかよくわからないものだった。おやつとして飲むにはいいんだけど、ご飯には合わない。プーアル茶と思われる茶瓶も一緒に持ってきてくれてはいるが、まずこれを全部飲み干さないことにはプーアル茶にはたどり着けない。のでしばらくは甘いお茶を飲みつつご飯を食べることになる。

 そうこうするうちに料理がやってきた。タイラギ貝にトウチ風味のソースをかけて蒸したもの、エビの塩ゆで、シャコを素揚げにしてニンニクで炒めたもの、白身魚を姿蒸しにして香菜を乗せて熱々の油と醤油をかけたもの、それにご飯。エビの塩ゆではそのまま殻をむいて食べてもおいしいが、ピリ辛味の醤油を付けて食べてもまた良し。魚の姿蒸しにかかっている醤油は、ご飯にまぶしてもこれまたいける。さっきまで生きていたものなので単純な味付けでもとてもおいしい。初めのうちは箸で上品につついていたが、エビの殻をむいてからはもう何も気にすることもなくシャコも手づかみでしゃぶりつく。

 おばさんがボールを持ってきて、プーアル茶をそれに注ぐ。手に付いた油をこれで洗うようにとのことらしい。プーアル茶は体の中の油を落とす作用があるのはよく聞くが、なるほど、このボールで指を洗うときれいさっぱり油のべたべた感はなくなってしまう。手がべとべとになることを予想して、ウエットティッシュを沢山持参していたが、ここでは必要なかったようだ。

 魚の半身を食べてしまったのでひっくり返そうとしたのだが、大きいのでなかなか返せない。2人で悪戦苦闘していたら、調理を終えて近くでテレビを見ていたおじいさんがやって来てひょいとフォークで返してくれた。醤油が少々飛び散ろうがご愛敬である。今日は朝からお世辞にもきれいとは言えないお店でばかり食べているが、素朴な町の人々に親切にされてとてもいい時間を過ごせている。

 結構長時間居座り、ご飯は食べきることはできなかったが、魚類の方は全部平らげることができた。魚代と調理代を含めてお勘定。全部で450ドル(当時のレートで8000円弱)だった。海鮮料理は高いと聞いていて、2・3万円は覚悟していたのでそれから比べると安い。その上帰りがけに、この町特産というオイスターソースの大瓶をひとつ持たせてくれた。横の席にいた客も帰りにこれを手にしていたので、たぶん店で売ってもらったんだろうと思っていたのだがそうではなかったらしい。うれしくて、沢山ありがとうを言って店を後にした。

 食べている間、どしゃ降りになっていた雨もこのころにはほとんどやんでいた。ロータリーまで出るとちょうど元朗行きのバスが止まっていたのですぐさま乗り込み、元朗の手前までしばらく食後の昼寝をした。

 まだ夕方には早い時間だったので少し元朗を歩いてみようということになった。終点のターミナルまでは行かずに街の真ん中辺りで適当に降りて、大通りから外れた道に入っていった。狭い路地に縁日のような屋台が並んでいて、食べ物や、衣類、時計なども売っている。四方を建物に囲まれて、昼間なのに暗くなっている公園、その周りには何をするでないお年寄り達がじっと座っている。うろうろしているうちに「許留山」を見つけた。これは香港に行けば嫌でも目に入る甜品屋(甘味処)のチェーン店で、元朗に本店があると聞いていた。もしかしてここがそうなのかもしれない、それならばちょっと入ってみなければ!と思ったのだが、さっき食べたばかりでもうジュースすらも飲めるような状態ではない。結局諦めてそこを通り過ぎた。

 大通りの反対側にも渡り、店などひやかしていたのだが、だんだん足も痛くなってきたので元朗を後にし、またバスに乗って全灣まで戻り、全灣のショッピングセンターをうろついてから地下鉄でホテルまで帰っていった。

 行く前は夜中になることも覚悟していたが、帰り着いたのは夕方だったので、本当にちょっと遠出をしてみたという感覚だ。香港に行って、街中ばかり歩いているのも楽しいが、一日くらいは郊外に出てみるのも悪くないと思った。街中で買い物をしたければその後でも十分できるし、どこか郊外で晩ご飯を食べるのもいいかもしれない。バスの連絡はとてもいいのでそういうことも全く問題ないと思う。

 この新界歩きに味をしめた私は、今度香港に行くことがあれば、新界をいろんな交通機関でぐるりと一周し、新しい街を散策し、また元朗にも行き、適当な店で麺など食べて帰るという野望を抱いている。