9月24日(火)
*** *** *** *** 鎌倉駅のコインロッカーに大きな荷物を預け、JR横須賀線に乗り隣駅の北鎌倉駅へやってきました。鎌倉に来て最初に訪れたのが光照寺。いきなりマニアックかもしれませんが、なにも有名なところばかりを訪ねるのが旅じゃありませんからねぇ。この寺の歴史は、隠れ切支丹の歴史でもあります。この寺の山門の欄間には朱塗りの丸い紋がかかっています。この家紋は中川久留子(なかがわくるす)といい、九州豊後の岡藩主中川家の紋所です。別にこの大名がキリシタン大名だった訳ではなく、この久留子紋に意味があるのです。久留子=クルス=クロス=十字架。つまり、この寺は、隠れ切支丹の旦那寺であったのです。江戸時代は、幕府の宗教統制によりキリスト教は禁止され、切支丹であることが発覚した場合、多くは火あぶりなどの刑により処刑されました。しかし、鎌倉の地には多くの隠れ切支丹信者がいたとされ、その多くが表面上は宗旨替えをしたものの密かにゼウスを信仰していたといいます。その隠れ切支丹たちの象徴がこの久留子紋であったのです。 |
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| 光照寺クルス紋 | |
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| 円覚寺入口 | |
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| 円覚寺山門 | |
| 北鎌倉の駅を降りるとそこは既に円覚寺の境内になります。白鷺池に架かる橋を渡り、総門を抜け石段を登ると圧倒的な存在感で山門が見えてきます。山門は三門ともいい三解脱門の略語であるといわれています。本尊が祀られている仏殿を解脱(簡単に言うと悟りのことですなぁ)と見做し、そこに至るのに通らなければならない三つの門のことだと言われています。すなわち、空・無相・無作の三門です。山門を抜けると正面に仏殿が見えてきます。仏殿自体は、昭和39年に再建された比較的新しいものですが、その中にはいかにも由緒ありげな御本尊たる仏様が祀られています。その御本尊は「宝冠釈迦如来坐像」です。胴の部分は江戸時代のものですが、頭部は鎌倉時代のものであると言われています。本来、釈迦如来の頭髪は螺髪(らほつ:見た目がパンチパーマのアレですよ)なのですが、ここの釈迦如来は宝冠をかぶっています。これは、華厳宗の影響を強く受けた結果だと言われています。華厳宗の経典、華厳経の教主は毘盧舎那如来であるため、円覚寺の仏様も毘盧舎那如来として造立されたのですが、華厳経では毘盧舎那如来と釈迦如来は同体であると考えられているため、”宝冠をかぶっている釈迦如来”ということで宝冠釈迦如来像と言われています。 | |
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| 宝冠釈迦如来坐像(鎌倉市重要文化財) | |
| 円覚寺には、鎌倉三名鐘のひとつであり国宝でもある梵鐘があります。正安3年(西暦1301年)に鋳造されたものだと言われています。700年もの昔によくもこんな大きな鐘が造れたもんだと感心してしまいます。 | |
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| 円覚寺梵鐘(国宝) | |
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