9月27日(金)
*** *** *** *** というわけで、今日の鎌倉は朝から雨が降っちゃってます。 |
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| 寿福寺総門。石畳が見える | |
*** *** *** *** 鎌倉は三方を山に囲まれ一方が海という天然の要塞です。だから、外部に通じる道も限られており、それらは山を切り開いて作られました。山を切り開いて作られた道なので、鎌倉切通しとも呼ばれます。その主な道は次のように7本あり、俗に鎌倉七口と呼ばれています。 亀ヶ谷坂切通し、極楽寺坂切通し、化粧坂切通し、大仏切通し、巨福呂坂切通し、朝比奈切通し、名越切通し この七口のなかで比較的昔の面影を残しているのは、化粧坂(けわいざか)切通し、大仏坂切通し、名越切通しの3ケ所です。寿福寺から最も近くにある切通しは、化粧坂切通しなのでここに行ってみようと思います。化粧坂切通しは、頼朝が幕府を開く前からあったといわれる道で、極楽寺切通しができるまでは西国へ通じる主要道でした。実際にそこに行ってみると、「こんな狭くて険しい道が主要道なのかよ!」と思わず突っ込んでしまいそうな道です。急な上り坂が続き、道の真ん中には大きな岩が転がっています。現代のただ通るだけの道とは違い、昔はこれらの道そのものが合戦場になったのです。いかに敵軍の侵攻を防ぐか。これが合戦時の大きなポイントでした。だから、主要道といえども歩き易い道とは限らないのです。道路が今のように広く歩きやすいように整備され始めたのは、天下が完全に落ち着いた江戸時代になってからなのです。 |
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| 化粧坂切通しの入口に建つ石標 | |
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| 化粧坂切通し | |
| ちなみに化粧坂切通しの”化粧坂”の名の由来は諸説あって定かではないのですが、この坂の下に厚化粧をした女性がいたとか、討ち取った敵方の首を首実検するためにこの坂で死化粧したためだともいわれています・・・ | |