第拾参話


オレはバイトが終わると、いつものようにミツの家に向かった
みんなもいつものようにミツの部屋で好き勝手な時間を過ごしてる

そんな変わらない、いつもの日々
ただひとつ変わったのはアヤメが高校の帰りミツの家に来るようになってた
アヤメの笑顔は初めて会った時よりも確実に増えていた
でも、手首の傷は常に新しいモノだった

アヤメが帰った後、毎日ミツは言う
「なんとか、やめさせられないかな…」
そして毎日、具体案も出せず明日を迎える
そんなある日、ミツの家に来たアヤメの雰囲気がいつもと違っていた

カウンターにあった果物ナイフを手首に当て「もういやだ!」とだけ叫んだ
張り詰めた空気の中、駆け寄ろうとするオレ達
だが、ミツは誰よりも先にアヤメの前にいた

「こないで!」
叫ぶアヤメにゆっくりと近づくミツ
「やめろ…」ミツはドスのきいた声でそー呟くと手首に当てられたナイフの刃を掴む


「やめて… 手ぇ切れちゃうよ…」
アヤメの言葉
でも、ミツは手を離さない

すげー重圧が支配する空間
立ち尽くすオレ達
下手に介入出来ないピリピリした空気

「ふざけんなって、オレの手よりアヤメが大切に決まってんだろ」

ミツは聞こえるか聞こえないかくらいの声で言ったがアヤメには、確かに聞こえたらしく
力が抜けたようにナイフから手を離した


「あっぶないなぁ 怪我したらどーすんだよ!?」

急にミツが大声で言う
ミツ本人もテンパってたらしい
思わず吹き出してしまったオレ達

『ヤバッ』

と、思ったが
アヤメも涙は流れていたが暗い表情は無く
呆気に取られた顔をしてミツを見ていた

さすが、ミツだ


そこまで考えて行動してないだろうがな
その日、オレ達はアヤメを残し先に帰る事にした

帰った後、何があったかは知らないけど
翌日のアヤメは、いつもの明るさだった

だが、物語は突然思いもしない方へ進む

オレはバイトが終わりミツの家に行く

「おークボ 遅かったな」
ソファーに座ったサクが、こちらに軽く手を振り
「そーでもないよ」それにオレも答える

サクの横、オレもソファーに座る



暫しの沈黙、室内を見回す

「あれ?ミツは?」

部屋主のミツがいない事に気付きサクに聞く

「…アヤメ、駅まで送って行ったよ
家出てメル友の家に住むんだと…」

「はぁ? 意味わかんねぇー 突然なんでよ?」

「会った事ないらしいけどメル友が家に住んでもいいって言ってるらしくてさ
アヤメそこに行くんだって」

ますますワカラン
会った事無いメル友と一緒に住むってか


「ミツはなんて? 何も行ってないの?」

「本人が決めた事だからだってさ」
オレの質問にキイが答える

そりゃそうだが…

珍しく音楽のない部屋にノブを回す音が響きドアに目をやる

ミツだ


「オマエ、これでいいのかよ?」
ソファーを立ちコートを脱ぐミツの肩を掴む

「アヤメが決めた事だ オレがとやかく言う事じゃない」
ミツはオレの目を真っ直ぐに見る


わかってる
でもな
「また会った事ないメル友の家に行くって言ってるんだよ?
また、なんかあったらどーすんだよ?
家出したってな、良くて飯島愛だよ
最悪、軟禁されて売りやらされるのがオチだって…」

そこまで言うとミツは、遮るように
「オマエはアヤメの親か?
じゃ、オレがアヤメ一緒に暮らそうと、でも言えば良かったのか?
昔、彼女を助けられなかったオレがアヤメを幸せに出来るか?」

ミツには、オレ達にも話さない過去があった

『彼女を助けられなかった』としか聞かされてない過去が

何があったのかは、わからない
だが、ミツはその過去に縛られていた

『幸せに出来ない彼女は作らない』
ミツの口ぐせだった

過去の事件を知らないオレには、もう何も言えない

何か譲れないモノがあるんだろう


沈黙

部屋に静かな空気が流れる

オレとミツはタバコに火を付けソファーへ向かう
ミツは、一人掛けのボロボロな椅子に座ると

「あーぁ あんな可愛いコ手放すんじゃなかった!」

オレ達は笑いながら「バカだよ オマエ」と返す

家を出たアヤメ
それを送り出したミツ

ふたりにどんな未来が待っているのかのか
その選択が最良だったかは、わからない

人生にifは、ないからね


ミツに届いたアヤメからの最後のメール

『来年結婚します』

ま、良かったんじゃねーの?

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