2001年4月27日(金) 「激痛!!足裏物語」
近頃だいぶ疲れているのか、肩をはじめ、体中のあちこちが凝って、コチンコチンなのです。
私はよく肩がこる方なのですが、ここ数日は並たいていのものではなく、頭痛がするほど、こっているのです。
そして、今日は、ワイフに足の裏をもんでもらいました。
専用の足もみ用の棒を使って、もんでもらいました。
足の裏を、先の尖った長さ20センチほどの木の棒で、思いっきり押すのです。
グリグリグリっと、力いっぱい押されます。
ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーー。
もう、痛いのなんの。
絶叫ものなのです。
それだけ内臓に疲れがたまって、コンディションが悪くなっているということなのですが。
苦痛にもだえ苦しみつつも。
意識がぼーーっとしてきて、だらーーーっと、よだれが出てきます。
娘は、私が苦痛にもだえるのを見ていて。
大喜びです。
最後は娘までが、棒でゴリゴリしてくれました。
そんなに父親が苦しむのを見て、楽しいのか。。。。
おかげでだいぶすっきりして。
今日もよく眠れそうです。
これを読んでる、そこのあなた!!
あなたも一度、絶叫してみませんか??
2001年4月25日(水) 「ぶひっ」
もう4月もそろそろ終わろうとしています。
確か、今年立てた目標の一つが、「痩せる」でした。
昨年の4月、この教会に来たときの私の体重は85キロ。
それから激しい増減を繰り返しつつも。
今日、計ったらやっぱり85キロだったのです。
トホホ。
結構、苦労し、悩み、しんどい思いをしつつ働いているつもりなのですが。
どうやらまわりの人は、変わらぬ私の体型を見て。
「苦労してねえな、こいつ」
と思っているようなのです。
私はストレスが溜まると、食欲が増進する方らしくて。
しんどくても、痩せないのです。。。
やっぱりとっても、トホホなのです。
この年末こそは、
「痩せたぜっ!!」
と、いきのいい報告をしたいものです。
よーーし。禁欲、禁欲。 ううっ。
私には、やっぱり無理なのかなあ。 ぶひっ。
2001年4月23日(月) 「台湾を思う。」
今、台湾の李登輝前総統が来日しています。
一昨年の7月、私は台湾で開かれた台湾基督長老教会の青年宣教大会に参加していました。
私の属する日本キリスト教団は台湾の台湾基督長老教会と宣教協約を結び、友好関係を持っています。
台湾基督長老教会の青年宣教大会が、50回を迎えるにあたり、宣教協約を結ぶ世界の諸教会から数名の青年を招待することにしたのです。
日本キリスト教団からの参加者を募ったのですがあまり集まらず。
のほほんと神学部で学生をしていた私にお声がかかりました。
広東語、北京語、台湾語はもちろんできませんし、英語力も乏しい私はいささかビビッたのですが、まあ、いい機会だと思い、無謀にも承諾いたしました。
1週間足らずの期間でしたが。
とても、とても楽しく、また、自分自身を問われた旅でした。
ご存知の通り、台湾は戦時中、日本の植民地とされていました。
年配の方は今でも日本語が話せます。
そうした歴史を持ちつつも。
台湾の教会青年たちは、私達を快く迎えてくださり、素晴らしい思い出を与えてくれました。
今でも、そんな台湾が、すごく好きなのです。
台湾には、漢民族以外にも、マレー、ポリネシア系の先住民の方たちが多く暮らしておられます。
殆どの方々が、移住してきた漢民族に追いたてられ、山地に暮らしているのです。
台湾基督長老教会には先住民族の方々も多く属しておられ、彼等/彼女等とともに民族舞踊を踊ったりしたことを覚えています。
驚きと、喜びで一杯の旅でした。
台湾に住む人たちは、中華人民共和国との緊張関係のもと、複雑な政治状況の中で生きざるを得ません。
そして、台湾の将来は、台湾に住む人たち自身で決めたいと、願いつづけています。
どうか、その希望がかなうように。切に祈っています。
今日、李前総統の来日のニュースを聞き、また、今日あった会議で台湾の教会の話を聞いたこともあり。
台湾での思い出が蘇っていました。
みなさん、中華人民共和国台湾省、中華民国、そして、台湾。
この違いが、お分かりになりますか?
やっぱり、勉強って大切なのですね。
また、機会があったら、行きたいな。台湾。。。
2001年4月21日(土)
今日もあわただしく一日が過ぎました。
雨模様の寒い日でしたけれども。
街路樹のハナミズキが咲いていて、ふと、心の和む瞬間がありました。
明日が、いい日でありますように。
2001年4月20日(金) 「感謝」
みなさん、ご無沙汰でした。
妊娠中の子どもが死産したことで、しばらく参っていました。
昨日、子どもを火葬にしました。
妊娠12週以降になると、流産ではなく、死産となり、埋葬しなくてはならないのです。
一面に晴れ渡った青空に、息子は煙になって、飛んで行きました。
息子が消えて行った空を眺めながら。。。
ほんの少しだけ、心の区切りをつけることができました。
つれあいはまだ不安定な状態が続いています。
出来る限り寄り添っていこうと思っています。
今回のことでは、ご心配いただき、ありがとうございました。
掲示板に、慰めの言葉を残してくださった皆さん。
また、書き込みはされなくても、密かにお祈りくださった皆さん。
本当に、ありがとうございました。
皆さんの言葉に、どれだけ励まされたか、わかりません。
社交辞令でもありません。お世辞でもありません。本当に、そうだったのです。
残念なことですが、身近にいる人達に、自分たちの悲しみは、あまり理解してもらえませんでした。
それだけに、直に会ったことがない方々に、優しい言葉をかけていただいて。
心に、沁みたのです。
ありがとう。感謝に、絶えません。
人は決して一人では生きられず、互いに支えあって生きていること、よくわかりました。
今回のことでは、様々なことを教えられました。
息子が命と引き換えに教えてくれた様々なこと。
近々、「冬の星」に、アップしようと思っています。
しばらく更新できませんでしたが、徐々に回復してきている仮庵です。
私は、大丈夫です。
また、マイペースで更新していきますので、これからもよろしくお願いします。
PS) そういえば、気づかぬうちにカウンタ、2000突破していました。これもまた、感謝です。
2001年4月10日(火) 「入園式」
今日はうちの幼稚園の入園式でした。私の娘も入園です。
娘はすでにならし保育をはじめていたこともあり、また、以前保育所にいれていたこともあり、あらたまってどうということもないのですが、それでもまあ、嬉しいものではあります。
今年は入園児が多く、狭いホールが子どもの熱気でムンムンでした。
保護者の方もたくさんこられていて、おお賑わいでした。
ただ、最近の保護者の方々がみな、写真やビデオ撮影に熱心なことに、改めて吃驚しました。
子どもたちの後列に座っている保護者の方々が、小型ビデオやカメラを一斉に構える姿、なんとなく異様でした。
私はあんまり、ビデオや写真などで記録をコマメにとる方ではないので。旅行に行ってもそんなに写真とらなかったりするので。その感じがよくわかりません。
以前、娘の保育所の運動会をビデオ撮影したことがあるのですが、撮影後、そのテープをほとんど見なかった記憶があります。それから、撮影に熱中するよりは、もう少しじっくり子どもを見ていてあげることにしました。
何とか自分の記憶に、自分の心に焼き付けておこうと思っているのです。
入園式のみならず、いろんな行事の時も。
保護者の方がみんな撮影に熱中してしまうので、子どもたちへの拍手が少なくなってしまい、とても残念な気がしています。
撮影も、ほどほどにね。ファインダーを通してではなくて、直に、子どもたちを見てあげてね。
2001年4月9日(月) 「始動」
今日は一週間で一日だけの、私のお休みの日です。でも思ったほど、休めませんでしたけれども。
朝の祈祷会に出て、その後少し仕事をしました。まだ、これからも少し仕事を片付けねばなりません。
昨日までは青空が広がっていたのですが、今日は、花曇りの一日でしたね。
明日あたりから、天気も崩れてきそうです。
明日は幼稚園の入園式です。私の娘も入園です。いよいよ、幼稚園も今年度が始動します。
またまた慌しい日々がやって参ります。
私にとっても、この一週間は大忙しです。やること、一杯あります。
毎日早起きしなければならないこともあり、身体がもつか、心配でもあります。
でも、自分で決めた道。心してかからなければなりませんね。
とりあえず、今日は早起きできました。また、明日も早起きしなければなりません。
寝坊しないように、気をつけないと。。。
明日もいい一日でありますように。
2001年4月8日(日) 「いちご狩り」
今日は礼拝が終わった後、教会の青年たち数名とともにいちご狩りに行ってきました。
少し時期はずれなこともあって、ハウス栽培をやっているいちご園をやっと探して、行きました。
京都府の精華町というところにある「川西観光苺園」というところでした。
西宮からはだいぶ遠いところで、片道2時間近くかかります。
でも、ハウス栽培とはいえ、真っ赤な色をしてなっているいちごを食べるのは、また格別な味わいでした。
とても甘くて、参加者一同、大いに満足しました。
中学生の女の子が一番元気で、私なんかよりよっぽどたくさん食べていました。若いって、すごい。。。
精華町は農村です。一面に畑が広がり、道端にはオオイヌノフグリやホトケノザ、カラスノエンドウなどが群生していました。
私の実家の八幡市にも近く。なつかしい光景、香り、雰囲気でした。
いろいろな意味で楽しめました。
天気も暑いぐらいによくて、本当に楽しかったです。
今日はキリスト教の暦でいくと、「棕櫚の主日」といわれる日でした。イエスがエルサレムに入城したことを記念する日です。これから、いわゆる「受難週」と呼ばれる一週間になります。
イエスの受難を覚え、心に刻む一週間です。
木曜日は「洗足木曜日(せんそくもくようび)」で、イエスと弟子たちの最後の晩餐を記念します。
金曜日は「聖金曜日」で、イエスが十字架刑で死んだことを覚える日です。
そして、次の日曜日がイエスの復活を記念する「復活祭」、「イースター」です。
この一週間、毎朝6時30分から、早天祈祷会を行います。
明日、早く、起きれるかな?
2001年4月7日(土) 「怒」
今日もいいお天気でした。雲一つない青空に、気分も晴れ晴れ、と言いたいところですが。
何やら今日は、腹立たしいことが、一杯でした。
プンプンです。。。
最近、私は短気になってきたのでしょうか?
以前はもっと辛抱が出来たのに。
これまでは、仕事に慣れていなかったせいもあり、目の前のことについていくのが精一杯で、あまり主体的に考えたりなぞしませんでした。
少し仕事にも慣れてきて、いろいろと自分で物事を考えていくようになって。
腹立たしさを覚えることも増えてきました。
何も考えなければ、ただ周りの言うことを機械的にきいていれば、いちいち腹を立てたりすることもないでしょうに。
でも、そんなことは。絶対に嫌です。
歯噛みしながらでも、逃げずに、居座り続けるしか、ありませんね。
暗い話でごめんなさい。
明日こそ、今日の青空のように澄みきった心ですごしたいものです。
2001年4月6日(金) 「月の夜」
今日もいい天気で。晴れ渡った青空を見ることのできた一日でした。
夜になって、仕事を終えて家に帰る前。教会の庭から月を見上げたら。
丁度、月と、教会の塔の十字架が重なって見えました。
「おおっ。」
ふと感激した一瞬でした。
まんまるの月の光の中に、十字架が映えて、なかなかに素敵でした。
昔、「ソードキル」というSF映画がありました。
長年冷凍されていた侍が、現代社会に蘇る話です。
現代社会のあまりの変わりように侍は戸惑うのですが、その彼が夜空の月を凝視する場面があります。
あまりにも変わってしまった世界に驚いてばかりの侍ですが、夜空の「月」は、昔のまんまだったのです。
昔も今も、同じ月を眺めているのですね。
今日、月を眺めながら、遠く離れた知人たちも、同じ月を見ているのだなと、思いました。
まだお会いしたことのない、この「仮庵」に訪れてくださるみなさまも、きっと同じ月をごらんになってらっしゃることでしょう。
今日は素敵な月でした。次の満月も、みんなでお月見ができればいいですよね。
2001年4月5日(木) 「焦り」
昨日は更新おさぼりしてしまって、すみませんでした。
今日は大事な会議があって、今(11時過ぎ)帰ってきたところです。
私の属する教会は一応全国組織になっています。
全国単位ではあまりに広すぎるので、幾つかの地域に分割して、「教区」というものを置いています。
今の私は兵庫県を単位とする「兵庫教区」というところに属しています。
今日はその兵庫教区の中の「社会部」という委員会の会議でした。私は社会部の協力委員なのです。
「社会部」というところは、教会がいろいろな社会問題に取り組むためにつくられた委員会です。
キリスト者が教会の建物の中だけにこもっているのではなく、広く、この社会の中で活動をしていこうという意志のもとにつくられました。
人数も少なく、実際に出来る活動もあまり大きなものではないのですが、みなそれぞれ真剣に課題に取り組んでいます。
私はまだ、教会の理解が少ないこともあって、主体的にこの活動に参加できてはいません。
ただ、メンバーとして属していることにも何らかの意味があるかな、と思い。
極力参加するようにしています。
私は、まだまだ自分の信仰に基づいて自由に活動できる状態にはないのですが、いつの日か、委員会の他のメンバーのように自分の課題を見出し、活動して行きたいと思います。
少し焦りを感じつつも、今日もいろいろと話し合いました。
今、この社会の中で、キリスト者として生きることの意味を問いつづけていきたいと思います。
今日はいい天気でした。
教会の庭の草花も次々に花開き、春の訪れを祝っています。
明日も、いい一日でありますように。
2001年4月3日(火) 「当たり?はずれ?」
今日は日中、夜と二つの地区集会を行いました。
教会の信徒さんのお宅へ、出かけました。
日中の集会に出るとき。
「今日は雨は降らん。絶対に降らん。」
という根拠のない確信を持ち、傘を持たずに出かけました。しっかり、雨に降られてしまいました。
夜の集会に出るとき。
「夜は必ず、雨が降る。絶対に降る。」
という根拠のない確信を持ち、自転車に乗らず、傘持参にて電車・バスにて出かけました。
結局、雨は降りませんでした。
「ああ。。おおはずれ。。」
今日の私の読みは、おおはずれでした。
夜の集会を終わっての帰り道。バスが丁度いい時間になかったので、家まで50分ほどの道のりを歩いて帰りました。
その帰り道。
小さな桜並木を通りました。ほぼ満開の桜でした。思いがけず、夜桜を少しだけ味わうことができました。
今日の私の読みは、結局、当たりだったのでしょうか。それともはずれだったのでしょうか。
世の中何が幸いし、何が災いとなるのか、わからないときもあるのですね。
ああ、人生万事塞翁が馬。
おやすみなさい。
2001年4月2日(月)
しばらく更新、おさぼりしてしまってすみませんでした。
31日から1日にかけて、教会では日曜学校の中高生科によるキャンプを行っていました。
キャンプといっても教会での寝泊りです。
私は部分参加だったのですが、夜遅くまでみんなトランプに興じていて、ついていけませんでした。
翌日も青年たちは元気一杯で。
若さってすごいなあ、と改めて感心していました。
こんなオッサンなことを言いたくはないのですが、さすがに中高生には体力的に適わなくなってきていますね。
他に刺激的なことが一杯ある中で、ごく小人数ではありますが、教会に来てくれている中高生たちです。
学校や他の場所では経験できないような何かを、青年たちと一緒に共有できればいいと思います。
月曜日の今日は、私にとっては休日です。
久しぶりに美術館に行ってきました。
吹田の万博公園にある、国立国際美術館に「エジプト文明展」を見に行ってきました。
国立国際は、珍しく、月曜日も開館しているのです。
結構人が多くて大変でしたが、久しぶりに楽しい一時を持つことができました。
「エジプト文明展」もそれなりによかったのですが。
私は常設展を見れたのがうれしかったです。
「エジプト文明展」はかなりの混雑でしたが、常設展は現代美術が中心になっていることもあり、全然人がいませんでした。いい作品があるのにね。もったいないなあ、と思っていました。
特に私が好きな吉原治郎の「無題」と久しぶりに再会。
黒地に、少し歪んだ白い○が描いてある絵なのですが。
ある種日本的なものを感じさせ、迫力があり、また静謐さをも醸し出し、私の大好きな作品なのです。
よかった。
また高松次郎の「影」も見ることができました。壁面に大きく人間の影だけが描いてあるのですが、すごくリアルで、実際の人間を探してしまうほどです。
名古屋の地下鉄、どこかの駅の地下道に、この「影」が確か展示されていたと思います。
名古屋の方、ちょっと探してみてくださいね。面白いですから。この作品。
美術鑑賞の後は自然文化公園でお花見です。桜が一杯で綺麗でした。少しつぼみが残っていたのですが、充分に満喫することができました。
沖縄の物産販売もしていて、大好きな沖縄そばも食べることができました。
みなさんはお花見、されましたか?
よい、一日でした。
4月になったということもあり、少し、壁紙変えました。ちょっとは明るい雰囲気になったでしょうか?