だぶる厄MAN 椎間板ヘルニアと深部静脈血栓症の闘病記+α
治療記録

1. 発症
2. プロローグ
3. MRI検査
4. 診断結果
5. 改造計画
6. 予定は未定
7. 検査入院
8. 検査結果
9. 自己血貯血
10. 麻酔科対診
11. 入院!
12. 第2日目
13. 第3日目
14. 第4日目
15. 手術
16. 第1週目
17. 第2週目
18. 第3週目
19. 第4週目
20. 第5週目
21. 退院
22. 退院時診断書
23. 2002.3.20.現在
24. 2002.7.10.現在
25. 2002.10.現在
26. 2002.11.6.診察
27. 2003.2.現在
28. 2003.6.現在
29. 2003.8.現在
30. 2003.11.5.診察


2001.12.17(mon)〜24(mon)

順調に回復を見せる私の身体。
けれど、そこに潜む落とし穴にはまだ気付いていませんでした。
兎にも角にも、退院せねば。そして、職務復帰が早急の課題でした。

12/17(mon) 起き抜けの採尿に、採血、そしてレントゲン撮影。

午前中には、待ちに待った抜鉤。
糸ではなくホッチキスのようなものであり、私には32本が打ち付けられていたのである。
傷口は約20センチにもなる。

明日、もう一度傷口のチェックを行い、問題がなければシャワーに限る入浴が許可となる。

また嬉しいことがひとつ。
今日を持って、歩行器が外れたのである。
まだ少し足元がしっかりしていないように感じるので、
杖の貸し出しを希望したのであるが、即座に却下されてしまった。

「そんだけしっかり歩いてるのに、杖なんかいらんやろがっ!(苦笑)」

12/18(tue) 研修医回診にて傷口確認。
経過は良好のことで、今日の入浴にはシャワーのみであるが許可が出た。
沐浴ではなく、漸く自力で身体を洗うことが出来るのである。
全身に当たる温湯、立ち上る石鹸の香り......。

足元がしっかりしてきたのが自分でもはっきりとわかる。
そこで、ちょろりと外出でもしてみようと主治医に許可を得る。

*毎週火曜日はリネン交換である。
 碌に入浴も許されないので頭皮からのフケが凄く、特に枕元の汚れがひどい。

12/19(wed) ところが、早くも婦長から週末あたりの退院勧告。
楽しみにしていた外出はどうなる、外出は!(苦笑)

ついに、である。
来週辺りかなと予想していたのであるが、
予定よりも早期の退院を目指していた通りに事が進んだのであるが、
どうしても足のことが気になる。

今日は部長回診のある水曜日。
先週に引き継いで、再び症状を訴えると担当の研修医が飛んできては、
経過を見させて欲しいと言う。

どーしたというのだ、この変わり様は?

12/20(thu) 入浴日。
コルセットを外すと、腰がふらつく。
おっかなびっくり浴槽に浸かるが、身体が曲がらず後ろに倒れるような格好になり
おぼれかけてしまい思わず苦笑い。

*主治医より、週末仮退院(外泊)にて自宅で様子を見てみるようにアドバイスされる。

12/21(fri) 外泊の申請を書く。

理由や行き先をまず記し、目的はその後に記するような書式である。
これをたまたま居合わせた副婦長に正すと、逆に私がおかしいように思われてしまう。
目的が先にくるのではないのか?

*MRI検査あり

12/22(sat) 直属の上司が面会に来て下さる。
遠いし寒いので同僚のお見舞いは固辞していたのにである。

入浴もそこそこに帰宅の段取りを整えて、いざ身を寄せている実家に帰らん!

最寄り駅に着き、バスに乗り換え下車。
ここからが再びの悲劇の始まりであろう事とは.......予想もつかなかったのである。

12/23(sun) 前夜の仮退院の祝杯が心地良かったものである。

が、右足がどうもおかしい。
昨日もそうであったが、風に触れただけでも強烈な痛みを感じるし、
それは入浴時でのお湯が当たる時に感じるものである。

ナース達も、それぞれ「何故?」という所見を示したが、
この時には知る由もなかったのであった。

12/24(mon) 結局、この2日間は実家でだらだらと過ごすに止まった。

予定通りに夕食前には病棟に戻ったが、
道中の列車やタクシーの乗降にはコルセットの所為か、酷く手間取ると共に
身体が揺れに慣れず気分が悪くなりかけてしまった。

改めて感じたこと。
それは、病棟は本当に温かくて患者に優しい作りであるということを!(笑)

*クリスマスイヴということで、夕食はローストチキンにショートケーキがつく。
 そして、館内放送を使ってのナースによる「Merry X'mas!」の歓声。



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