||||| 冷蔵庫盗難事件 |||||


冷蔵庫が盗まれたのではなく、入院患者がそれぞれ保管している飲物が少しずつ無くなっていくのである。

私が最初に気付いたのは、まだ動くことも許されていない術後1週目のこと。
同室の患者さんのご家族が面会に訪れた際、保冷している飲物が1本無くなっていたという話をたまたま聞いてしまったことに始まる。
ただ、病棟には高齢者が多く、半分呆けた方も多いように見受けられたので、その内の誰かが自分の物であると錯覚して勝手に飲んでしまったのであろうと結論付けて、目出度くこの疑惑は落ち着いたのである。

そして、深部静脈血栓症の不意な発症など、いろいろあったが漸く退院が目前に近づいてきたある夜のこと。
消灯後、いつものようにいそいそと病棟1階の喫煙所にお出かけしようと病室を出たその時であった。上の階から凄い勢いで駆け下りてくる足音が聞こえたかと思うと、電光石火の早業で、冷蔵庫を開け手近な飲物を探る男が私の目の前に現れたのである。
私の足音に気付いた男が振り返った。

あいつだった......。そう、入退院を繰り返している「12.糖尿病の男」なのである。

呆然とその場に立ち尽くした私であるが、このことを循環器病棟のナースに通報するか、或いは我が整形外科病棟のナースに通報しようかと考えてもみたが、高々100円程度の窃盗に目くじらを立てたところで婦長連中の対応は期待できないと、こちらも電光石火の早業で計算したのである。
答えは勿論、「見なかったことにしよう」であったのは言うまでもない(苦笑)。

その後、私が1階に降りて行くと、案の定、ヤツが煙草を吸いながら戦利品の飲物を美味そうに飲んでいるところであった。ヤツも私に見られたことに気付いている様子ではあったが、素知らぬ振りで話し掛けてくる。
私も言葉で注意することは止めておいた。
注意したことに逆上して腕力に訴えられたら私に勝ち目はないし、折角の手術が台無しになってもつまらない。如何に品行が悪いとは言え、ヤツも大人である。今後、このような窃盗は繰り返さないだろうと期待半分と言うところか。

結局、その場は適当な世間話ですれ違っただけであるが、この話はこれで終わってはいなかった。
退院してからの最初の外来を終え、まだ入院している喫煙仲間を病棟に見舞いに訪れた際、また同じ問題が持ち上がっていることに苦笑を禁じえなかったのである。
つまり、ある患者仲間が言うには、「自分が買い置きしていた飲物が、ある日、冷蔵庫から消えた。不審に思いながら喫煙所に行けば、ヤツがそれを飲んでいた。」とのことである。それがどうして自分のものと分かったかといえば、この病院内で売られている物には同じ物が無く、家族にわざわざ銘柄を指定して買わせてきた物であるということであった。

飲物の窃盗などとは余りにセコイ。
ただ、この自己管理すらできない慢性糖尿病患者にも多額の税金(医療費の補助)が使われていることを我々は覚えておかなければならない。
医療費の削減、そして国民の負担を増額と政府が謳う裏には、こんなこともあるのである。ここに取り上げた患者が全てではないが、やがて医療費の見直しが細部に分かれ、慢性糖尿病への補助が減額、乃至は状況により受けられなくなった時がもしも到来すれば、一体どうするのだろうか?

それぞれに社会的な背景は存在するのではあろうが、援助に感謝する心を持ち、例え少しでも社会に恩返しするくらいのつもりで生きて欲しいと思ったものである。



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