手術後、順調に身体が回復してくると、止めようと思っていた筈の煙草が恋しくなってし
まった。
病棟の医員室から漏れる煙が我が病室にまで流れ込み、また、同室者が喫煙所から
戻って来る度に残り香を身体に漂わせて、私の嗅覚を刺激して止まないのである。結
局、意志の弱さを自覚するにあたり、「こんなに暇では間が持たないではないか。」と
か「プライバシーのない入院生活にはストレスが溜まりまくって、煙草でも吸わねばや
ってられない。」などと、つまらぬ言い訳に自分を偽り、またぞろ煙草を買ってしまった
のである。
だって、売店に売ってるんだもん(人の所為にするな......)。
我が整形外科病棟には入院前まで喫煙の習慣がある人がちらほらといたのである
が、入院を機に止めてしまうという意志の強い方々も中には居たのである。
簡単に喫煙習慣に戻ってしまった我が身を振り返ることもなく、「何で止めちゃうんだろ
うなー?」と喫煙仲間に乏しく淋しさを感じる私は、お気軽な病棟喫煙仲間として道連
れにしたかっただけという、何とも早や、はた迷惑な患者なのであった(苦笑)。
ただ、驚くことに、喫煙所に煙草を吸いに来る方々の中には、呼吸器系疾患や循環器
系疾患で入院している人が数名いらっしゃったことだ。
痰が絡んで苦しそうに息をしながらも煙草を止めようとしない人、簡易酸素補給機を携
帯しながらも車椅子で喫煙所にやってくる人、そして糖尿病患者達......。
糖尿病を患う人の中には、この病院に入退院を繰り返す男がいた。何でも、この病院
の近所にお住まいだそうなのであるが、見たところ、年齢は30代後半くらいである。甘
い物に目がないと言い、腹はお相撲さんのように突き出ている。
慢性の糖尿なのに、喫煙所では甘い飲み物を手放さず、おまけにヘビースモーカーの
様子であった。
いや、それはかなり不味いんじゃないの......?
甘い物なんて当然カロリーコントロールなどで制限されているであろうし、喫煙は糖尿
病ならば血管に絶対に良くない筈である。血管が痛めば、その抹消部分に血液が送
られないようになり壊疽を引き起こしてしまう。そうなるとカットオフが待っているのに。
聞けば、夜の内に制限外の物を口に入れても、翌朝には血糖値は元に戻っているか
ら問題はないということであった。ナースにはばれていないと胸を張るのだが、絶対に
ばれているとは思う。ナースからは呆れられて、放置されているのだろう。
泣くのは貴方だけなんだ。そんなことは充分にわかっているだろうけれど。
自己管理ができない人間が、慢性の生活習慣病にかかるのだろう。
失明したり、腕や足を切断しなければならなくなったとしても、それは貴方自身の問題
で私には何の関わり合いはないのである。ただ、私の入院中にそんな重症に陥らない
ようにと願うばかりであった。聞きたくもないや、そんなのは。
そう言えば、外来や病棟1階にある喫煙所、そして売店では片腕片足がない人によく
出会ったなぁ。きっとあの人達は重症の糖尿なんだろうなと想像していたものである。
失明したり、手足を失っても構わないほどに嗜好品の誘惑は大きいものなのであろう
か?
私なら、煙草と酒だな。時には、肝臓を労わってやらねば。
まだまだ活躍してもらわないと人生の楽しみがなくなってしまう。
しかし、肝臓や肺なんて、重症になれば末期は悲惨らしいからなぁ。
ああ、煙草だけでも止めてみたい(苦笑)。
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