||||| 「洗濯」 |||||


術後1週間が経過し、歩行が許されると、暇な時間は院内の全てを確認するべくウロウロと徘徊するのであった(笑)。そして、テレビなどほとんど観ない私としては、最大の時間潰しは「洗濯タイム」となる訳である。

何故に、洗濯がそないに貴重なのか?
ふふっ......。これだから、素人は困る(誰に言っておる;笑)。
入院記録にも記述した通り、私の人生の中で、この病院に入院することになって初めて、そう、生まれて初めて全自動洗濯機と乾燥機に触れることができたのである。

「猫ぢぃさん、この喜びを、まず何方に一番先にお伝えしたいですか?」
......そうですね。郷の父や母、それから友人。職場の同僚にも伝えたい......うぅっ(泣)。

インタビュワーも思わず絶句して貰泣きしてしまう程の感動となること請け合いの私の住生活であるが(笑)、それはさて置き、洗濯に纏わる哀しい出来事を書き残したい。

私が生活する旧病棟の洗濯室は、屋上階の踊り場に申し訳程度に設置されている。
そこに全自動洗濯機と乾燥機がそれぞれ4台ずつ備えられているのであるが、総勢200名弱は暮らしているかと思われるこの旧病棟でも、洗濯室で他の患者さんと顔を会わせる機会はほとんどなかった。しかし、どの世界にも世話役というお方はおられるもので、とあーる朝に接近遭遇したおば様達には参ってしまったのである。

「みんなで使うもんやからねぇ。後に使う人の為に綺麗に使いたいもんやねぇ。......(乾燥機の埃を掃除しながら)......まー、ほら見てぇー。こんなにいっぱい埃溜まってるやないのー。」
......わわっ!えっらい時に来てもーた。しかし、目が合ったし、もう戻られへん(涙)。
「だーれも掃除せーへんさかいに、私、使い古しの歯ブラシで綺麗にしてあげてるんえ。そしたら、手汚さんで済むやろ(微笑)。」
うーむ。病棟仲間と思しき帯同するご婦人に、洗濯室での心得をご教示中らしい。

ああっ!......また目がおーた(合った)やんか。しかも、さっきからこっちをちらちら見とるし(あうあう)。

懸命な閲覧者諸兄には既にお察しの通りであると思うが、その声に背中を押されるが如く、私は手近な乾燥機の埃をせっせと掃除し始めたのである。
ああ、何と言うこの気の弱さよ(笑)。
そして、そのどうして入院しているのかと思われる程のその矍鑠としたご婦人達は、大層満足した風情で洗濯室を去って行かれたのであった。

いやー、参りました(笑)。

さて、それから暫く経った快晴の朝。
「無言の圧力に完敗した乾燥機の埃取りお手伝い事件」後は、誰にも見つからぬように、朝食後の早い時間帯にこっそりと洗濯をするようになったのであるが(苦笑)、珍しく、そこには妙齢の女性が居合わせたのであった。

いやー、照れるなぁー。ふたりっきりじゃないですかぁー(どきどき)。
何か話し掛けなくっちゃ息が詰まってしまう♪♪(下心満載)
......と、にっこりと最高の微笑を表しながら近づいていった時。

目が合った瞬間、その女性はさっとその場から逃げるように姿を消したのである。
エレベーターを待つのも憚られるのか、脱兎の如く階段を駆け下りて行ったのだ。

私は、逃さずはっきりと見てしまった。
彼女の美しい顔は、紫をどす黒くしたような色に染まっていたのである。
駆け下りた階段の踊り場で不意にこちらを一瞬だけ見上げた彼女は、私がまだ目で追っているのを察知すると、そのまま駆け下りて行ったのである。

一体、何が彼女を襲ったのであろう。
火傷ではないように見えたが、果たして内臓系の疾患なのであろうか?
しかし、運命などと言うには余りに過酷ではないか。

様々な原因が疾患にはあれど、そしてまた症状も様々であろうが。
あの、彼女の哀しい目は、未だ私の脳裏に張り付いて離れないのである......。


 

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