||||| 主と全身麻酔と私 |||||


手術を受けるということに加えて、意識がなくなる全身麻酔についても知識がない分、素人には怖さが募るもの。
実際、ストレッチャーに乗せられ、さぁ病室を出発という時に、「これで皆とお別れかもしれん。ありがとなぁ。生きて帰ってきたら、またよろしゅう頼んまっさ。」と冗談ながらも、そう言い残していく人は多かったのである。

事前に麻酔科医師から充分なインフォームドコンセントを受けたのではあるが、普段は耳にしない合併症を列挙され、それぞれについての症状をご説明いただき、また年齢的にも体力的にも合併症が起こる可能性は非常に小さい(絶対ない......とは、当然仰らない)と言われたところで、意識不明の状態にある術中患者には自分に何が起ころうと知ったものではない(苦笑)。
全身麻酔についての詳しくは、『経験者からのアドバイス』のコーナーでご紹介差し上げる予定である(が、未だ筆が進まない)。

さて、どの病棟にも古株の主(ぬし)がいることであろうが、私の場合は暫く同室であった。 こちらが聞かなくともいろいろと教えてくださるので、有難いやらありがた迷惑やらと、この方が退院するまでは爆笑と冷や汗の連続であったことは間違いなく、また貴重な裏話も聞かせていただけたことには病棟生活を円滑に送る上で非常に助かった。

「ええか?全身麻酔が切れて気が付いたらなぁ、まず手と足をよーく動かすんや。」
 
......えっ?い、いきなり何を言い出すんですか。

「麻酔の切れが悪かったらなぁ、身体に麻痺が残ったりすることがあんねん。」

......うえっ?!

いろいろ見てきたさかいに、わし、よー知っとんねん。

おっさん、ほんまかっ!?(笑)どんだけ知っとるっちゅーねん(爆)。
これって、よくあるパターンやないの。聞きかじりで根拠がなく、或いは知ったかぶりで人をからかうなど。こちとらこれから手術を受けるんよ。お願いだから脅すなー!

「でな......。ええか、よー聞きや。こっからやで大事なんは(にやっ)。」

常套手段というか、セオリー通りに事は展開してきた。溜めを作るなぁ......(苦笑)。

「わしなんかなぁ、3回も全身麻酔しとるさかいに、やっぱしちょっと残っとんねん。」

なんや......。おっさん、自分の話かいな(苦笑)。
要約すれば、この方、今回の手術入院を含めて過去4度の手術を経験した訳であるが、麻酔の切れが悪かったことがあることや度重なる全身麻酔の為に、後遺症として足の機能が一部麻痺してしまっているというものである。
片足に触れた時の感触が薄く、また足の指に力が入りにくいのがそれだと言う。

「麻酔から覚めて気が付いたらな、とにかく腕や手に力入れてなぁ、
 こう、ぎゅっぎゅっと掌を握り締めたり開いたりするんや(身振り手振りつき)。
 それから足も同じようにするんやで。
 曲げたり伸ばしたりとか、手術したばっかりやさかいにそこまではできんけどな。
 医者とか看護婦はビックリしよると思うけど、止めたらあかんでー。」

......へっ?どうしてまた。

「動くなっ!って医者が言いよると思うけどな、自分を守る為やねんで。
 手や足に力入れて動かしたら、麻酔薬が抜けるんがよーなんねん。
 えーか?!ちゃーんとやんねんでっ!後で泣くんは嫌やろ、誰かて.....。」

結局、何の医学的根拠もない話ではあったが、妙に説得力があったので、しっかりと頭の中にインプットされてしまったのである。

そしてついに手術当日。また、主がながーい入院生活から開放される目出度い退院日でもあった。
私はといえば、起床後から同室者達に脅されたりからかわれたりで、出発間際まではしゃぎまわっていたのであるが、当然こんなことは忘れてしまっていたのであった。
しかし、病室前に用意されたストレッチャーに乗り込んで仰臥した私を見送る同室者の輪の中に、にやにやしながら掌を握ったり開いたりして、ブロックサインを私に送るがいたのである。急激に脳裏に鮮やかに蘇る記憶......(笑)。

......で、どうなったかというと。
手術が終了し、耳元で大声で私の名前を呼ぶ声に反応し目覚めた瞬間、麻酔医に返事を返す前に、反射的に手や足に力を入れて、主が言ったように手や足の運動を私は大真面目に執り行っていたのである(苦笑)。
私の足元に立っていた主治医は、
「何で力はいっとんねん!何でやっ!何でなんやっ!?」
と、繰り返しマスク越しに叫んでおられましたが、正直にその訳を周囲の医療関係者に説明するわけにもいかず、主治医の怒気を含んだ声には聞こえない振りをして、私はひとり懸命に手足を動かせていたという訳(爆)。

後日、主が退院後の初外来のついでに病棟に立ち寄ってくださったのであるが、
まずは私の顔を見てひと言、「どや、足とか手、痺れてへんかー?(にやにや)」。
再会を喜びながら、主の退院後の病棟生活を同室者それぞれ口にしては皆で爆笑するのであったが、上記の裏話を披露する私を見てまたまたひと言。
「おまえ、ほんまにやったんかっ?!うはははは〜(巨爆)」

......ふんっ(赤面)。
しかし、全く持って、憎めないおっさんであったのは事実である(笑)。



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