ナガク’奥義学校の授業
  深遠クラス 


   深遠教材「マヤン・ノリッジ vol.1」と、実践教材「宇宙的教育 その壱」の内容を、
   3回の授業に区切って、詳細な解説と補足説明をしながら進行してゆきます。

     深遠クラス1 「環境破壊による病の宇宙的治療法」
     深遠クラス2 「フナブ・ク’からもたらされる知恵と知識の光」
     深遠クラス3 「聖なる植物に対する正しい理解とその利用法」

   マヤの伝統的な叡智に深く参入し、
   本校卒業後のステージである「ヨク’ハー・マヤ宇宙大学」での学びへとつながってゆく
   大切な「要となるクラス」です。

   基本、カレンダー、性教育の3つのクラスを受講し終え、
   いよいよマヤの宇宙的教育の真髄を探求することを決意する方々への授業です。



   開催日:  「日程表」をご確認いただき、ご都合の宜しい日をお選びください。

   基本スケジュール: 13:00集合 〜 16:00終了

   参加費: ¥5,000(再受講は、¥4,500)

   参加条件: 初めの3つのクラス(基本、カレンダー、性教育)を受講し終えていること。
            ならびに、上記2誌の感想文を提出していること。

   担当: ナガク’奥義学校 講師: こざくらみなこ、または、まさゆき


   お申し込み: メールにてお送りください。  maya@nagaku.com
            件名→ 「深遠クラス 参加希望」
            ご記入いただくこと→ 「お名前、ご希望の開催日」

           通信教育でのお申し込みも、同様にメールで受付いたします。




参加者 ご感想

* 最新のご感想には、「!!! NEW !!!」がついています。

「!!! NEW !!!」

このクラスに参加するにあたり、自分でももう一度、教材「マヤン・ノリッジ」を読むつもりでいました。それに書かれていることは、私にとっては「自分でもわかっている」「私もそう思っている」と思う内容ばかりです。「生きてゆけるのは木のおかげである」ということ。木を敬う気持ちは幼いころからなんとなく自分の中にあって、それは感覚で知っているというものでした。「存在する全てのものにスピリットがあり、はじめにスピリットが到達する」ということも、それが理解できる体験が自分にはあって、そのことは良く知っていると、思えました。ですが、今回、もう少し注意深く教材と向き合ったことで、感想文を書いたときには気づかなかったことに気づけたこともありました。

準備万端!と、このクラスを受講すると、もう最初から最後まで驚きっぱなしでした。文章となって、目に見えて表現されている、行間や文字の間にというか、奥にというか、たくさんの目に見えないものが隠れていて、説明を受けるごとにその見えない部分が明確に浮かび上がってきて、暗号文が解読されるくらいの理解の深まりがありました。「わかっている」「知っている」というそれは、感覚でわかっている、知っていることである。私は、それでいいと思っていました。「知っている」という感覚があるのだから、魂が知っているのだから、記憶は思い出すことができるということだ、だからそれでいい。ところがそこにも、まだ先があったとは!「深遠クラスは感覚だけでなく、ハートで理論を分析して読み解いてゆく」と言われたときは、「ハートの理論、ハートの理性ってなに?」と全くわかりませんでしたが、終わってみると、ハートの理論で分析し読み解くことができると、同じ文章がこれだけ奥深いものになるということか・・・。

座学の前に行った原生林で、木とブラザーになるワークでは、「あなたにはまだ足らない」と教えられた気がしました。とはいえ、「何が足らないのか?」とそのとき意味がわからなかったのですが、確かに今の私はまったく活用していないハートの理性、ハートで理論を分析するということを、すぐさま体験することとなりました。

3Dで物体が存在するこの地球で、私は長い間、二次元で生きていたような気がします。「鷹の目のような目線で、宙からあなたと私を見ること(聖なる二元性を宇宙的視野でみること)」や、「感覚、感性はハート。理論は頭ではなく、ハートも理論的に使えるということ」。そのことに気づけた今からようやく、この地球でしっかりと生きて行ける気がしました。


「!!! NEW !!!」

クラスを受講して、私はまだまだ現代文明を客観的に捉えることができていないと感じています。超古代の宇宙的教育は、目からウロコが飛び出たり、頭に稲妻が落ちたりするような大きな衝撃的気付きでもあるのですが、そのことは、私の深いところでとてもよく理解ができます。ですが、自分が意識せず身につけてきてしまった現代文明による思考と行動パターンは、本当に注意深く意識しないと、この癖に気付き自分を変容させてゆくことは容易ではありません。

深遠教材「マヤン・ノリッジ vol.1」も、超古代文明について書かれてある部分は、その様子が目に浮かぶようにイメージできるものの、では一方で、現代文明ではその部分がどのように変わってしまっているのか・・・ということは自分ではまだなかなか気づけません。私が超古代の宇宙的教育に惹かれたのは、そういう生き方をしたいからであるのだから、超古代のことだけを学んでいたいという思いが、今までは心のどこかにあったような気がします。

クラスを受講し、一つ一つ丁寧に解説していただくことで、自分が置かれている環境や、自分の中でもう既に当たり前になってしまっている現代文明的パターンに気づくことができるのは、本当に救いだと、感じるようになりました。自然と共生する、自分らしく生きる、自分を大切にする、愛、信頼、尊重・・・。これらは、この超古代の宇宙的教育に出会う前から、「これからの世界に大切なことだ」と感じ、自分でも提唱していたことです。ですが、自分が思っていたそれと、超古代の宇宙的教育が示すそれとは違っていたと感じます。

同じ言葉、同じような表現であっても、何を基準にしているかによって、意味するところが全く違うものになってしまう。こうして超古代の宇宙的教育に触れれば触れるほど、超古代マヤでは、シンプルに洗練された美しい生き方が、一つ、二つと混ざり合い、とても豊かな人生を奏でていたのだろうということがわかる一方で、再び人類がこの美しい人生を取り戻すには、まず現状を理解することが必要不可欠であり、やはり私ができるのは、自分の現状にしっかりと気付くことからなんだなあと、進めば進むほどチャンキ’ン予備校の教材に戻って、読み返すことが多くなっています。今のほうが、良く理解できることも多くなっていると感じられます。この深遠クラスの教材も、また少ししたら良く理解できることが多くなっていると感じられるよう、学び続けたいと思います。



新緑の眩しい豊かな自然の中で、授業を受けられたことに感謝します。たくさんの存在がサポートしてくださいました。モヤモヤしたエネルギー体が、皮膚から、そして呼気から、私に溶けて私自身に組み込まれていく感覚がありました。全てがもうそこにあり、私たちが意図したものがやってきているんだということが体感できました。私たちの意識が全てを引き寄せることを実感しました。常に、7代先を想い、正しい意識状態でいることは大変に重要です。

今回印象的だったのは、植物のスピリットについてです。私達の「食」には果たして尊重があったか?を改めて考えました。ちょうど、麻についての活動しておられる方々とご縁がある時期でした。私は麻に、ある種アレルギー反応のようなものがあってあまり好きではないのですが、その理由が分かりました。全ては、人間の持つエネルギーがそうさせているのであって、本来は、全てがただあるだけ。扱う私達によってポジティブなエネルギーになるのか、ネガティヴになるのかが決まってくるのです。「私達人間の精神性に全てがかかっているんだ!こんなにも美しい世界を、どれだけ無駄にしてしまっているだろう!どれだけ植物も動物も全ての存在が悲しんでいるだろうか!創造主の悲しみははかりしれない」そんな思いがこみ上げてきました。

「この世界は美しいんだ!」ということを体現していきましょう。全てが揃っているこの世界を、喜びましょう。エゴを認め、収めて、そして真実を生きられる社会システムを思い出さなければなりません。私が受けた授業の波動を、風が世界中へと運ぶでしょう。木々がささやき合うでしょう。美しい調和の世界へ歩み出します。みんなの意識がテペウとグクマツの神殿に還る日を描きながら。

授業を受けてから、個人で行っている太陽瞑想も変化がありました。マントラを唱えるごとに、父なる太陽の向こう側にあるプレアデスの星々も意識できるようになり、より拡がりを感じられるようになりました。そして、父なる太陽の光が、母なる大地のあたたかさが、圧倒的な愛で包み込んでくれているのを感じられるようになりました。思わず涙になるほどの、圧倒的な愛の空間!草花が耳を傾け、私のマントラを聞いています。木々は、私のマントラと共に踊ったり、囁いたり、戯けてみせます。川は父なる太陽の光をキラキラ反射させながら、私のマントラをのせて、しなやかに流れていきます。風は私の涙を拭うように優しく包み込んでくれます。なんて美しいんだろう!私達が目の前のことに必死な時にも、そしてこうして喜び溢れるときも、創造主が創られた美しい世界は常に開かれているのです。集合意識がそれに1日でも1分でも早く気がつけるように、マヤのみなさんと共に私も努力していきます。