【2005年
6月 フンバツ・メンから世界へのメッセージ】
マヤのピラミッド神殿の建設
私達がご支援いただく寄付金は高さ8メートルのピラミッド神殿を建てるために使われます。このピラミッドはエジプトのクフ王のピラミッドとメキシコのチチェン・イッツァにあるククルカン・ピラミッドの縮小比で建てられます。これらのピラミッドが持つ幾何学形の比率は同じものとなります。
私達がメキシコ・ユカタン州のマヤの聖地「ロルベ」に建てるピラミッドが、クフ王のピラミッドとククルカン・ピラミッドの縮小比となるのは、その二つのピラミッドがそうであるように、そうすることで天空からのエネルギーがピラミッド内部のいたる所に流れ込むからです。
ピラミッド神殿「ロルベ」が持つクフ王のピラミッドやククルカン・ピラミッドを超えるアドバンテージの一つが、水晶ドクロ(クリスタル・スカル)の家となるという点です。世界中のいかなる水晶ドクロ(クリスタル・スカル)であっても、このピラミッド神殿に歓迎されます。なぜなら、聖なる水晶ドクロ(クリスタル・スカル)は人類の助けとなるために、完全なるイニシエーション・ワークを行なわなければならないということを私達は知っているからです。
以前私達が皆さんに送ったメッセージの中で、 「マヤの長老と神官の評議会(メキシコ)」が二つの聖なる水晶ドクロ(クリスタル・スカル)の寄付を受けたということは既にお知らせいたしました。この二つのスカルが聖地「ロルベ」において私達の母なる地球と聖なる人類の助けとなる イニシエーション・ワークを始める最初の水晶ドクロ(クリスタル・スカル)となるでしょう。

マヤの長老と神官は聖地「ロルベ」に建てられるピラミッド神殿にて儀式を執り行う役目を担います。これによって、マヤ人、水晶ドクロ(クリスタル・スカル)、そしてピラミッドが、母なる地球と聖なる人間を次元上昇させる儀式手段を捜すでしょう。
$200USドル以上の寄付金を募ります。あなたの前金での資金協力に、心から感謝申し上げます。
フンバツ・メン(マヤの長老と神官の評議会員)
【2005年
6月 フンバツ・メンからNAGA K’U(ナガク’)奥義学校へのメール】
NAGA K’U(ナガク’)奥義学校 小櫻正幸、聖奈子 様
太陽の兄弟 正幸、太陽の姉妹 聖奈子
へ
このメールを受け取る時、偉大な父なる太陽があなたと共にありますように。
「マヤの長老と神官の評議会(メキシコ)」が、メキシコ・ユカタン州の聖地「ロルベ」にマヤのピラミッド神殿を建てることに決定を下したということを、私は評議会の一員としてお伝えしたいと思います。この神殿は寄付で受け取った二つの聖なる水晶ドクロ(クリスタル・スカル)の家となるでしょう。

「マヤの評議会」そして「宇宙的奥義学校」の一員として、私は世界の全ての水晶ドクロ(クリスタル・スカル)の聖なる家ともなるであろうこのピラミッド神殿の建設を可能にさせる、あなた方の資金援助を宜しくお願いしたいと思います。聖地「ロルベ」は全人類にとっての儀式センターとみなされるでしょう。
スピリチュアル回帰のこのマヤの予言を現実とさせる、あなた方の資金援助と寄付に心から感謝させていただきます。
グレート・スピリットがいつもあなたと共にありますように。
フンバツ・メン(マヤ・イッツァ族)
【2005年 11月 現地視察】
【2007年 8月 現地視察】
約10ヶ月ぶり。真夏に再びロルべを訪問することができた。ロルベの敷地内で車を降りると、目に飛び込んできたのはあの建物だ。前回ロバートが屋根瓦を修復していた建物が見事に完成していた。完璧に扉も取り付けられ、網戸やハンモックまで心地よくそこに馴染んでいる。それは暑さをしのぐ建物としても、宿泊所としても、食卓としても、会議場としても機能していた。あの小さかった黒い子犬のボシュが成人の大きさだ。側には小さな二世の黒い子犬がいる。時の感覚がつかめない。ここは常に大きな成長を遂げている。光の輝きはいっそうエネルギッシュで、そこここにグレート・スピリットの恩寵を見る。緑は生き生きと豊かで騒がしく、めずらしい日本の子供たちの来訪を噂しているようだ。
フンバツ・メンはいつも行なう、フルーツの木の説明を省いた。何か思いがあって、私達を真っ直ぐに円形の儀式センターへ導いてゆく。突然、木々の間から目にしたものに驚愕した。本当にこれまで見たこともないような驚くべき赤い扉が存在していたからだった。門に真っ直ぐに敷かれた白い小石の道。真夏の青い空と、瑞々しい緑によく映えた赤い色の扉。白い階段。「春分と秋分に太陽の光が差し込む門です」赤朱色に塗られ、左右に9段ずつ段差が形作られた扉は、なるほどよくみるとククルカン・ピラミッドの縮小版だ。聖なる儀式センターの入り口に相応しい美しい扉。気がついたら驚きのあまり口が開いたままだった。フンバツ・メンも私達の感激ように、大層満足した様子。聖なる白い小道は、真っ直ぐ朱色の扉に向かい、その先にある儀式センターへ導いている。

フルーツと農作物のエリアから西に向かいつつ、朱色の扉を前にフンバツ・メンは説明してくださった。「この扉は太陽を見るためのものです。向こうに行けば、なぜこういうものを作ったかということがご理解頂けるでしょう。この建物の入口に白い道サクベを作りました。こちらから7段の階段を登り、あちら側の6段の階段を下がります。7と6で13はマヤを理解するための聖なる数字です。向こうからは太陽を見ることができますし、こちらには多くの種類のフルーツを見ることができます。今どれくらいのフルーツが植えられているのか後で説明します。将来的にはここで儀式を行います。生命を与えてくれる父なる太陽に祈る儀式ワークです。生命の象徴としてフルーツが第一にあります。エネルギーはこのように来て、フルーツの木にその存在が現れます。肉体が必要とする太陽のエネルギーが集約されたフルーツを食べるのが大切なのです。ここはフルーツだけのエリアです。バナナ、ココナツ、マンゴ、メロンなど多くのものがあります。この季節はスイカがまたなり始めました。儀式が終わった後にここでとれたフルーツを食べることができます。あなたの肉体のための食べ物であり、スピリットのための食べ物でもあります。これがマヤの文化なのです」
ひとしきり説明が終わると、ドン・エンリケがコパル用に既に赤くなった墨を準備していた。一人一人素朴な楽器を手にするように促された。フンバツ・メンの合図に、音をならしながら一列で白い道サクベを歩いて儀式センターへ向かう。コパルの煙に導かれながら私達は厳粛な気持ちで赤い扉へ一歩ずつ歩いていった。扉の前で聖なる儀式センターを臨み整列した。一人ずつコパルの煙で浄化してゆく。グレート・スピリットに向けて調和を基準に楽器を鳴らし続けた。子供たちも日本で要領を得ているので夢中になって鳴らしていた。
しばらく音を鳴らした後に説明がなされた。「聖なる十字のシンボルを見にこの場所から入っていきます。円形はスピリットを象徴します。ですから私達はスピリットの中に入っていきます。この道はスピリットの中へ私達を連れて行ってくれます。今日の社会はスピリットが大切なのに、スピリットの分野をないがしろにする社会、そして教育です。皆さんこちらを見てください。」階段を登ると、左に直径20センチ程の円形の穴、右に同じくらいの大きさの正方形の穴が開いている。西に向かって門の前に立ち、両手を真っ直ぐ伸ばして、両脇を少し持ち上げることによって、この穴が手のひらの真下に位置する。フンバツ・メンは実演してくれた。「この円形の穴のシンボルはスピリットを象徴するもの。この四角が肉体を象徴します。聖地に入る前にはこのようなポーズをとります。全てのネガティブな病、肉体的な問題は、この四角に出してしまいます。逆に左手では、スピリットの問題、心、精神面の問題がある場合は円形に出してしまいます。両手をこのようにひろげることによって、すべての問題を出してしまいます。ここでまず出すことによって、健康な身体、健康な精神面を儀式センターで受け取ることができるのです。そのためにこのピラミッドの扉を作りました。一列になって入っていきましょう。」

マヤ先住民の長老フンバツ・メンは、聖なる儀式センターに入る前の最初のイニシエーションとして○と◇の穴を準備した。手のひらを穴に向け静かに内省する。左手下の円形の穴は、精神的な痛みを捨て去る。右手下の四角い穴には、肉体的な痛みを捨て去る。そこで一旦気持ちを落ち着けてから赤い扉をくぐることになるのだ。また、赤い扉の真下には、隠れた祭壇が設けられており、痛みを捨て去った私達は、祭壇の上を歩いて浄化されて赤い扉をくぐり聖地へ向かうことになる。また穴に捨て去られた痛みは、祭壇によって浄化されるのだった。素晴らしい仕掛けだ。手のひらは、スピリットとのコミュ二ケーションをする場所だと言う。古代マヤの神秘の1つとしてある仕掛けがあったのだった。
あろうことか、マヤへのフライトの前日、マサユキは小型スクーターで転倒し、肩が挙がらないという事態を抱えていた。身体の動きがあきらかにおかしいマサユキに、一言も安否を気遣うそぶりを見せないシャーマン、ドン・フンバツ・メンだが。前もって完璧なヒーリングの聖地を準備して待っていたのだった。このような場所は見たこともなければ、聞いたこともなく、それでも明らかに今、必要だからこそここにあるのだということがよく理解できたのだった。子供たちも、いつもと様子が違うマサユキを心配していたが、もうこれで大丈夫。そう太鼓判を押されたのだった。
続けて、コパルの煙りを携え音を鳴らしながら、一同はフンバツ・メンに続いて聖なる円へ向かって歩いた。さらに一段と大きくなったフロルデマヨの花の木が目に入る。またしても感情が込み上げ懐かしい気持ちが湧き出てきた。私達は今世、この地に数回訪れているのみの存在だ。しかしこうして聖なる気持ちで、フンバツ・メンの後を歩いていると情動が溢れ出る。懐かしさ、喜び、共有感、一体感の気持ちだ。年ごとに白髪が増えるフンバツ・メンの背中からかもし出す哀愁なのか、真摯な思いへの尊敬の気持ちなのか、また会えたという再会の喜びなのか、聖地との交流も行なわれ意識的に言葉にはできない思いに目頭が熱くなるのだ。
フンバツ・メンは言う。「私達は決して新しい存在ではない」と。円の東にしっかり立ち、高らかに笛を鳴らすフンバツ・メン。聖地へ入る許可を得るためにグレート・スピリットへの挨拶は、甲高くリズム良く、イーグルの骨笛を通して語られる。あぁ美しい。ロルベは完璧な調和がある。木々が、緑が、映えそろった芝が、赤い扉、青い空、白い雲が迎えてくれている。フンバツ・メンに促され、東を向いて一列になった私達。父なる太陽を称え、静かに太陽瞑想を行なった。目の前には巨大な十字形のシンボルが形づくられていた。「秋分、春分に扉の真ん中から日の出が望めます。将来的には、儀式的な知識を学びに、また儀式をしに多くの人が集まることでしょう。この十字の前に立つことによって全てを見ることができます。儀式的な知識、そして儀式的な知恵を学びに。これから儀式はとても大切なものとなるからです。
これは誰かに対する見世物ではありません。父なる太陽という創造主を待つためのものです。誰かが参加したければ、見るためにではなく、あなたの後ろについてくるようにする、そのような理由でそこにいたいと望むのか、来るか来ないかを人々に話す必要があります。なぜなら、ワークをしない人がいるならば、スピリットのためのワークを誰もがすることができなくなるからです。」力強く言った。
「将来的に、中心から太陽が1年に2度3月と9月に見ることができます。これがそのマークです。」十字形の端と端を結ぶ線に、子供たちを立って手伝ってもらい太陽の道を指し示した。ここは、どこまでも自然の学びを体感する聖なる場所なのだった。「太陽を学ぶのにこうすることができます。子供たちが立っているラインは、夏至や冬至の太陽の軌道を表しています。マヤの十字がそれを表現しています。十字形は、クリスチャンがこの場所にもたらしたと思われていますが、十字形は、古代からマヤに存在しました。現在は太陽の光が強い時間ですので、子供たちにはよくありません。通常はここでの儀式時間は、朝の6時か午後の6時に行なうのが相応しいのです。」そういって、再び音楽を鳴らしながら円の儀式センターを後にした。

「多くの人に、音楽を鳴らしたり円になっていますと、モダンマヤだと言われることがあります。しかしながら、私にとって一番重要なのは、私達の宇宙的な文化を再びをもたらすことなのです。なぜなら、今日のような文化や文明には、それらが人類にとって再び保護される必要があるからです。この時代の一番大きな問題は、マヤがチチェン・イッツァやウシュマルのような多くの聖地、儀式センターにおいて、儀式を導くことができないということです。そこで再びこのような、私達の聖地に儀式センターを建築することにしました。そして今行なったような深い儀式、歌ったり、音楽を鳴らしたり、何か祈りを述べたりすることは、チチェン・イッツァやウシュマルではすることができません。スペイン人がこの島に来たときから、もうここでは儀式をすることは許さないと言いました。彼らはマヤの心やスピリットを殺してしまったのです。しかし、おそらく私はモダンマヤと呼ばれていますが、ここにこのような建築物を建てました。このようなことは、私、フンバツ・メンだけが行なっていることです。」フンバツ・メンが建築物を建立するにあたっての違和感が表現されていた。建築物を手伝ってくれた村のマヤの人々は、おそらくフンバツ・メンのすることを理解するものはいないだろう。村は当然のごとくクリスチャンメンタリティが浸透しているゆえに、彼が行なうことは理解できないはずだ。時には影口もあるかもしれない。しかしながらロルベは、こうして人類のための宇宙的教育の場として動き出した。それがマヤン・コミュニティ「ロルベ」であり、将来的に多くの人が集まることが予測される聖地として第一歩を踏み出したのだった。「さぁ、あちらへ行ってロルベで採れたフルーツを食べましょう。」

【2007年
11月 現地視察】
あれから3ヶ月。またしてもロルベを訪れる幸運に恵まれた。真夏のマヤに比べると、そこそこ過ごしやすい気候だ。そろそろ乾季に向けて赤い土も乾き始めている。比較的に過ごしやすいとは言っても日中の最中に、ドン・エンリケが新しい建造物を忙しく設置していた。しかも素手でゴツゴツした石灰石を均している。フンバツ・メンはドン・エンリケに向かって挨拶をすると、私達に向かって彼が何を作っているのか説明してくれた。あの赤い扉の上から東のこちらを見ると、Tのシンボルの文字、上の横棒に当たる台座を作ってくれているという。マヤの血が彼の仕事を完璧にするのだろう。有名な遺跡チチェン・イッツァのプラットホームのごとく、台座ができあがりつつあるのだ。それぞれ複雑な形の石を組み重ねながら平らにしている。地上から真っ直ぐ積まれた、四角い台座を形づくっている。フンバツ・メンは、この台座に座って、西を見れば、父なる太陽の沈む光が扉の向こう側を照らし出すといってイメージしながら目を細めていた。このTのシンボルは、農作物、フルーツのエリアと儀式センターを結ぶ神聖なシンボルだと教えてくれたのだった。


ひとしきり巨大に成長したフルーツを眺め歩いた。バナナやパパイヤの木、その他の実がなったフルーツの木々を観察する。色づいた小さな花を手にとってはその成長を祝い観察した。フルーツや植物に目をかけて回るのは、子供の成長に意識を向けるのによく似ている。意識を向ければ向けただけ彼らも答えようとしてくれるのだろう。ここの植物はいつも元気で成長が早い。
それにしてもドン・エンリケの指は、まるで大地をどこまでも分け入る木の根のようだ。器具を使わず素手で全ての作業を難なくこなす。石を掘り起こし、根を掘り起こし、土をかき、石を積む。絶句。「凄い」の一言につきる。一同しばし、ドン・エンリケの爆発的な手作業に吸い込まれるように眺めていた。
やがて赤い扉へ向かって動き出したフンバツ・メンに私達も続いた。見ると、朱色の扉の前に石のオブジェが左右に新しく設置されていた。Tと逆Tのシンボルだ。何でもロルベの敷地内で見つかった石のオブジェだという。やはりここは、古代に神聖な聖地として使用されていたことがはっきりと伺えた。そうでなければこのようなものが転がっている訳がないのだ。そういったシンボルをさりげなく、しかも重要な場所に設置しているのがロルベであり、フンバツ・メンだ。大変美しいシンボルだと感じた。それにしてもこの扉は、不思議な空間を作っている。あたかも天空へ向かうような気持ちになるのだ。常に扉からは青い空、白い雲が見えるからだ。イニシエーションは、宇宙へ向けて行われるという象徴だろう。
一同、朱色の扉の上で手のひらを下に向け、○と◇のイニシエーションを受けた後、儀式センターへ入っていった。さらに背を伸ばした東のフロルデマヨの木が真紅の花をつけていた。3年程で、私達の背丈を軽く越えてしまった。葉は巨大で、顔の大きさほどもある。ブーゲンビリアも一段と背が伸びた。どこまで伸びるのだろう。そのうち花を仰ぎ見るだろう。それにしても、サークルの中央から扉を見るこの景色は美しいに尽きる。サークルから赤い扉を見ると、十字形とのコンビネーションで、私達の無意識に働きかける、どこか異次元に向かう扉にみえる。しばし日差しに照りつけられながらも見とれていた。
しばらくしてから聖地にお礼を述べてサークル、そして赤い扉を後にした。考えもせず振り返って赤い扉の写真を続けざまに撮ると、閃光が走った。フラッシュではない。不思議だ。一瞬多次元を垣間見たようだった。ロルベのグレート・スピリットから「またおいで」という挨拶かもしれない。嬉しくなってしまった。
相変わらずドン・エンリケは、手作業に精を出していた。台座はほぼ完成だ。それにしてもマヤの暑い日中、素手でここを整地し続け、このような天国として蘇らせているのだから本当に頭が下がる。真っ黒に日焼けしたドン・エンリケは、大きな声で常に愉快そうな口調で語っている。ロルベの道は、掘り起こした石灰石の白い粉が敷かれ、白く美しい道サクベとして化粧されてゆくのだった。

マジカルな聖地マヤン・コミュニティ「ロルベ」をひととおり案内されて建物にやってきた。今日は儀式はないのか、少々残念な気持ちがしていたものだった。しかしそれもつかの間、フンバツ・メンは、簡易な椅子を建物の中から運んできてテラスに円形に並べ始めた。一同が腰掛けると、「マヤ・カレンダーについて話しをしよう」そう言ってくださったのだ。嬉しくて思わずにやけてしまった。天国のような気と雰囲気に囲まれたロルベのテラスは、暑い日差しを遮る木立が丁度良い加減で光を差し込ませていた。風は吹くか吹かずかしてちょうど心地良く当たりの空気を巡らせている。本当に天国とはこういう場所をいうだろう。私達は、フンバツ・メンが何時間もの間話してくださった内容に夢中になっていたのだった。
ロルベには、濃密な生命の輝きが存在する。古代から受け継がれてきた、スピリットとボディのバランスを整えるための知恵を伺うには、もってこいの教育の場だ。風、鳥の歌、木立のささやき、いたるところに生命の歓びが溢れている。話す方も、聞く方も、あらゆる生命の躍動感に同調しているために、まったくの疲れ知らず。エネルギーが無限に交流しあい、時の経つのも忘れてしまう。本来、教育の場とは、こうある場所でなされたものなのだろう。そうであれば、個人的な教育ではない、人間本来が必要とする、人間が自らのセンターを失わずにいられるような、宇宙的な教育が伝えられたのだと感じた。ロルベには、間違いなく生命の調和がある。個々の生命が一体感を持っている。私達を優しく見守る母なる大地、父なる太陽、姉妹なる月、兄弟姉妹の星、スピリットの挨拶を交わす木、風、虫、彼らの息遣いを間近に感じる。彼らは、静かに私達を観察しているようだ。将来、この人間がどのような道を歩んでいくのかを見守っているのだ。また、再び調和の時代が来ているのだと、期待されているようでもある。私達一人一人が心して、どう生きるべきか、どうあるべきかを深く考えさせられる体験。それがロルベでの教育なのだろう。ロルベのグレート・スピリットが、経験させ、教えてくれるものだと感じていた。教育の場として、実践の場として確実に動き出したロルベ。私達をいつも感激させ心底驚かせてくれる聖なる儀式センターだ。次回は、春分の儀式にここを訪れる予定。今から大変楽しみな訪問となるだろう。フンバツ・メンも200人のキャパシティを誇っていると目を細めていた。わぁお。


|