(C) Copyright NAGA K'U 3C
1998-2012
All rights reserved.

無断転用禁ず







マヤの神フナブ・ク’の領域からもたらされた偉大なる叡知を尊重し、また、それをこの時代まで守り伝えてきてくれた数多くの祖先に敬意を払い、この場にて、古代より伝承されるマヤ先住民の伝統の教えの本質を、ご質問への回答のために分かち合わせていただきます。

その許可を、どうぞお与えくださいませ。 イン・ラケ’ッチ!(私はあなた、あなたは私)




NAGA K’U(ナガク’)奥義学校は、どういう目的で設立されたのですか?


設立の目的は、「古代の人々が大切にしていた『物質面と精神面のバランスを重んじる知恵』を分かち合い、学び合う場を提供すること」です。

1995年に初めてマヤを訪れ、先住民の長老フンバツ・メンに出会いました。彼が口伝で教えてくれるマヤの文化や伝統儀式はどれも不思議と「懐かしい」と思い出すような記憶があり、心の奥で待ち望んでいた「本当に知りたかったこと」が、そこにありました。

長老は言いました。「マヤにはいくつかの予言があり、その内の一つに、『古代マヤの叡智が、再び光の時代に開かれる』というものがあります。私はこの予言に従い、古代の知恵を分かち合う学校を世界中に創るように薦めます。あなたの国、日本においても、あなたがその学校を創ることができます」。

どんな学校なのか?何をしたら良いのか?全く見当もつきませんでしたが、「古代の叡智を分かち合うための学校」として1996年に当校を開校し、夫婦二人で試行錯誤を繰り返しながら築きあげてきました。今、私達がテレビや本などで知り得るマヤに関する情報とは全く異なる「マヤ先住民の伝承の教え」は、人々の人生を一瞬で変化させる力があり、魂を根底から揺さぶる魅力があると強く感じています。




NAGA K’U(ナガク’)奥義学校の名称の意味は何ですか?


当校の名称は、長老フンバツ・メンに命名してもらいました。ナガはマヤ語で「蛇」を意味します。古代東洋文明で言うところのナーガと同じで、意味も同じ「蛇」です。「東洋とマヤで共通の古代語としてあるナガをつけることには深い意味がある」と、長老が考えてくれました。

古代より蛇は、知恵や知識の象徴としてもあります。そして、ク’は「神」を意味します。「ナガ・ク’」は、東洋とマヤを結ぶ架け橋の象徴として、名づけられました。


当校についての詳細は、こちら!でもご覧になれます。




マヤ及びインカ、アステカと言うと「太陽信仰」を思い出すのですが、それを信仰されている組織ですか?


マヤ、インカ、アステカと同様に、日本、エジプト、インドなど、世界中の古代文明の多くが太陽信仰でした。その名残りを口伝に残す文化の教えなので、確かに太陽を称えています。「父なる太陽、母なる大地、姉妹なる月・・・」という具合に、太陽信仰でありつつ、あらゆる自然や宇宙全体を崇拝する文化です。(特定の人物や偶像を崇拝するものではありません)

「太陽を信仰する組織」と言うと、堅苦しく、また儀式ばった新興宗教のようにも感じられます。しかし、私達はそのようには考えておりません。理屈抜きでも、「太陽が父で、大地が母」という基本的な教えは、自然の法則に則った誰もが真に納得できるものだと思います。「お天道様」と太陽に手を合わせ感謝するご老人や、ご来光を目指して歩む登山家と同様に、太陽に対する素直で真摯な感謝の気持ちが基本になります。

また、組織と言っても、「父なる太陽や母なる大地に意識を向けよう!」という呼びかけに賛同してくれた方々と共に学び合う学校ですから、依存的なメンバーを抱え込み、お金を搾取するといった、よくありがちな組織体系とは全く異なります。「その日の学びや祈りのために集まり、終わればまた自由に各自の場に戻ってゆく」。これが私達が常に意識している基本姿勢です。共感して下さる方々が学びの場に自然と集まりますが、当校は私達夫婦二人の個人的な想いによる活動ですので、今後も組織化するつもりもありません。また、組織化するデメリットも、充分に理解しているつもりです。




ご夫妻は、テレビを通じてマヤの教えを広める気はないんですか?また、本は出さないんですか?


単刀直入に申し上げて、テレビや雑誌の取材には応じていませんし、出版社を通した本も出す気もありません。なぜならそれらの全てが、真実をそのままに、真っすぐには伝えてくれないからです。

各社の立場として、ビジネスを成り立たせるには、視聴率や販売部数を上げる必要があります。そのためには、少しでも一般受けするように、時には怖がらせたり、操作して、結果を出さなければなりません。つまり、こちらの意に反する制作会社や出版社の修正や校正を避けては通れません。

私達の使命は、「マヤ先住民の叡智を決して歪めることなく、純粋な形で伝え遺すこと」ですので、例え大きな収益が得られようとも、テレビや一般の本を使って不本意な情報をお伝えすることはできません。洗練されていない素人の手作り感覚であっても、このようにホームページや自主制作の教材を通じて、充分に使命を遂行することができますので、今はいかなる取材も、また部分的な掲載の許可申請であっても、一切お受けしてはおりません。

もし他の書物で、当校の名前や当校から発信しているマヤの伝統の教えを一部でも目にすることがあれば、それは当校の許可なく引用、転用、掲載したものであると判断することができます。

過去においては、以下の三冊+廃刊の雑誌一冊にのみ携わりましたが、当然のことながら、出版社の修正や校正は避けられないものでした・・・。

 過去に掲載を許可したもの: 夏目祭子氏の著書一冊
 過去に取材に協力したもの: 二冊の雑誌の一部分(夏目祭子氏著)


教材(書籍、DVD、暦)の一覧は、こちら!でご覧になれます。




ご夫妻はよく現地に行かれるようですが、行かれた感想と現地での活動を教えていただけますか?
 

まず二人の共通の感想は、「自らの魂が里帰りするような安心感」です。初めて訪れた時から、無条件に受け入れられる言わば楽園のように感じており、いつも変わらず自由で、清らかで、豊かで、とても解放された気持ちになります。
 
現地での主な活動は、マヤン・コミュニティ「ロルベ」やピラミッド神殿のある聖地を訪れ、長老フンバツ・メンのお話を聞いたり、長老がリードしてくださる潜在意識を整える儀式ワークを共に体験することが最大の楽しみであり、喜びです。人の表面意識はたったの4%でしかないという科学的な認識があるように、96%は潜在意識です。「幸せになりたい」と表面意識で思っていても、なかなかうまくいかない時は、潜在意識を整える必要があります。その潜在意識を整えるのに最適なのが、古代より伝わるシンプルで深い儀式ワークであると思っています。

儀式は、太陽や大地とのつながりを潜在意識レベルで思い出させますから、自分自身の本質(本来のあり方)にも触れることになります。それを何度も何度も繰り返し体験してゆくことで、どんな時でも簡単に自身のセンターに戻る術を身につけ、人生を楽に、軽く、楽しみながら、そして常に前を見据えて、進んでゆくことができます。


マヤへのシャーマニック儀式ツアーの詳細は、こちら!でご覧になれます。




帰国後はどのような活動をされて、現地で吸収したことを役立てておられますか?


帰国後は、人生を幸せに進ませる古代マヤの叡智を、実際に皆さんに分かち合う活動をしています。「魂やハートを広げて純粋でシンプルな情報を伝える」という口伝による授業(ワークショップやクラス)を通じて、様々なマヤの伝統文化を分かち合っています。

また、現地で吸収した教えの基本としてある「物質面と精神面のバランス」を重視すると、人生がどのように展開されてゆくかを、自らの生活にあてはめて実践しています。さらには、太陽との儀式ワークやマヤの伝統暦の使用を通して、人間本来のあり方を常に忘れずに維持できるよう、日々心がけています。未来や過去に思いを飛ばして不安になってしまうのは、今という時を生きていない表われですので、今という時を幸せや美しさにフォーカスすれば、過去も未来も幸せの連続であるいうことを理解しつつ、今、今に集中して生きるようにしています。


授業(ワークショップやクラス)の一覧は、こちら!でご覧になれます。




マヤの長老のフンバツ・メンさんは、マヤ族の最高神官なのですか?


私達夫婦の永遠の師であるフンバツ・メンをあえて表現するならば、「マヤ先住民の伝統の叡智を知る長老であり、普通のマヤのおじさん」となります。欧米諸国の書物には、「銀河シャーマン」「デイ・キーパー(時の護り人)」「聖人」「マヤ族の高位の神官」・・・など、それはそれは立派な肩書きが並びますが、それらは皆、「彼等が勝手に名付けたものだ」と長老は苦笑します。

それ以前に、古代マヤの社会システムは、ヒエラルキー(階層制)組織ではありませんでしたので、神官にも差別や区別はありませんし、神官であろうと農民であろうと、皆が対等な関係を維持していた社会です。あえて神官を区別するなら、年齢が52歳以上の長老であるか否かだけ。よって、「最高神官」とマヤの神官を位分けして表現したり、組織化させたりする考えは、カソリック教会の教階制などにも見られるような、西洋的な現代思想によるものであると理解しなければなりません。

長老フンバツ・メンには、お付きの人や、従える取り巻きは全くいません。「その必要はない」と、いつも笑って仰います。


マヤ先住民の長老フンバツ・メンについては、こちら!でもご覧になれます。




マヤ文明とはユカタン半島の文明だと思っていますが、その広がりはどの辺りまで確認されているのですか?


ユカタン半島は、国で言うとメキシコ、ベリーズ、グァテマラ、エルサルバドル、ホンデュラスですが、各地に様々なマヤの部族がいます。しかしこれは、考古学的に分類されているだけだと言えましょう。北米にも南米にも、マヤと同様の言語、文様、シンボル、神殿建造物、風習などが確認されていますから、古代は、南北アメリカ大陸を縦横に様々な交流がありました。また、学べば学ぶほど、「あなたはマヤで、私はアステカ」といった分離の思想すらなかったことが分かります。さらに言えば、海を超えての大陸間の交流もあったと伝わっています。

しかしながら、このような先住民の伝統の説は、現代の公的機関に受け入れられてはいません。現代の思想では、様々な部族が、訪問し合い、混じり合い、交流して知恵を分かち合った時代があったとは信じられないようです。西洋化された現代人の尺度では、領地を奪う、侵略する、支配する、殺戮する、分断するというものの考え方しかないために、交流して文化が混じり合うといった考えは、受け入れられないのだと思われます。


詳しくは、「ヨガマヤ宇宙大学 日本分校」の授業でお伝えしています。




フナブ・ク’とは何の神ですか?これは聖書などに出てくる全知全能の神ですか?


フナブ・ク’とは人を神格化したものではなく、「動きと測りを与えた唯一の存在」というのがマヤの神のとらえ方です。活動や作業など、動きを伴うあらゆる全ての時に神もそこにあると考えます。また、人を見てだいたい何歳くらいかを測ること、人の気持ちを推し測ることなども、神に関連すると考えます。

聖書の中の全知全能の神は、時に罰を与えたり、怒ったりする描写があるようですが、このような人間が考えた、または容易に描写できるような存在ではありません。言うなれば、「石もフナブ・ク’、ピラミッドもフナブ・ク’、鳥もフナブ・ク’、私もフナブ・ク’、あなたもフナブ・ク’、皆がフナブ・ク’」というものです。


フナブ・ク’に関しては、入門書「イン・ラケ’ッチ!」でさらに詳しく説明しています。




イン・ラケ’ッチとは何ですか?どんな時に使うのですか?


イン・ラケ’ッチ!は、「私はあなた、あなたは私」という意味のマヤ語です。

古来より、言葉にはパワーがあると考えられていました。現代でも有名な話として、ネガティブなことを発した水の結晶と、「ありがとう」と発したものとでは結晶の美しさが異なるといった科学的実証はご存じかと思います。

「イン・ラケ’ッチ!」と挨拶し合うならば、「あなたは私の鏡(カガミ)です」と言っていることになります。「私が大切なのと同様に、あなたが大切です」、また「あなたが大切なのと同様に、私が大切です」といった意味になります。この言葉を好きな人に対して使うこともできれば、苦手な人を統合するためにも使うこともできます。苦手な人は、自分自身の欠点を表わし見せてくれている人と考えるので、その人とのイン・ラケ’ッチ!のワークで自身を成長させることにつながります。


イン・ラケ’ッチ!に関しては、入門書「イン・ラケ’ッチ!」でさらに詳しく説明しています。




ピラミッドは、天体観測にのみ使用されていたのですか?


ピラミッドは、教育のために使用された大学のような場所として存在していました。ですので、天体観測用のピラミッドもありますし、暦を学ぶためのピラミッド、家や家族のつながりを学ぶためのピラミッド、水を学ぶため、太陽を称えるため、性教育を学ぶため、精神や魂を学ぶため、切り離されていない二元性を、夜を、音を、建築を・・・と、様々な種類(機能)のピラミッドがあります。




天体観測は暦の作成には必要不可欠ですが、暦以外にはどんな物に使われていたのですか?


天体観測は暦や時間の教えに関連しますが、この他にも、例えば人間や動植物の精神的な変化を予測することができ、それを理解することによって様々なことを事前に回避することができました。

サイクルをとても重要視していたので、住む場所の移動を星のサイクルと同調させたり、天体を考慮して新しい建造物の位置を決めたりといったように、常に宇宙からの視点と、大地から宇宙を測る視点を天体観測に基礎づけました。

また、社会を導くリーダーを選出するにも星の位置を考慮に入れました。天体観測に基づいて、未来を予知したり、過去を理解したりして、現在を整えていたのです。




マヤでは、春分の日が(3月21日)大切で神聖な日のようですが何故ですか?また、マヤでは正月(新年)を考えると言う概念はないのでしょうか?


マヤは太陽、大地、自然界とのつながりを大切にした文明です。中でも太陽を父とし、大地を母としています。父なる太陽には、春分、夏至、秋分、冬至といった、一年に4つの側面があります。毎年同じ時期、同じ地球の場所に太陽が戻ってくるポイントの日です。これらの日のどれもが、太陽への祈りの日として、古代より世界中の先住民族から重要視されています。

中でも春分は、北半球に住む人類にとって、南からのエネルギーを取り込む偉大なる日です。大きなエネルギーと共に南から戻ってきた太陽が地球の真中心に位置する春分は、地球上のどの場所に住んでいても、太陽からのエネルギーが南北にバランス良く届けられる日として、盛大に祝う儀式が執り行なわれてきました。冬の間じっと待ち、耐えた植物が、春分の頃から暖かさの恩恵を受けて一斉に成長を始めるように、人間もまた南のエネルギーの恩恵を受ける「始まりの日」として、とても神聖な日ととらえられたのです。

古代マヤにとって時間はサイクルですので、正月が1月1日という感覚はありません。マヤの新年は春分の日であると同時に、毎朝が新年の正月のような気持ちで太陽への感謝の祈りがなされました。1月1日の正月を祝う考えは、現代思想の直線的に走り続ける忙しい時間を、ズバッとリセットする考えからきているのかもしれませんね。




マヤ暦と、グレゴリオ暦のちがいは何ですか?


簡単にその大きな違いを述べるならば、次のようになります。

グレゴリオ暦は、直線的な時間の表現です。2000年前にキリストが生まれた年を始まりとして、どこまで行くのか?どこへ向かっているのか?分からないために、たびたび終末論が現われては最後の審判が下されるという、怖れによるコントロールで社会が困惑しています。

一方、マヤ暦は何種類ものサイクル(円環)として時間をとらえています。一日のサイクル、一年のサイクル、13年のサイクル、52年のサイクル、28日ごとのサイクル・・・。また、一年に春夏秋冬があるように、一つのサイクルにも4つの側面があって、小さなサイクルを理解できれば、大きなサイクルをも理解できるという考えに基づいています。一日という小さなサイクルを理解すれば、大きな視野で物事をとらえつつ、今という時を深く知ることができるのです。




マヤには17種類の暦があるとのことですが、それほど多くあると人間生活に不都合をきたすのではないでしょうか?また、それらはどのように使い分けていたのですか?


16世紀に侵略した西洋によってすっかり解体され、破壊されてしまったマヤ文化ですから、現在は17種類の全ての暦は使われておりません。伝統文化の口伝継承者である長老フンバツ・メンに教えていただいた時間の概念はサイクルとしてあるので、それを深く理解するために、様々な暦があるのだと感じています。

例えば、古代の人々は、暦を二次元的には表わさなかったのですから、体内時計として、体内暦として、自然にサイクルというものを内側に備えていました。太陽の周りを一年に365日回る。13年のうちに、260日と360日の暦のサイクルが一巡する。52年になればその二つの暦の同調が4回終了する。月の28日周期は一年に13ヶ月。金星周期、火星周期、木星周期・・・。天体の動きをサイクルと考慮して、多数の暦を活用していました。

紙などで二次元的に表わすのではなく、三次元的なピラミッドや神殿を通して示し、体得していました。私達現代人は紙の暦に慣れていますが、頭上にきらめく星の動きを建築に表わし、それらと同調していた古代人は、より右脳的に物事をとらえていたのでしょう。

太陽の神官と天文学の神官が、様々な暦を上手に使い分け、あらゆることの重要な日を決めたり、物事のなりゆきを予測、予言していました。つまり、その他の人々にとっては、全ての暦を理解する必要はありませんでした。暦を司る神官達が、専門的に学び、理解して、必要な情報のみを人々に伝えていたので不都合は生じませんでした。




260日と360日のサイクルの違う暦があるようですが、これらの使い分けは?また、なぜ使い分けなくてはならないのですか?


260日周期の暦は、神聖暦として主に精神面やスピリットを重視するために、また、360日周期の暦は、太陽暦として物質面や肉体を重視するために使用していました。人間本来の道を歩むには、精神面と物質面のバランスが重要であると理解されていたからです。

どちらも同様に大切なものですが、現代人は精神面の重要性を、またスピリットのための教育を失っています。その原因の一つに、神聖暦の欠如が挙げられようかと思います。

この二つの暦のバランスこそが、古代マヤ暦の最大の特徴であると言っても良いでしょう。ゆえに、この二つの暦は、決して分けてはならないものです。同じ日からスタートし、日々、同時に時を刻み続けます。最後に、バランスの一部を成す「神聖暦を真に理解するには儀式ワークは欠かせない」ということを、強くお伝え致します。


マヤ・カレンダーに関するその他のQ&Aは、こちら! でご覧になれます。

マヤ・カレンダーに関しては、専門書「マヤ・カレンダー step1」でさらに詳しく説明しています。




平安な社会を作るために少人数より議論を行ない、合意形成に努めているのは分かりますが、争いは無かったのですか?あった場合は如何にして解決したのですか?


一人一人がしっかりと父なる太陽とつながって、人間本来の姿である自分の中心にある時は、互いを尊重し合うことができます。いさかいや争いは、本来の中心をズレてしまっている時に起こるものです。各自が中心にあって、「平安な社会」という共通の目的意識があれば、例え意見が異なった議論になっても、最終的には同じ方向を向いて結束したと言います。

人間本来の生き方とは、自分自身に深い責任を持つ生き方ですし、一人一人が自己の真の使命と運命を理解し、それを遂行するために真剣に生きていた社会です。また、多数の暦を統合して使用していたことも特筆すべき点です。暦はサイクルですから、過去や未来を理解しながら今の社会を整えることの重要性を、大きな視野でとらえることができたので、互いの意見を尊重しながら確信ある決議がなされました。

古代マヤのように、互いを尊重して争いを未然に防ぐ「イン・ラケ’ッチ!な社会の創造(復活)」が、当校の開校以来のヴィジョンでもあります。


マヤの社会システムに関しては、入門書「イン・ラケ’ッチ!」でさらに詳しく説明しています。




「男性は太陽の要素、女性は月の要素」とは何ですか?また、「男性は太陽と、女性は月との関係を深める」とは、どう行ない、その後どうしろと言うことなのですか?


男性は古代から、太陽とのつながりが深いと言われています。例えばバイオリズムという言葉があるように、男性には太陽に同調する23日の周期があります。微細な変化なので分かりにくいかもしれませんが、調子の良し悪しでその周期を知ることもできます。

一方女性は、月の28日周期に同調しています。出産も月経も月のリズムと関連しています。女性の心が変化に対応しやすいのも、月の変化と密接に関係しているからです。

男性は太陽の周期とより深く同調することで、太陽からのメッセージに気づくことができます。例えば、あまりにも疲れていたら、ただ太陽を見るだけで、そこから放たれている活力を簡単に受け取ることができます。女性は月からのメッセージを受け取ることで、大地の声にも敏感になります。また、古代より太陽は農夫に作物の変化を教えてくれるように、女性の子育ては月や大地からのメッセージを自然に受け取ってなされてゆきます。

つまり、人間は本来、自然界との密接な関係を持っており、無意識に影響や刺激を受けています。そのことを意識するようになれば、調子の良し悪しを簡単に理解して、意識的に調整することも可能になってきます。

とにもかくにも、男性は太陽と、そして女性は月とのつながりを深めてゆくことで、様々な気づきや叡智を受け取ってゆくことができます。こればかりは文章による頭での理解ではなく、身体や魂を使っての実践的なワークによって習得していく必要があります。


太陽との実践ワークは、こちら! で体験することができます。

月との実践ワークは、こちら! で体験することができます。




「性教育は、女性から男性に伝える」とは、どう言うことですか?また、なぜマヤの性行動は開放的なんですか?性の指導神官もいたとのことですが、どうしてわざわざ指導しなくてはいけないのですか?指導することのメリットは?


概して、女性は男性以上に感受性が強く、また霊的であるとも言えます。「地球や月からのメッセージを受け取り、それを男性に伝えてゆく役目がある」と、マヤ先住民は教えます。

古代マヤの性教育のような秩序だった教えを現代に取り入れることはまだまだ困難ですが、どのように行なわれていたかを知るだけでも大きな価値があります。現代の性の歪みを調整するためにも、古代マヤが実践していた洗練された性教育を再構築する必要があると思います。

現代人は性を、自分で発見するしかありません。しかし、性に対する適切な指導があれば、性と太陽との関係、性と天体とのつながり、体内の見えないエネルギーの働き、性と自然界とのつながりなどを、若いうちから深く学び、理解することができます。肉体面のみならず、見えないものや精神面も重視しつつ、広い視野で性の本質をとらえることができます。

男女の性的なつながりは、互いのエネルギーを交流させながら高め合い、癒し、また活性化させます。性行為による「与え受け取るコミュ二ケーション」の方法を知ることになります。その結果、肉体的な健康や充実感、積極性、発展性、向上心などが養われてゆきます。

古代マヤ社会のように、受け入れる側の女性が「指導神官」という大いなる役割と目的を理解し、ハートの力を機能させて真剣に学んだ者であれば、指導者としては申し分なく、また深い尊敬を集めます。ハートが開かれた女性から性教育を学ぶことで、少年達は真実の性へと導かれ、それによって自身が結婚して美しい家庭を築き、社会の基盤である「家庭」があちこちで整って、社会の全体が幸福に満ちたものとなってゆきます。つまり、性教育は社会の基盤であり、中心に据えられるべきとても大切なものなのです。


マヤの性教育に関しては、専門書「マヤの性教育」でさらに詳しく説明しています。




ウシュマルはどうして女性の聖地なのでしょうか?7はなぜ聖なる数なのでしょうか?そこで性教育を行なったとのことですが、なぜマヤは性教育に力を入れたのでしょうか?「春分の日には、多数の男女の交わりがあった」と聞きましたが本当ですか?またその目的は何ですか?


ウシュマルは、伝統のマヤ語に従えば「ウクマル」と言います。マヤ語でウクは「月、そして数字の7」という意味があります。またマルは「永遠」という意味があり、ウクマルは「永遠なる月」という名の聖地です。月や数字の7は、女性に深い関連があります。7×4は28日で、女性の肉体面、精神面の周期は28日周期です。よってウシュマルは、女性の聖地として存在します。

古代では、数字には意味があり、それぞれがみな聖なる数字として存在しました。現代は、1は1であり、2は2、3は3以外の何ものでもありませんが、古代の数字の概念は、数秘として多くの意味を持っていました。1は「神、聖なるもの」、2は「二元性、生命の始まり」、7には「7つのパワー(チャクラ)、7つのエネルギー・センター」という意味があります。ご自身の7つのパワーに意識を向けて生活することでそれをさらに知ることになり、7が大変にパワフルな数秘であることを理解することもできるでしょう。

古代マヤでは、性教育は社会の基盤をなすものと考えました。私達人間に備わる性のパワーはとてもパワフルなものです。なぜなら、性のパワーは生命力に関連しているからです。特に若い時は、自分ではコントロールできないほどの生命力があったことを思い出すことができます。若い時期に、スピリットと肉体のバランスを重視する教育がないと、大変な間違いが起こってしまいます。現代社会の性問題の間違いはただ単に、スピリットと肉体のバランスのための教育がないゆえの無知な行動によるものだと言えます。性を宇宙的な視野でとらえて、肉体と精神のパワーのバランスを整える教育を行なうこと、つまり「真の性教育」を行なうことは、社会が健全に機能するために大変に重要なことだと思われないでしょうか?

春分は結婚するのにふさわしい日として古代から伝えられています。動植物も春になると交尾をし、一斉に芽吹くように、人間もまた春に結婚をすることは、肉体のエネルギーにとっても、体液の働きにとっても、精神にとっても、太陽や月との肉体の関係にとっても、また、惑星との関連にとっても、最良の日とされました。現代の性行為は、夜にこっそりと行なう行為としてとらえられがちですが、マヤでは朝に、外で、太陽や大地との係わりの中で行なうことが推奨されました。

多くのカップルが、春分の日の朝に、外で性行為を行ない、いくつかのカップルが近くの場所で行為に及んだのであれば、今では考えられないような不思議な光景が目に浮かびます。しかし、性をとても神聖なものととらえ、相手を尊重し、天地と太くつながっていた民族ですから、現代人には想像もつかないような美しい光景が広がっていたでしょう。宇宙的な視野で物事をとらえるならば、性行為の目的自体が異なったはずです。

カップルに推奨する春分の日の結婚や性行為の大きな目的の一つは、宇宙的で健康な子供を授かるためです。それはまた、不必要な人口増加を防いだとも言われます。また性行為は、生殖の目的のみならず、歳をとってもお互いのパワーを、言わばエネルギー発電器として活性化し合うためにあると言います。

もちろん、月と女性のつながりを深く理解していた社会ですから、月を見れば子供を授かるのにふさわしい日かそうでないかを完璧に理解していました。古代マヤの女性は、満月に一斉に生理になったそうですから、自然と美しく同調した人体でした。

ともかく、私達現代人の想像を遙かに超える話ばかりですが、私達は皆この古代の記憶を持っているので、目覚めさせて、混乱の社会を修正し、真の光の方向へと導いてゆかなければなりません。


マヤの性教育に関するさらなる教えは、原書「MAYAN SEXUAL EDUCATION」でお読みいただけます。




「光の蛇の7つのパワー」とは何ですか?「チャクラ」とは何ですか?どうしてマヤ文明にインドのヨガの風習やレリーフがあるのですか?古代マヤの人々は海を超えて交流していたのでしょうか?これ以外に交流を伝える物はありますか?


光の蛇に象徴される7つのパワーは、7つのチャクラのパワーです。特に尾てい骨付近には、人間にとって大変に大きなパワーがあります。また良く知られているのは、ハートのチャクラです。恋愛中にハートが開かれている時は、至福を感じます。これはハートのパワーが働いているからです。直感のパワーもよく知られています。ピンときた良いアイデアは、第三の目と呼ばれる額の中央にある場所のパワーが働いています。この他4ヶ所に、チャクラがあります。

古代マヤ人はインドをはじめとするアジアのみならず、世界中の民族と交流を持ちました。チャクラの共通点の他に、言語、暦、絵文字、幾何学など、仏陀、クリシュナ、イエス、モハメッドなどの偉大なマスターと呼ばれる人々の教えに、多くの共通点を見つけることができます。


詳しくは、「ヨガマヤ宇宙大学 日本分校」の授業でお伝えしています。