チャン・キ'ン予備校の教材
準備教材

   入校時に含まれる教材
     準備教材01 「こうして築かれてきた現代文明」  A4、18ページ
     準備教材02 「ナガク’奥義学校への入学」  A4、14ページ
     準備教材10 「要約:こうして築かれてきた現代文明」  A4、14ページ

      01の内容  |   01のご感想  |   02の内容


   「零シリーズ」 〜 本校への入学前にマヤについて学ぶ教材   詳細ページ
     準備教材03 「マヤの教えの中心軸」
     準備教材04 「マヤ・カレンダーの礎石」
     準備教材05 「マヤの性教育と結婚観」
     準備教材06 「ママさん主婦のマヤ本レポート」


   「拾シリーズ」 〜 現代文明をさらに深く学ぶ教材   詳細ページ
     準備教材11 「善悪二元論」


   「弐拾シリーズ」、「参拾シリーズ」 準備中!


教化書

   教化書 「マヤ・カレンダーを使うために必要なことstep1」   詳細ページ 

   教化書 「マヤン・クリスタル・スカル・プロジェクト」   詳細ページ 


体験書

   体験書 「創刊号 〜 マヤ先住民の伝説の長老との再会!」   詳細ページ

   体験書 「満月の『魂の旅』儀式ワーク」   詳細ページ


探究書

   探究書 「第七の封印とマヤ・カレンダー」   詳細ページ








01 「こうして築かれてきた現代文明」



   グレゴリオ暦が紀元とする西暦0年から、2,000年以上続いている人間の習慣的な思考法があります。
   それは、私達が暮らしている現代文明を形成する鋳型となっています。
   その考え方そのものを、簡単に歴史をひも解きながら客観視してゆきます。

   紀元前から、高度に発展していた超古代のマヤ文明を理解するには、まず、
   私達が暮らす現代を深く見つめてゆく必要があります。
   そうすることによって、マヤの文化が、
   今とは全く異なる「宇宙的な視野」によって構築されていたことが分かってきます。
   広くて大きな視点で私達現代人の立ち位置を把握し、そして、
   マヤの教えに深く入ってゆくために必要な「超古代マインド」を思い出してゆきましょう。

     内容
          はじめに
          超古代文明と現代文明の世界観の違い
          現代文明の思考法とは?
          日本の現代文明への流れ

          操作している支配者とはいったい誰なのか?
          超古代日本
          超古代文明を継承した先住民文化に見出すもの

          現代文明をシステムの外から客観視してみる
           1、善悪二元論で対立
           2、対立は勝利にこだわる
           3、競争は属性に支えられている
           4、力を行使して優越感に浸りたい
           5、ハートを軽んじ、理論を重んじる
           6、恐怖で終末や死を意識させる
           7、耽溺経済のしくみ

          現代文明を超えて、宇宙的視野を取り戻す
          おわりに




読者感想  

* 最新のご感想には、「!!! NEW !!!」がついています。


!!! NEW !!!

本誌を読み、西洋に対する批判を感じ、正直あまり良い印象ではありませんでした。しかし、西洋至上主義のことを改めて考える良い機会であったと思います。自分の中の西洋に対する感情を掘り下げるにつれ、自己探求に関する物のほとんどが西洋式で、「感情表現や生活習慣の異なる日本人に、西洋式のアプローチでいいのか」と感じたことを思い出しました。本誌の中に書かれてある、自然との繋がりを忘れない古代文明の意識は、日本人が古代、太陽を崇め、全てのものに魂があるとしていた事と通じるものだと思います。古代の教えを学び本来の自分を取り戻す。これから学びを深めていくのがとても楽しみです。


!!! NEW !!!

自分自身の「被害者意識の思考」を変えたいと思っていた時に、マヤ暦に出会わせて頂きましたのも何かのご縁かと思います。世の中がおかしくなっている今、多くの方が「何とかしなくてはいけない」と感じていると思います。でも、どうしていいかわからないのだと思います。私は、自分が変わることだと思っています。このタイミングで、御校で学びの機会を頂けた事に感謝申し上げます。


!!! NEW !!!

先住民の歴史から学んだのは、征服者がしてきた事は「自分達の歴史が正史である」とする事。支配・征服の歴史が始まって現代に至るまで、今も原理は変わらない。支配者にとって都合が良いのは「考えない家畜」でいてくれる事。おかげで、無反応・無関心・無感動な家畜人間が、特に最近増殖中と感じている。

本誌を読んで気付かされたのは、P16の「おわりに」のところで、「帰国後3日もすれば(中略)すぐに忘れてしまう。それだけ現代の社会システムは(中略)使命を遂行させないように仕組まれたトリックがある」の文章。だからこそ、ご夫妻が自身の体験で得た事を、設問として提示してくださったと。「属性」や「力」の部分では、例えば戦争体験者の方々が「憲法9条改正反対!」と言えば、「実体験された方より真実の言葉は無い」と今でもそう思っているので、無条件に納得しております。ご夫妻の声も実体験から得た言葉なので、「真摯に聞こう、学ばせて頂きたい」と思っている辺りも、私にとって力と言えば力だし、属性と言われれば属性。

ここで大事なのが上記にあるトリックに気付く事。「7月26日はマヤ暦新年!」と言葉が躍ると、「私は本物から教わるんだ」と優越感を感じていた事。この感覚が属性であり、トリックだと思いました。正直、宇宙的教育の話は、砂が水を吸うように浸透していきますが、現在私が抱えているトリックは指摘されなければ気付かない事です。これから始まるトリック剥がしにワクワクしてます!


!!! NEW !!!

意識せずに暮らしていた現在が、全部ではないだろうけど、蜘蛛の巣にかかっても気づかずにいる虫のような状態のような気がしました。理性やエゴで動くのではなく、心から思うことに耳をかたむけ、大事にして生きてくことができるのなら、嬉しいことだと思います。

何のために生まれて生きているのか、それがわからないままこの世を去るのは、嫌です。宇宙や太陽、地球と繋がることは大事なんだろうなとは思いつつも、まだ実感がわいていません。赤黄黒白の人種が有るように、いろんな視点でものを見れるようになれたのなら、視野が拡がり、生きて行くのが楽になるかなと思いました。


!!! NEW !!!

このような機会を有難うございます。今回設問への回答をしながら、自分を振り返ることになりました。こうやって自分を振り返ってみると、現代文明で育つ中でも、東洋的であったり、宇宙のメカニズムの中の自分である事を父や母から注がれ、また精神世界の学びを通し、普遍的な愛・真理を学んでいるのだなと思いました。なので、教材を読んだときにはとてもしっくりしていて、自分で思い出しているかのように喜びを感じました。

徹底はしていないのですが、私は「意識が世界をつくる」を日々意識しながらやっているところです。ですが、現代文明の物質世界で生きてきましたから、「意識が世界をつくる」というところからいつのまにか離れ、目に見えるものにとらわれて、ネガティブになる時もたくさんありました。もちろん今でもあります。修正をしながらの今日ですが、どんどん楽しくはなっています。こうやって繋がった今、「マヤの教え」、「超古代の宇宙的視野」を深く学び、さらに世界を大きくとらえ、一体感を自由を幸せを感じて世界を作っていきたいです。


!!! NEW !!!

支配力に固執したり、または隷属したりという、この「現代マインド」から抜け出して、父なる太陽、母なる大地とつながって生きていけたらと思います。いろいろな属性に頼って、自分に支配力があると優越感に浸ったり、また、犠牲を払って自分自身を破壊したり、そんなパターンに気づいて、方向転換しなければいけません。先月の検診で○○があり、来月検査を受けることになりました。もう自己破壊的な生活をやめなければいけないと思います。


!!! NEW !!!

宇宙的視野がどんなに大きいか、深いかが感じられました。現代社会におりながら、ブレずに、ハートからの感性をみがいていきたいです。完全なる喜びと光に向かって進んでいきたいです。ご縁をありがとうございます。


!!! NEW !!!

時間がかかりましたが、太陽神にひかれてもう少し学びたいと思い、提出します。社会の在り方がいかに自分を蝕むかもよくわかりました。それが、とっくに誰でもない思考のモンスターが原因だったとは!さっさと「さよなら」したいです。マヤの性教育は、学びたいことの一つです。宇宙的視野が分かりたいと今は思います。


!!! NEW !!!

現代で普及されているマヤ暦に似た暦を知って、宇宙や数字、暦の歴史に興味が向きました。西暦(グレゴリオ暦)の発祥を知って、スペインの侵略やローマカトリック教の残忍な支配のエネルギーが今も黙然と続いている事が理解出来ました。それでも過去に学んだマヤ的暦の知識を手放せず、自分が一体何を求めていて、何処に向かおうとしているのかさえ判らなくなってしまいました。いかに自分が 頭を使って世間の常識の中で生きていたか、私の今までの人生に気付きは無かったのか・・・と、これもまた自己犠牲的な考えなのかもしれないです。これからは 自分が思い込んでいる観念を外しながら、積極的にハートが喜ぶ生き方をします。


!!! NEW !!!

私たちは、意図的に?与えられた「誤った刷り込み」のような雑音の多い毎日の中、日々、瞬間瞬間にそれぞれの魂のチョイスを求められている。つまり、この雑音の多い世の中を何も悲観視だけをする必要もなくチャンスだと感じ、この意地悪問題を解き明かそうと楽しんでいけば良いのだと感じる。

それこそ、宇宙レベルで理解しようと視野を広げてみれば、現在の混沌にただ頭を抱えてしまうだけでなく、冷静に落ち着いて、その意味を捉えようと努力できるのではないかと感じる。答えは今すぐ知りたいし、容易く手に入れ欲しくなるものだが、本当に大切なことは、その答えまでの考え、取り組むプロセスにこそ在ると信じている。10代の時に違和感を覚えた点取る為だけの学校でのテストにも。しかし、なんとか社会に適応するために自分なりのヤル気を出す方法をみつける努力をし、「プロセスにこそ意味がある!点数ではない!どれだけ身に付いたかが最重要!だから私なりの勉強の仕方をする!効率悪くてもそれで良い!」。こう自分流に信じることで何とか取り組むことが可能になりました。

答えを求めるプロセスである「考える」を他者と対話できれば、なお素晴らしいことだと感じます。人間は意識してなくとも、他者の魂と対話を欲しているのではないだろうか。たとえ自分とは違ったように感じる考えであっても・・・。その考えに実は触れたいのではないだろうか。そうすることで、また自己像の確立につながったり、自己の意識の言語化につながったり、わからなくて不安な部分に理解という癒しを与えるのだとも信じています。「理解していく」ことは、自分にだけでなく、フラクタルに癒しを生むものだと。



日頃理解しているつもりでしたが、こうやってじっくり考えてみると、新たな気づきがいくつもありました。例えば西洋を賛美する心は、やっぱり自分の心の奥底に眠っていました。設問4、5は、自分の中からなかなか言葉が出てこない状態で・・・。自分自身のことを実はよくわかっていないのではないか?と考えさせられました。肩書きやしがらみや余計なものを全て取り払うと、ハートはもっと生き生きするのかもしれません。人工的なモノに囲まれて生活していると魂のアンテナも退化してしまいそうです。おとぎ話でも「賢者」は森にいて、ビルの中にはいないように思います。
 
マヤ先住民の世界観、「世界は『聖なる木』を中心にして、白、黄、黒、赤の四色人種が対等に存在し合う」という調和のとれた美しさに魅かれました。聖なる木を私も感じながら、「小さな太陽」となれたらいいなと思います。これから学びを深めていくのがとても楽しみです。



本誌に語られている、「超古代マインド」にはとても共感しました。私もそうして生きたいと願うからこそ、こちらにアクセスしたからです。ですが一方で、西洋至上主義を「悪」とするような印象も正直受けました。設問1と3は特に、自分自身ではなく、わざわざ西洋化した世の中に目を向けなければ答えられない回答だったために、とても難しく感じました。思考をかなり使いましたので、とても疲れました。また、一人ひとりが自分の魂の輝きを取り戻せば、世の中は変わってゆくと信じて生きている私にとっては、本誌に目を通し、少し絶望感を感じ、心が重くなってしまいました。「世の中はそんなにもダメなのか・・・」といった絶望感です。一方で、改めて自分自身を見つめることができたのは大きなことでした。乗り越えてきたと思っていた過去の気持ちにも、未だ支配されている部分があることが良くわかりました。

「超古代マインド」と「現代マインド」とを、二極に分けて考えることが必要なのでしょうか。いずれも自分たちの生きてきた道であり、間違いもあったと思うし、だからこそ気づいたこともあると思うので、全てを自分たちの歴史として受けとめ、愛し、自らの求める方向に進んでゆきたいと思いました。マヤの純粋な精神や宇宙的教育にはとても興味が湧きました。本誌の最後にある「私たち一人一人は、属性に頼らずに自らで発光し、輝くことのできる恒星である」という部分にとても感銘を受けました。

まだまだ最初の教材に目を通し、頭で色々と考えている段階ですので、何もわかっていないのも同然なのではないかと思います。のに、色々と書いてしまいましたが、今の正直な気持ちを自分のためにも残しておこうと思いました。宇宙的教育が深まるにつれ、どのように自分に変化が出てくるのかとても楽しみです。



一通り目を通して、新たな視点や忘れていた感情などが出てきました。西洋文化や西洋の考え方など、何のギモンも持たず生活していたんだなぁ、と思いました。設問に関しても、「何も答えがないなー」と思ったのですが、その後、準備教材10の「要約」の方も目を通し、優しさに触れた感覚があり、とても感動しました。深い愛を感じたのです。「時間をかけて取り組んで良いのね」と考えました。じっくりと、ちゃんとハートに響かせて進むものと理解しました。

「ハートを軽んじていること」を感じたと思ったら、「そんなこと、わかってる」という自分もいて、「あー、これがエゴってやつね」と、それを客観視する自分がいました。太陽を神とするところは、日本人とも通じるところがあると思いますが、支配的な考えになっていったところが白人種的な思考なのかなと思いました。自分と他人の分離感、何のギモンもなく受け入れて生活してました。自分がこの人生で何をしたいのか、それがわからなくなってしまったのです。自分らしさがわからない・・・、そんな混乱です。今は少しでも自分としゃべる時間を作るようにしてます。



何度も読み返すことによって、その都度新たな発見がありました。初めて読んだときには、「私たち自身が、対立する善悪二元論的思考によって、常に悪をどこかに投影し、幻影を創り上げて、そこに力を与えている」という構造が明確にされていて、非常に感銘しました。その頃、被害者意識を手放すことに取り組んでいた時期だったので、幻想を創っているのも、そこに力を与えているのも、他ならぬ自分自身であるという事実を認識することは、大きな推進力になりました。また、あるときは、「世界は『聖なる木』を中心として、白、黄、黒、赤の四色人種が対等に存在し合う」という調和的な美しさに、何とも言えない感動を覚え、また別のときには、文章だけでなく、写真やイラストが非常に興味深く思え、「なるほど、効果的だな〜」と楽しんでいたこともありました。

そして、今回目に留まったのは、「力は誰もが等しく与えられている。それは、人生の役割や使命の場で発揮される力で、決して他から侵されるはずがない特性である」ということ。もちろん、これは以前も心に残った箇所ではありますが、「使命の場で発揮される」ということをまさに体験した直後だったので、「そういうことだったのか!」と深く心に沁みたわけです。この力は、神聖さや偉大さに直結していて、それを行使することで、喜びや至福までもが自ずと湧き上がってくる。つまり、本来の力とは、大いなる生命の源に満ち満ちている聖なるものであることを実感したのです。今後もその力を発揮し、自らが「小さな太陽」として発光するために、このチャン・キ’ン予備校で現代社会の構造を理解し、笑い飛ばしていきたいと思います。



私にとっては特に目新しいことはなかったと思う。どれもが、私は感じて、思って、考えていることを言い換えてもらっているような感じだった。「頭じゃなくてハートで」というスタンスは、誰もが実は「大切だ」とどこかで感じていることなのだ。心の中では、誰もが知っていることなんだと思う。胸の奥に光を持たない人などいない。もしかしてそれが様々なもので覆われて見えにくくなったとしても、その光というのは消えることは決してないもので、それは、私たちの体の中にどちらかといったら既に組み込まれている。だからこの現代社会を、「なんとなくこの生き方は生き物として正しくない気がする」と、誰もが実は長い間感じていることでもある。その「認識」がないように見える人たちも、きっとどこかしらでこの社会の仕組みの歪みの被害を被っている。

日本の現代社会を考えたときに、明るい気持ちになるより、暗くなる人の方が断然多いと思う。こんなにたくさんの豪華なものに囲まれているのに、みんな決して幸せじゃないどころか、介護、医療、借金(国債)、エネルギー、原発、消費税、自殺、鬱、若者の無気力化と、数えればきりがない。自然を破壊することは、自分を破壊することだから、こんなにもたくさんの問題を抱えていかなければいけない。じゃあ、何がどう間違ってるの?と言った時に、何か道しるべになるものが今の私たちに必要だ。とにかく、しがらみから逃れ、自由になること。本当の自由を得ること。その自由は誰にも奪えない自由だし、どんな環境でも達成できる自由の「精神」であり、「物質的な自由」とは少し違う自由であること。私たちが日々追われている誘惑から少しでもその先をみること。誘惑を誘惑だと認識できること、今までのいわゆる「常識」を改めて考え直す姿勢が必要になってくる。それは一見「常識を覆す」わけだから、とんでもないことに見えてしまうのかもしれない。でもそれは、さほど難しくないことだと、みんなふっと気付くと思う。普通に絵を見て感動したり、音楽に共鳴したり、映画を見て泣いたり・・・、そういった誰もができることと同じだということ。そして、頭で説明されるより、ハートで感じる方がずっと腑に落ちるのだろうと、みんな納得すると思う。

「先住民の眼」でみれば、今までよく分からなかっただろうこの世界の社会問題や、自分が直面している問題が「なぜ」起きているのか、頭で考えたり、科学や社会科学の仕組みを使って解析するよりも簡単にできてしまうこともあるはずだ。「曇りなき眼」は、この世界に生きる誰もが持っているものだと思うし、それは決してどんなに洗脳が進もうと、どんなに誘惑で埋めようと、本質的な生き物の光のことだから、なくなることは決してないと私は信じている。



善悪で全てをジャッジするのは、おかしなことです。「間違い」や「失敗」の向こう側を見つめなければなりません。全ては円形を描いていることを改めて感じました。善だけを求めるなんて無意味なことだし、不可能なのです。現代社会の歪みがそこにあるのだと感じました。

全てが無意味で、空虚な世界に感じます。それでもあくせくドラマを織り成す私達が、滑稽でありながらもかわいらしく、憎めない存在に感じます。これが競争社会なのですね。競争社会とはもっと殺伐としたものに感じていましたが、実は小さな子供が駄々をこねるような、そんなかわいらしいものなのではないでしょうか。私達は認められています。父なる太陽を見上げましょう!母なる地球を感じましょう!風となり、雲となり、鳥のさえずりとなって応えてくれます。いつでもどこでも、100%で受け入れてくれます。私達一人一人がその世界を築くことができたら、この現代システムの全てが無くなります。必要が無くなるからです。攻撃に対して、いや賞賛に対しても、「ん?何のこと?そうです、私がおバカさんです!あ、変な私!変な私!それ、変な私!」と何も感じなくなるまで、志村けん風に踊ってしまうことがどれほど生きやすく、ハッピーであるかを感じています。この方法で、競争社会から抜け出せるように感じます。私はいつまでもいつまでも、踊り続けていたいと思いました。



無意識のうちに被害者意識を持ち、つまらない競争をし、義務感によって仕事をこなしている自分。いくら幸せを求めても幸せになれるはずがなかったのだな〜と、つくづく感じました。「死は終わりではない」ということを自らの体験で感じていたので、よりいっそう、死に対する不安を持つ必要が全くないことを確信することができてよかったです。自分の思考を客観的に見て、考えてみる作業が、自分を冷静にみつめさせ、そして、くだらないことにエネルギーをそそぎ、意味のない不安やうしろめたさを感じていた、自分に気づくことができるいい機会でした。今後も自分の感じていることを、ハートの知性をもって見つめていきたいです。そして、ハートの知性をより働かせることができるように、マヤの教えと共に歩んでいきたいです。



私が子供の頃より、年々ハートを閉ざす社会になってきていると感じる。属性から外れると、「おかしい」と言われたり、周囲の目や思想、常識にがんじがらめになり、自由にできない。実際に属性から離れてみると、寂しかったり、大変困るのかと思ったが、そんなことはなく、かえって気持ちが楽になった。どれだけ、がんじがらめになっていたのだろう・・・。

現代文明は「善悪二元論」が強く現れ、支配されているように思う。メディアの煽りや報道されない部分など、多くの人が違和感を感じているだろう。 多様な宗教、思想が認知されても、はなっから精神世界のことは「怪しい」、「騙されてるのでは?」という風潮で、宇宙へ意識を向けることを阻んでいるように思う。もちろん悪用するような人も出てきている。大きな違和感を感じている自分には、「現代文明の考え方を客観視することが必要」ということが理解できた。まずはその考え方から抜け出して、「超古代の宇宙的教育」に触れたいと感じた。もっと大きな視点で考えたり、またハートで喜びを感じれるよう、宇宙と一体になる調和の実践を学んで行きたいと強く思った。



一通り、読み終えました。頭が痛くなりました。これらの設問への回答は、今までの頭で考え判断する癖から脱却し、「魂で感じてみる作業」でした。瞬間、瞬間を、頭の大部分が占領しているのですが、最近ようやくそれを見ている自分、魂の自分を感じれるようになりました。今におらず、起こりもしない未来や過去に今を占領され、今、この風や雨や太陽を感じ、繋がることができなかった今までも、これからは古代の教えを学びつつ、魂の部分で感じ、体感していきたいです。まだ、内容を消化しきれていません。消化しきれなくとも、準備ができていないと感じても、今のこの私の状態で感じるものを感じていこうと思えた教材でした。胸がいっぱいです!



洞察の大変深いご質問に、正直答える事をためらいました。なぜなら、その答えはわかっているけど、なかなか止められないものだからです。ご質問に答える度に、結局は今の生活に答えはないと認める事になるし、でも簡単に変えていけるものではないと思っているからです。ご質問に答える事自体がトレーニングで、これまでにも気付きをたくさん頂きましたが、今回は改めてスタートラインに立つという想いになりました。現代社会を見渡すと、おかしな事ばかりが目白押しですが、徐々にそのおかしな事に光があたり、やっぱり変だと気付く事が多くなった事も事実だと感じます。やれる事を確実に実行して行こうと思います。



私たちは、まだまだ洗脳の中にいることを思い知らされた。しかしながら、「洗脳の中にいる」という意識を植え付けていただいたことに感謝である。一瞬一瞬を、洗脳から解かれた選択をしなければならないと、心に刻みつけた。また逆に、「超古代の宇宙的教育」が蘇ったら、どんなに美しい生活ができるのだろうとワクワクしてくる。私たちは何も恐れず、全てを許し、全てを愛し、全てと繋がり、生きていける地球が思い描かれる。今の私たちがどう生きるか?一瞬一瞬、光を強く選択し続けなければならない。「行動」することによる波動が、一番強くこの世界に響くように感じている。実践だ!!



やはり、「すごい!!」の一言です。私の中で「??」と思っていた事(西洋的な犠牲と日本的な犠牲との違いなど)が、とても分かりやすく理解できました。これが初めの教材であるなら、奥に入るとどうなってしまうんでしょうか?

外国(東南アジア某国)に来て、属性がほとんど無くなったと思っていたけれど、まだまだありました。ここは日本よりもハートがオープンである人、そうでない人、さらにオープンすぎて傷ついてしまった人の差が激しくあります。西洋的で形式的な経営者は、属性にハマらない現地人に振り回される形になり、日本よりも「白人種社会」のおかしな所が分りやすいかもしれません。そして、その「白人種社会」が日本人であるというのがまた不思議だなと思いました。皆平等で違う性質を持っているのに、同じようにするから上手くいかなかったり、すごく大変な思いをするんですね。ちょっと考えてみると当たり前の事なのに、何故気づかないのか・・・。だからこそ、「宇宙的教育が必要になるんだ」と思いました。



「太陽と自然を崇拝する土壌がある日本だからこそ、先住民が語り伝えてきた叡智に触れることで多くのことを思い出すことができる」。そういうことをちゃんと誇りに思い、自分の持つ真実に自信を持って生きてゆきたい。「4つのバランスがとれた世界に根ざして立つことのできる聖なる木」を見るような、真に調和的である自分でありたい。「常識から外れる」のは素敵なこと。「社会通念から自由で理論に頼らず、ハートの感性を行動する」と聞いただけで、ワクワクしてくる。

設問に答えていきながら、気がついたことは、今、自分が欲しいものとは、「止まっていないこと、変わっていくことの喜び」なんだと思った。まるで、次々と新しい扉を開けてゆく喜び、世界を新鮮に感じ、世界は美しいと発見してゆく。生き生きとした心を願っている。だから今日も自分に成長を許そう。 調和とて止まっているものではないだろう。自分も世界の調和の一部になろう。自分の中に調和を見出せるのは、真に成熟した大人の証しであろう。そうならば、「成熟していく自分を喜ぼう、楽しもう」、そう思った。



はじめ、設問について答えを出すことをおっくうに感じて、何日かが過ぎてしまいました。それでも、白い紙にあまり考えずに浮かんだ言葉を書き出していくと、だんだんマインドのモードが変わってくるのが判ります。ペンを置いて日々の暮らしに戻っても、無意識に設問に付いて思考が動いているのを感じました。今日ここまで書いてきて、ご夫妻の辛抱強い深い深い愛によって、超古代の光を届けていただいた、そしてそれを受けとめることができる自分のいることを認識し、感謝しています。これからも学んでいきます。思いだしていきます。



現代に張り巡らされた罠に気づき、そこから自由になることは、なかなか難しい面があります。このテキストに書かれていることは、教育、テレビ等のマスコミ、それらに洗脳された人々の「思考」に基づく行動や言動を通して、無限連鎖のように起きています。最近電車の中や街中で、独り言を言い続けている人を見かけることが多いのですが、口に出すか出さないかの違いだけで、殆どの人は絶えず「思考」のおしゃべりをしています。「思考」を止めること、「思考」に気づくことが実践的かと思い、日々思考錯誤しています。



この準備教材は、大切なポイントが見事にまとめられていて、さすがです。私も本当にすっきりしました。何となく感じながらも、自覚が足りなかった部分に、いろいろと気づかせてもらいました。現代社会やコテコテ現代人と接する時も、少しゆとりをもって観察し、笑えるようになりました(笑)



古代の私達は、「光から生まれ、光と共にある」ことを当たり前に知っていた。自然の一部であり、自然と共にあることも知り、森羅万象を敬いながら敬意を払いながら生きていた。争いが起こり、戦争、優越、自分とその他、切り離された神と自分・・・。大切なことが葬り去られ、自分自身の尊厳もどこかにおき忘れ、外側のものに影響され、管理され、支配され続けている。それによって自分の頭、ハート、肉体、魂がバラバラになり、迷子になっている人が多くいる。自然、宇宙、太陽、自分、全てがバラバラになってしまったことにより、地球が壊れかけている。目では見えない大切な物、意識に気付き、思考を少しお休みさせてハートで感じ、心の目で世界を見ていくことで気づく物、大切な物が見えてくる。出てくる答えがある。今、自分は宇宙の一部であり、自らの中に宇宙が広がっていることを知り、その基に生きていく事が問われているのではないか。その生き方があれば、自由に、楽に、宇宙家族の一員として生きていけるのではないでしょうか。



現代社会を、その中で生きる自分を分析し、客観視する作業は大変な作業だけれども、大切なことで、これをしないと始まらない気がします。テキストのワークが、よくあるセラピーや内観法や巷の陰謀論と違うのは、宇宙的視野という新たな道を示せていることだと思います。特に、もし現代社会で生きづらい、何か変と感じているならば、このワークのプロセスにより自分も周りもよく見えて来て、楽になるのではと思います。








02 「ナガク’奥義学校への入学」




   このチャン・キ’ン「予備校」からナガク’奥義学校「本校」へと進学するか、しないは、
   この教材に記した説明や紹介文をお読みいただいた上で、自由に選択していただくことが可能です。
   「本校」に進まずに、予備校生として関わってくださっても、
   マヤの教えの基本的な部分や、現代文明を客観視する新たな視点を学んでゆくことができます。

   もちろん、「本校」においてマヤの学びを深め、
   宇宙的な教育に参入して実践を重ねることにコミットしてくださる方は、
   大きな喜びと共に心からお迎えいたします!

     内容
          「ナガク’奥義学校」について 1
          「ナガク’奥義学校」について 2

          「ナガク’奥義学校」について 3
           マヤについて
           マヤ先住民の長老フンバツ・メンについて
           当校について
           教えについて
           当校の方針について
           お金について
           教育当校を方法について
           入学制にした経緯について
           「チャン・キ’ン予備校」を開校した経緯について
           当校入学時の同意事項
           当校入学後の流れ

          「ナガク’奥義学校」への入学手続き