マヤン・カレンダー・チャート



    マヤン・カレンダー・チャートは、1997年の春分の日に、
    長老フンバツ・メンが先住民の伝統暦として世界に向けて発表したものです。
    1827年〜2086年までの「260年分のデータ」が4つの表にまとめられており、
    それらの表から、年、月、日の持つキーワードとその意味を知ることができます。

    自分はもちろん、家族や友人の誕生日から、
    その人のマヤ暦による特質、特性、本質などが調べられますし、
    また、過去の出来事と照らし合わせて、未来を予測することも可能です。

    その日が持つキーワードの意味を、自分自身の立場や状況に合わせて常にポジティブに解釈して、
    マヤ暦からのメッセージを読んでゆきます。
    さらに、この宇宙的なサイクルに同調しながら理解を深めてゆくと、
    自らの人生を調整することにもつながってゆきます。
    なぜなら、マヤの伝統暦は太陽を中心とし、
    私達の精神と肉体にバランスをもたらす円環のカレンダーだからです。

    古代において、世界中の人々が円環カレンダーを使用していました。
    それは、今でも各国の古代遺跡に日時計の役割を持つ
    円柱列石、円柱列木、太陽の門などが残存していることからも明らかです。
    しかし、そのようなハード面は残っていても、
    それらがどのような機能を果たし、また人々の役に立つのかといった
    ソフト面(宇宙的な知恵)を見い出す道筋が失われているのが現代です。

    そこに一筋の光を射すのが、超古代から継承されて護り伝えられてきたマヤの伝統暦です。
    それは、私達が日々、何気なく目にしているカレンダーこそが、
    人生の方向性を示し、生きる指針の軸となるということを思い出させてくれる唯一無二のものです。

    マヤ先住民の無数の祖先達が命を懸けて、
    私達現代人の手元まで繋げてきてくれた叡智に触れてゆくと、
    常に「自然の法則」に基づいて生き、
    自身の精神と肉体を調和させて整えてゆくことの大切さを知ります。
    そのことを忘れないようにさせてくれるのが、マヤの宇宙的な円環カレンダーです。
    眺めているだけでも私達のマインドに変化を与えて、様々な気づきと理解をもたらしてくれることでしょう。


 

「マヤン・カレンダー・チャート 完全版」

    下記オプションのメキシコ製のオリジナル版「マヤン・カレンダー・チャート」(ポスター・サイズ)を
    A4の冊子にまとめて、使用方法を日本語で詳しく解説しております。
    (A4、21P、シリアルナンバー付)

    今年度の「早見表」、「廻る深奥暦 step1」との3種セットで提供しております。


「早見表」と「廻る深奥暦 step1」





セット価格 ¥4,000 + 送料 ¥170


マヤン・カレンダー・チャート
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オプション
「マヤン・カレンダー・チャート」 オリジナル版(メキシコ製) 英語、スペイン語表記

    ポスター・サイズであるため、260年分のカレンダーの全体像をつかんでいただくことができます。

    マヤの長老と神官達の叡智が結集して、この現代に形となって現われた、とても貴重な資料です。
    それゆえに、今となっては大変に希少なお品ともなり、
    当方での在庫がなくなり次第、販売終了となります。

    どうぞ、お部屋の壁に貼って日々眺めていただくことで、
    宇宙的な時間やサイクルを自分に取り戻すためのツールとしてご活用くださいませ。
 
     ※ 日本語で解説している「マヤン・カレンダー・チャート 完全版」との同時のご注文、
        または、既に「完全版」をお持ちであるユーザーの方をご購入の対象としております。

     ※ 年数の経ったメキシコ製であるため、汚れや傷み箇所があります。どうぞご了承願います。



81×54cm ポスター・サイズ



 マヤン・カレンダー・チャート 完全版との同時のご注文
価格 ¥7,000 + 送料


ユーザーによるオリジナル版のご注文
価格 ¥3,000 + 送料


マヤン・カレンダー・チャート
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参考ページ

在校生のためのマヤ・カレンダー
「2012年を超えて」




ユーザーのご感想
* 最新のご感想には、「!!! NEW !!!」がついています。


最初は、複雑なものに思えたのですが、使っていくうちにサイクルが分かってきました。私は、平面的なグレゴリオ暦によって、これまでの人生ずっとずっと、土、日だけを楽しみに生きてきました。月、火、水は死んでおり、木、金になるとゴールが見えてきてラストスパート。土曜の朝は、「最高に幸せだ」と思っていました。そして日曜日の夜は、最高の不幸を感じます・・・。30年以上、そうやって生活してきました。今のグレゴリオ暦では、そのような奴隷的なサイクルしか刻めませんでした。

マヤ・カレンダーを使うようになり、カレンダーは壁に貼ってある表ではないことを実感しました。表にある日にちや曜日を確認するためのものではないのです。世界が突然立体的になり、圧倒的な存在感を感じられるようになりました。宇宙の星々が、角度を少しずつ少しずつ変えながら、今を織りなしているんだと、感じられるようになりました。

「死んだ曜日」があるなんて、本当にバカらしいことです!一瞬一瞬が、素晴らしく、奇跡のようなキラキラした瞬間の積み重ねのように感じられました。風に吹かれる木々や草花、流れる水、鳥の声、虫の羽音、どれもがとても美しく、驚くほどでした。雨の一粒一粒が綺麗で見惚れるほどでした。そして、天体が頭上にあるとき、その天体のエネルギーを得て、私たちが動かされているのも感じられるようになりました。カレンダーは、何かを行う際に、最適な時を教えてくれるものだということも、腑におちました。

人間としての役割を生きるとき、カレンダーは無くてはなりません。改めて、過去を振り返ってみると、私はマヤ暦に出会えて、命を吹き込まれたかのように思います。「人間としての役割を生きること」を思い出させてくれました。この出会いに、ご縁に、感謝いたします。これからも、人間としての「真の道」を歩み続けます。マヤ・カレンダーで、様々な天体のエネルギーを借りながら、そして、父なる太陽を見ながら。



マヤン・カレンダー・チャート(オリジナル版)、この美しい一枚の表に、なんと260年分ものデータがぎっしりと詰まっている。更にその奥には、単なる「データ」という言葉が意味する以上の立体的な世界、究極的には「壮大な宇宙」が広がっていようとは、その叡智の偉大さにただただ驚くばかりである。

今の世の中、260年間も使うことを想定して作られているものなど、他には見当たらないだろう。できるだけ短いサイクルで消費し、次々に買い続けることで回しているのが今の経済なのだから。この使い捨ての大量消費社会には、グレゴリオ暦の持つ性質が見事に反映されていると思う。個人的、近視眼的で直線的。破滅に向かってまっしぐらに進んでいく絶望感をごまかそうとしても、常に漏れてくる不安や焦燥感。そうした感情から逃れるために、様々なものを外部に求め、消費し、内部を満たそうとする。毎日使う暦の上に生活が成り立っているのだから、どんな暦を使うのかが非常に重要であるはずなのだが、現代社会で普通に生きていれば、グレゴリオ暦を使うのが当然であって、他に選択肢があるとは思ってもみないのだろう。

それでも、そんな社会に違和感を持つ人は少なくなく、それがマヤ暦などのより自然に同調する暦がもてはやされる現象につながっているように思う。更にその中でも、まがいものに引っかからずに、この純粋に伝統的なマヤン・カレンダー・チャートに辿り着いた私たちは、非常に幸運である。なぜならこれは、毎日使うだけで、その奥に込められた宇宙のエッセンスを日常に浸透させていくことができるという、何とも夢のような魔法的ツールだからである。

日本語の完全版の方には、マヤ暦を導き出す上で重要な点や注意すべき点が明確にまとめられているので、とてもわかりやすい。また、水の表の覚え書き数字が丸で囲んであるとか、火・風の表の月日の聖なる名前にふってある数字が省かれているというように、オリジナル版にちょっとした改良が加えられているが、その小さな違いによって、マヤ暦の導きやすさが格段にアップし、間違えるリスクも減っている。そして極めつけは、裏表紙に260年分のワイエブ月データが一覧表としてまとめられていて、一目でわかるようになっていること。こうした日本人ならではの細やかさが非常に私のツボであり、日本のナガク’奥義学校の手を経てこれらの情報を頂いていることは、この上もなく幸運であるとつくづく感じるのである。

マヤ・カレンダーはおそらく、考えるものではなく、体感するものだ。とにかく毎日使ってみることで、他の誰に教えられるのでもない、自分自身がハッと気付く瞬間がきっとやって来る。そうして徐々に、「真実の時間」というものが肌でわかってくるのだと思う。それは、自身の遺伝子の中にある記憶を思い出すプロセスでもある。完全なる全体の一部である本来の自分を思い出すことは、まるで魔法にでもかかったかのように、その前後で大きな違いを生む。超古代から受け継がれた偉大なる叡智は、現代の魔法となって、私たちの日常の中に潜んでいる。日々マヤ・カレンダーと共にあり、本来の自分を思い出していくこの日常のプロセスこそが、私にとっては最高にエキサイティングなエンターテインメントだと言える。



テキストを開けたらすぐに表がいくつもあって、文字や数字が何かの記号か暗号のように思えてしまいました。でも、改めて気合を入れてテキストを開きましたら、一度は放ったらかしにしたテキストが、今度はとてもよくわかるガイドブックになっていました。これを読み進めていけば、自分一人でもすぐに導き出すことができるようになっています。表紙に書いてありますけど、まさに「完全版」です。

カレンダーを導き出すときは、マヤの神の次元に入ります。日常の家事をしている合間などにはできません。そのために時間と場所を作り、丁寧に生きることが毎日の習慣の中に少しでも入ってくると、宇宙や太陽、暦を命がけで守ってこられた古代の人々などに思いをはせ、感謝する習慣ができます。そうした時間を持つことで、人生が少し違ってきたように感じます。


「!!! NEW !!!」

マヤン・カレンダー・チャートは水・火・土・風を用いた形になっているのが自然との調和を大切にする叡智を反映しているなと思いました。「水の表」が年、「火の表」が日と月の聖なる名前、「土の表」が月、「風の表」が日の聖なるナンバーを求めるものになっていることにも意味があるのではないかと考えました。毎日、毎月の一瞬一瞬を火が燃えるように体を柔軟に用いて(火。ハアブ→20→体)、日々自分とともに生きることで心の風通しをよくし(風。ツォルキ'ン→13→心)、その日々の風の流れを清らかな水がゆったりと流れていくようなマヤ暦の大きな年の流れの中で(水)、月日を重ねてゆっくりと土に根ざしていく(土。ツォルキ'ン→13→精神的な深みが根ざしていく、地に足がつく)。そんなイメージです。火が燃える。その火が燃え続けるためには風が必要。風ができると水の流れが生まれる。その水の行き着く先には土がある。だから、火・風・水・土の順番です。

また、ワイエブ月の最終日のツォルキ'ンがすべて8であることには何かしらの意味があるのかなと思いました。8=宇宙の回転。8の数字を横にすると無限大のマークになることから月日が永遠の流れにあること、太陽の周期の流れで宇宙の流れが大きく回転するようなエネルギーが湧いているのかもしれないこと。いろいろな可能性が考えられる日だなと思います。年の流れも8の字を描いています。チチャン・メン・オク・アハウ。私なりに解釈すれば、知恵の創造者が自分の世界を歩んでいくことで自分の世界のマスターになるという流れが260年にあるのだと思います。この時代を生きているわたしたちは、チチャン・メン・オク・アハウという共通した大いなる流れの中でそれぞれの誕生したマヤ暦から読み解けるような資質を生かしてそれぞれの使命を果たしながら生きていくと考えることもできるのではないかと思いました。

この日が良い日、この日は悪い日と決めつけない感じがとっても好きです。それは、良い悪いとジャッジする自分がいるからこそ感じられることだと思うので、マヤン・カレンダーを用いることで善悪二元論を超えた感覚を呼び起させられたらと思います。マヤ暦はわたしにとって広大な流れの海に飛び込むようなイメージがします。マヤン・カレンダー・チャートでマヤ暦に触れていくことで大きな時の流れの海に身をまかせて浮かぶことが、自分にとって自然なことになっていくんだろうなと感じています。そして、記憶を思い出していくことができるんだろうな〜。



カレンダー・チャートはとても美しく、大変に気に入っております。解説書に沿って調べていくうちに、これだけの情報がこの一枚に全て載っているのが不思議でなりませんでした。これを作られたフンバツ・メン氏に対しても、今までとは違った尊敬というか思いを感じました。使ってみて初めて分るものですね。260年分のデータが組み込まれていて、大変に驚きました。調べてみると、いろんな年が実に美しく並んでおり、それがまた、自然のサイクルと合っているとは、素晴らしいですね。ぜひ、自分の家族や知人の誕生日、また毎日の生活などを調べて、使いこなしたいと思います。その時には、もっと違った発見があるかもしれないと思っています。これを知って、「毎日なんとなく終わっていく」のでなく、意味のあることを感じました。毎日をありがたく過ごしたいと思います。



「マヤ・カレンダーを使うなら、グレゴリオ暦なんてもういらない」と今まで思っていました。どこか、「変換する作業」というのを鈍臭いことのように思っていたのです。でも「1月からワイエブ月までの変則的なを求め方」を読んでいるときに、「マヤ・カレンダーと同等の扱いでグレゴリオ暦が組み込まれている」と思いました。これは「変換する作業」ではなくて、「一緒に動くグレゴリオ暦との重なり方を見るためのもの」なんだと思いました。

私ははじめ、無限に続くサイクルというのが少し怖かったです。でもサイクルということは、逆に「時は物凄く短い」ということではないかと思いました。例えば、日の出とともに一日が始まったら、太陽が登って沈み、闇が来て、日の出の前に、一日のサイクルは終了します。次の一日は新しく生まれ変わった別の1日が始まり、全く違う人生を選択できるのではないかと思いました。サイクルは直線のように自由な長さがあるわけではなく、円の大きさが始まりと終わりを決めています。サイクルが終わるたびに死んで、また生まれるのだと思いました。



マヤン・カレンダー・チャートは、私たちが現代で用いているグレゴリオ暦のカレンダーとは全く異なる。「時を刻む」ことに対する感覚が全く違うと感じる。マヤの暦は、立体的な時計の仕組みのように、大小様々な歯車が噛み合わさり、今を刻んでいる。永久に終わることはない。そんなイメージだ。この暦を用いると、「宇宙に存在する全てのものと、手を取り合いながら生きていける」と感じる。



大きくてカラフルなマヤ・カレンダー。眺めるだけで楽しくて、宇宙を感じる素敵なカレンダーです。金の額に入れ、朝日の見える場所にかけました。今までは仕方なくグレゴリオ暦を使っていたのですが、もう妥協はやめ、「宇宙の理にかなった暦の世界に入り、銀河人として生きる!」と決め、マヤ暦を使い始めた途端、モヤモヤしていた事から魔法のように離れる事が出来、驚きました。

それぞれの暦にはその暦の世界があり、グレゴリオ暦を使っていたらグレゴリオ暦の世界から逃れられないのかもしれません。抜けても抜けても、また苦の種を引き寄せようとしてしまう。。。寒くて日照の少ない冬から一年がはじまるって事が、グレゴリオ暦のエネルギーを表していると思うのです。そしてついに私は、マヤ暦の扉をくぐる事が出来ました。大船に乗ったような、大きく飛翔したような心持ちです。「もうまっすぐに、至福の世界に渡っていいのだ」と自分に許したから、マヤ暦に出会えたのだと思います。



マヤカレンダーを購入して、家で広げた時に『ワクワク』する身体の感覚と共に、『うわぁ〜…ややこしそう…数字嫌いな私に解るんか?…』という不安も湧きました。友人の誕生日をマヤ・カレンダーで見て…を繰り返しているうちに、気付けば説明書無しで見れている自分にびっくり。そして間違えて書き写していると、なんかボタンを付け間違えたような違和感も湧く不思議な感覚があり・・・。あ〜数字も生きているんだな!と自然と感じている自分自身にびっくり。そう感じてから苦手な数字だったのが、可愛いらしくも思えてきています。

カレンダーを額に入れ部屋に置いた時に、妙な存在感が・・・。以前から『表〜火』の部分が花・『表〜水』が茎・『表〜風』が葉・『表〜土』が根っこ…と絵に描いたチューリップのように見えていたのもあるのかもしれませんが・・・。植物というより、樹というか、おじいちゃんのような(笑)そんな存在感を感じて、どんどん惹かれていっています。ハアブのシンボルも、じっと見ていると動き出すんじゃないかしら?といつも思ってしまいます。これからツォルキ’ンの聖なる数やハアブの聖なる名前を見ただけで即答出来るように、もっともっとマヤ・カレンダーが自分自身に染みていくのが楽しみです。



もう嬉しくって、早く自分の身に引き寄せたくて、カレンダーになるべくたくさんの光が差し込んで美しく映えるよう、額縁のないアクリルフレームに入れて飾っています。朝を迎えるたびに眺めては息を整えてから生活を始め、布団に入る前に眺めては気を鎮めて眠りにつく日々です。

マヤ・カレンダーを注意深く観察していると、簡潔な幾何学図形の背後、一見整然としたバイオリズムからどっしりと濃密で混沌とした空間が立ち昇ってきて、目に見えない多くのエネルギーが絡み合って同調したり反発したりねじれたりしながら、ダイナミックに生命を紡ぎだしていく様子を感得できます。この、カレンダーの奥にある言葉に表わしがたい茫洋とした何か・・・今、息を潜めてその糸口を追っているところです。



260年周期の膨大な情報を解説書に従って、順を追って聖なる名前と聖なるナンバーを調べていく過程にワクワクしました。本来なら何年もかかるであろうその読み解きが、チャートが丁寧に色分けして初心者にも間違わないように導いてくれるおかげで、自宅に帰ってからも自分でその日のマヤ暦を調べてゆく事が可能で、確認する事により、力づけられます。このような暦を作り、綿々と現代まで継承してこられたことに、深い驚きと敬意を表します。混迷を極めている現代の人々に、この暦の正しい知識とマヤの叡智を一人でも多く知ってもらえたらなと思いました。



マヤ・カレンダーを使うことによって、自分が永遠の円環の中に在ることを体感できた瞬間があった。また、ハアブ・カレンダーに合わせて、その月の目標を決めて取り組むことにより、地に足が着いてきたように思う。一方のツォルキ’ン・カレンダーは、非常に魔法的な暦という印象があり、それを真に理解するには、一生かけても足りないのではないかと思う。



マヤ・カレンダーそのものに広大な叡智・時の循環が刻まれており、とてつもないエネルギーを美しいマヤ・カレンダーのポスターが発しているのだろうと思います。マヤ・カレンダーの解釈は、サイクルが永遠であるように、永遠に変化していくもので、その時々に必要な解釈が成されるのでしょう。1日の6つの意味が織りなす美しい言葉・エネルギーを日々広げ、深め、発酵させていくことが、自分自身につながる輪っかを浄化し、宇宙と自分との関係性を思い出し、未来の光となりますように。



思っていた以上に解説書が詳しく、解り易く書いてあり嬉しかったです。果たして、正確にカレンダーを読み解くことができるようになるかどうか不安ですが、日々、活用して、自分の中に取り込んでいきたいと思います。



初めはなんて難解なんだろうと思いました。12月31日と1月1日が年の区切りではないと理解したら、急に時の流れがイメージできました。グレゴリオ暦に慣れすぎただけで、これからはマヤ暦に親しんで、宇宙のあらゆるものと調和し流れを同調させて行動したいと思います。また、サイクルが大事であり、小さなサイクルが大きなサイクルの一部を成している、人と神の関係性と通じる部分がマヤ暦にあるように感じます。時は、円環で止まることなく永遠です。まさに流れそのもので掴むことができません。スピリットをマヤ暦で正確な時に合わせることが自然と同調することだと確信しました。本来、人は自然の一部であり何とも切り離されてはおらず、大いなる円環の流れの中にいます。美しいリズムでムーブメントできるように心身ともに浄化していきたいです。ポジティブな未来に同調し、光の存在として永遠なる時を旅していきます。



早見表の「聖なるナンバー」がマヤ数字で表記されていたので、とても気に入りました^^しっくりくるというか、うまく言葉にできませんが・・・見ていて落ち着きます。色使いもとても鮮やかなのですが、色にも何か意味があるのでしょうか?とにかく、また来年も毎日カレンダーを見るのが楽しみです!しっかりと「ポジティブなメッセージ」を受け取っていきたいと思います。



マヤ・カレンダーは、二元の世界に、宇宙の叡智が集約され表わされたものだったのですね!宇宙の叡智に身をゆだね、宇宙的存在として生きることは、宇宙的存在である生命にとって、どれだけ幸せなことかと思いました。これからは、宇宙やつながりある全ての生命に意識を広げていきます。



チャートポスターを購入したのは数年前ですが、ずっと壁に貼ってあります。飽きがこないです。いつも眺めるたびに新しい発見があり、あ〜こ〜だったのか〜!と納得しております。 何かアイデアが欲しい時にもカレンダーポスターを眺めていると、ピン!と来るものがあるから不思議です♪ デザインも素敵です。



自分の誕生月日を、生まれた年から7年ごとに導き出して、それぞれに意味を与えて並べてみました。来年の分も付け加えてみたり、吾が人生の変遷をゆっくりと味わう時間を持てました。魂の世界と地上に受肉したボディ、宇宙のめぐり。「内と外が渾然として同時に存在している・・・」、そんな印象を抱いています。あまり早急に意味を求めず、毎日太陽瞑想をし、マヤ・カレンダーの中に入らせていただく経験を積んでいこうと思います。



「その日が持つ意味は自分で解釈します」という言葉に、初めびっくりしました。読み進めるうちに気づいたのは、人から言われる事をただ受け入れていると、ともすると依存的になる・・・という危険性があるのではないか、ということでした。自分で解釈することは、自分の今日一日にコミットすることであり、それは自分の人生に主体的にかかわり、行動することに通じます。更に「ポジティブに解釈する」ことで、あらゆることに対し前向きに取組んでいく力となっていくと思いました。

太陽の力を受けて生かされている私達は、ハアブ・カレンダーより太陽の聖なる名前と意味を理解し、自分達自身のサイクルと宇宙の星との関係を理解するためツォルキ’ン・カレンダーの聖なるナンバーと意味を理解します。それらの組合せは18,993通りあり、52年間同じ組合せの日はないとのこと。52年というひとつの廻りに毎日違う日を味わうのですね。

52年間、どれも同じ日はないと気づきました。グレゴリオ暦に慣れていると、毎年自分の年齢と天気が違うくらいで、1月1日は元旦と、ほぼ毎年同じ日のように思っていました。マヤン・カレンダーを理解しようと努めると、今日という日、同じ日は二度と来ないのだと知りました。では、52年後に同じ日は来る。いえいえ、その時は自分自身が52年前の自分と違うから、太陽と星から違う影響を受けることでしょう。マヤン・カレンダーを知ろうとすると、一日一日が大切でいとおしくなる感触が生まれてきますね。マヤン・カレンダーを毎日身近に使い、感じていくことで、「私達が思いだすべき宇宙意識の中へ変換されてゆきます。次第に宇宙や自然界と調和した心、スピリット、ハートを取り戻すことにつながることでしょう」という言葉が真実だと分かります。今の私はそれを体験するために、毎日解釈をすることから始めなくてはなりませんね。