Hさん(男性)
やはりテキストで読むのと映像では、受け止め方が大きく違いました。レクチャーに参加してきて、最初にテキストで読んだ時点より、私自身の理解が進んだこともあるのかも知れませんが、DVDは、やはり濃いです。
最も印象的だったのは、最後にフンバツさんの「次に生まれてくるときは、世界を変えるためでなく、世界に美しさを与えるために生まれて来たい」という言葉です。欧米の現代文明に対するいくつかの異議の言葉と合わせて読み取ると、フンバツさんは世界に更新の機会を与えるために、今回の生を受けたと考えているように感じます。「マヤの古代の叡智を伝えるという仕事に幸福を感じる」という言葉にも表れています。創造主フナブ・ク’から与えられた使命として。
「三十にして立つ、四十にして惑わず」とは中国の先人の言葉ですが、「五十にして命を知る」すなわち「知命(ちみょう)」と続くようです。その歳を過ぎてなお、自らの使命を知らず、という思いが、年々深まっているこのごろです。「この世界に生まれてきたからには、なにかやらなければならないことがあったはず」と考え始めたのは、45才くらいのころからでしょうか。その命(めい=コマンド)は、確か、生まれる以前に自分でプログラム・ソースを書き込んだはずなのですが、F(ファンクション)キーを押しても起動しなくなってしまっていて、どうやらインターフェースの接触が悪いか、キーボードにポテチのカスが溜まったか、してしまっているようです。
カレンダーや性教育の話、また建築、絵文字、数字の意味など、どのテーマひとつを語っても、そこにはマヤのすべてが含まれるという言葉など、近・現代の教育で育ってきた私にとっては、意味深いものがあります。どのテーマでFキーが起動するか分ってませんが、どのテーマから入っていっても全体にいたるのは間違いのないことと思われるので、これからも深く触れていきたいと(だいじょうぶかなぁ、すぐ忘れてお酒のみに行っちゃうからなぁ)、決意を新たに(あまり力まない方が・・・)固めている(2、3日すると忘れちゃうからなぁ、この人)、・・・うるさいなっ!!、そんなこんなのこの頃です。でも、だれもが美しさを与えるため、だけに生まれて来られる世界ってステキです。