日本一周紀行  下津−川崎(1/5)  メーター : 36,337〜36,757キロ
8月26日 後半
19:37 瀬戸大橋
 まずは、橋の上で単車を止めて写真をとった。与島でいったん橋を降りた。 駐車場から橋を見直した。いつしか、月がかがやいていて、実に静かな雰囲気であった。 やがて、橋の下段に電車が走ってきた。
20:30 児島インター
 瀬戸大橋を渡り終えて、児島のインターで降りた。ルート436を再び走り始めた。 平坦な30号でなくて、児島湾沿いの県道を走り岡山市内から、2号線へ出て、備前市からは、 ルート250へ出た。静まり帰った海辺で町中の道を一定のリズムで走りぬいた。
23:00 赤穂城
 赤穂市内で、城跡を捜した。大手門のやぐらは、過去の出来事をさみしく静かにかたっていた。 ルート250は、姫路に近づくほど広く整備されている感じがした。
26:00 姫路
 なんとか、ビジネスホテルを見つけて、近くのコンビにで食料を購入した。ホテルの窓からは、 ライトアップされた白鷺城が、実に美しかった。城をさかなに、その日はビールを飲んで寝た。

8月27日
9:30 姫路グリーンホテル発
 ビジネスホテルに泊まると必ず仕事を思い出して、朝、早く起きてしまう。今は、 チェックアウトぎりぎりまで、ベットですごした。そして、清掃のおばさん達が仕事をしている中を荷物を持ち出した。 繁華街の中をルート2へ出た。後方には、姫路城が俺を見送ってくれた。
山陽 明石天文科学館 11:30 明石天文科学館
 瀬戸の海がちらちらと見える250号を走り、明石に入った。ここの天文台が日本の標準時間となっていることは、 周知の事実である。この事がなければ、平凡でのどかな町であろにと思った。 再び2号線に入り、ルート43に入ってすぐに、草にからまれた異様な建物が見えた。 そこは、甲子園球場であった。 高校野球も終わり、しずまりかえっていた。俺は、急に取り残されたような感覚を味わった。よし、 いそいで帰って、人生をかけられる仕事につかなければとも思った。 最後の地区である紀伊半島へ、向かうルート26号へ出た。おりしも、 新空港の建設のためにトラックが多かった。

山陽 明石天文科学館(8月27日)

14:00 堺
 遅い昼食を堺市内26号沿いのレストランで取った。、俺はタイヤについて、多少不安を数日前から考え出した。 バイク屋をさがしたが、町中の走りに注意するので、精一杯あった。とにかく、大阪はマナーが悪いと聞いていたからであるが、 さすがに車が多いので、都内と同様な感じであった。
15:00 岬町
 岬町から、県道を走った。ようやく、都会のざっとうから開放された感じがした。 ルート26から、42号線へ出るときに、和歌山城が美しく見えた。なんで、こんな所に美しい城があるのか、 疑問に思ったが、ここは、紀州徳川家の居城だと初めて知った。
17:30 有田
 車が多い和歌山市内をぬけたら、海沿いのツーリングに良いコースを走った。 瀬戸内が見える高台でやすんだが、地元のおじさんが話かけてきた。元教師という初老の人は、 教育問題について話をした。海南市から、ルート42へ出た。そして有田から、脇道に入った。
18:10 湯銭町
 狭い道でみかん畑や民家の中を走り、ユースに着いた。ここのおかみさんは、やさしい方で、 俺のために別の部屋を用意してくれた。風呂に入ってから、いろいろと話をした。そして、 うるさいお客が来るまえに、ベットに入った。しばらくして、ドンドンと戸をたたく音で目覚めた。 別に、お客が来るのであった。なんと、俺はだれも来ないといったので、部屋に鍵をかけていたのであった。 その人は、パラグライダーであった。その人も昔は、バイクに乗っていたが、今では、 バイクにあきてパラを始めたとの事であった。そんな話をして、その日は眠った。 別の部屋では、宴会で盛り上がっていた。


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