日本一周紀行  九州(1/4)  メーター : 31,671〜32,305キロ
8月14日
15:30 巌流島
 関門トンネルを抜けて、すぐに船島を捜した。狭い関門海峡に浮かぶ島をみつけた。 今は、ひっそりとした川の中州のようであった。船がわきをいきかっているのが多かった。 昔、この場所で決闘があったというが、確かに両岸からよく見える場所である。さぞかし、 見物人が多かったのではないかと感じられた。
16:00 若戸大橋
 199号を走って行くと若戸大橋のゲートに入った。そこで、料金所の人が、気軽に話かけてきた。 その人の息子さんは、静岡のヤマハに勤めているとのことであった。おそらく、 ヤマハに乗ったツーラーは、みんなあの人に、話しかけられるんだなとも思った。橋を渡り、 玄関灘からの強い風の中を走った。
19:00 志賀島
 志賀島へ渡る前の道は、渋滞していた。一番狭いところでは、すごい風がふいていた。 志賀島を一周して、沈む夕日をゆっくりと眺めて休んだ。雲がかすかにあり、 海面に沈む夕日は見れなかった。
21:00 太宰府
 3号線の定食屋で、夕飯を食べて太宰府にあるユースに着いた。もう、食事も終わっていて、 人がうろちょろしていた。そして、なかなか主人は現れなかった。しばらくして、 ヘルパーの人が来て、部屋に案内してもらった。さすがに、九州の玄関口にあるユースである。 その中に、リッター鳥龍茶をかぶ飲みしていた小太りの若者と、旅の話を始めた。 すぐに、数人の輪ができて、旅の名所等について話が始まったが、話半分に聞いていた。 そのうちに、独り二人と寝てしまって、俺もいつのまにか寝てしまった。

8月15日
6:00 太宰府天満宮
 このユースで、名物となっている早朝参拝に出かけた。さすがに、 人が少なくすがすがしい参拝となった。おみくじも1番大吉であった。帰って、朝食を食べたが、 以外と韓国の人が多いのに驚いた。荷物をまとめて、ユースを出るときに、 ここでも白い犬が見送ってくれた。再び3号を福岡市内へ向かった。市内で、202号へ出て今宿から、 海沿いの道へ入った。
九州 204号線 11:00 虹の松原
 再び、202号に出て、虹の松原へ出て鏡山へ登ったが、チェーンがはずれてしまった。 また、どっと汗をかきながなコーナーの手前で、修理した。鏡山へ登るのは止めてて、唐津市で、 バイク屋を捜したが、すべて休みであった。204号へ出てからもバイク屋を捜したがなかった。

九州 204号線(8月15日)

九州 イロハ島 13:30 イロハ島
 高台の道を走っていると眼下に、無数の島が見えた。海のほうへ向かうカーブが、 気持ちよさそうであったが、断念した。悪いことに、クラッチのペタルがはずれて、 ギヤチェンジができなくなり、修理した。伊万里市より、202号へ出て佐世保へ向かった。 途中のラーメン屋で、トンコツラーメンを食べた。実に、おいしかった。
そこで、例の学校石川の高校野球を見た。

九州 イロハ島(8月15日)

15:00 佐世保市
 35号に出て、佐世保市内へ出た。ようやく、丸吉モーターサイクルというバイク屋があったが、 主人がいなかった。しばらくして、店主が戻ってきて、チェーンを交換してもらった。 これで、安心して走れるようになった。赤崎の高台より、佐世保湾を見下ろしら、 フェリーが出航して行く姿が見えた。今晩は離島に泊まろうと決意した。
17:30 フェリー乗り場
 相裏という小さな街の堤防上に、そのフェリー乗り場があった。お盆なので、帰省客賀多かった。 待合室のある小さな小屋の手前のスーパーで、食料を購入した。
18:00 出航
 佐世保沖の夕日を見ながら、フェリーはゆっくり桟橋を離れた。途中の島には、 出迎えの人達が、高台からフェリーを見下ろしていた。その姿と夕日がかもしだす風情に俺は、感動した。
19:30 黒島キャンプ場
 フェリーの最終点ある黒島に着いた。そして、船員のおじさんに明日の出航時間を確認して、 キャンプ場へ向かった。キャンプ場では、島の若者たちが同窓会のバーベキューをしていた。 宿泊料を払おうとしたら、ここはただですからといわれた。風が強いので、 テントを張る場所を捜すのに苦労した。やっと簡単な夕食を終えた俺が、くつろいでいると外に、 点滅する光を見つけた。なんと、ホタルである。こんな、離島にもホタルがいるのかと不思議であった。


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