日本一周紀行   青森−川崎(3/5)  メーター : 27,569〜28,103キロ
7月30日
7:30 象潟キャンプ場出発
 ひさかたのキャンプの朝は、やはりはやかった。本城君も起きたようで、 これから朝飯を作るといっていたら、彼のテントに野良猫が、侵入しそうになっていた。 あわてて、彼は、猫を追いかけていた。これから、猫や犬には注意しようと思った。 管理人が来る前に、俺はキャンプ場をはなれた。
東北 奈曽渓谷 8:30 鳥海山
 昨日の夕日をあびた山へどうしても、行きたくなった。鳥海ブルーラインを走った。 数日ぶりの山道であり、雲のない山へ登って行った。海はあまり見えなかった。その代わりに、 山はきれいに見えた。今日の予定は、山見学と決まった。やはり、山形は山を見るべしと思った。 ブルーラインの途中で、山形と秋田の県境が記してあった。また、 高度が下がるにつれて多少暖かく感じた。
東北 奈曽渓谷(7月30日)

ただ、やはり体は、だるかった。 キャンプの後は、睡魔はないがだるさあるなとも感じた。キャンプとは、結局、 眠気のみとるものであるとも感じた。しかし、眠気ほどツーラーにとっては、危険なものである。 いつ、ボーとしたときに、危険が襲ってくるかわからないのである。
9:00 酒田市
 数年前、大火があった市内は、まるで整備されたばかりの新しい町となっていた。 この町の火災のおり、火事場泥棒が横行したと友人から聞いたことがある。しかし、 今の町は静かである。人間の心理とは、いつ狂うかわからいことと戦国時代の落ち武者狩りを想像しながら、 整備された町を走った。
9:30 鶴岡市
 この町は、幼少の頃に数回訪れた。あの頃よりも殺風景に感じられた。
東北 月山 11:00 羽黒山入口
 人気がまだないレストランがあったので、入ってみた。なんと、ジンギスカンではないか、 何で霊山の中に肉料理のお店があるのか、多少とまどったがしかたなく食べた。でも、 さすがにボリュームがあった。空腹でたまらなかった俺にとっては、 ひさびさの満足感を味わうものであった。

東北 月山(7月30日)

東北 月山 13:30 月山
 食後、出羽三山の一つである月山に向かった。この道は、途中でダートになって、 久々の林道気分をあじわえた。木々や道幅が狭いうえに、上り下りの道が多く、 車も多い危険度の高い道でもあった。しかし、八合目の駐車場からの景色は実に山形らしいものであった。 つい数時間前に、いた鳥海山からは、雲がたなびいていた。景色も美しいが、 この山に登る人達も異様である。巡礼姿の年配の方がいると思えば、スキーを持った若者もいる。 不思議な世界でもあった。

東北 月山(7月30日)

東北 月山 14:30 羽黒山
 来た道を戻り、羽黒山にある神社に向かった。ここには、エンノ行者の像があり、 幼少のおり祖母と共に来たことがあった。そして、山頂にある社へ詣でて、その後、 山の下にある門前町へバイクで移動した。そこから、五重塔へ行くのが楽だからである。 幼少の頃は、ここへ来るのがえらく大変だった記憶が思いだされたからである。階段をおりて、 塔の側まで行くとそこで、ふとどきにも立ちションをしているおっさんがいた。 何というおっさんだと思いつつ気分をとりなおして、そのあたりをさんさくした。

東北 月山(7月30日)

一通り滝や社を見て、最後に本堂に向かう長い階段を目の前にして、 そこから引き返して下った階段を登った。ちょうど塔のある場所は、谷間にあるのであった。 しかし、バイクにもどってみるとなんと、グローブがないことに俺は気がついた。ここまで、 つらさをともにした物である。さんざん迷ったあげくに、長い階段を降りて、歩いた道を捜した。 そしたら、塔の近くの小川で、グローブは泳いでいるではないか。まして、 さっきのふとどきなおっさんが、あれをしていた付近である。おおきなショックを俺は受けてしまった。 結局、本堂へ行って帰って来たと同じ疲れを感じてしまった。 そして、門前町の坊を横目にゆっくりと愛車をころがした。ふと、さっきのおっさんは、 肉を食べたをふとどきな俺を叱るために、現れたエンノ行者ではと思った。
15:00 再度、酒田市
 ルート47号から、酒田市に入った。そして、海沿いの道を温海温泉まで、 走ったがなぜかひっそりとしていた。やはり、多少天気がわるいせいもあったと思う。 そして、今日は鶴岡ユースへ向かった。
16:30 鶴岡ユース
 7号線わきの小高い丘の上にユースがあった。芝生に単車が、数台俺を迎えた。 その中の一台は、セローでありユースの従業員のものであった。さて、他の単車のオーナーは、 やはり目的は東北であった。いままで、よかった所を色々とおしえてやった。また、 このユースは実に面白い建物であったが、従業員が一人なので、食事は多少落ちると思った。

7月31日
9:00 ユース発
 ユースの朝、朝食の後かたずけをしてたユースで働くセロー乗りに、山寺への道を聞いた。 セローのぐあいはどうかたずねたら、坂道で向かい風だと100キロもでないと嘆いていた。 その後で、同室の二人の写真をユースの前で、写した後に一足さきに出た。ルート7号を鶴岡へ戻り、 ルート122号を南下した。そして、川沿いのカーブの続く道を走っていると右手に、 湯殿山の入口があった。出羽三山の最後のひとつなので、立ち寄ることにした。雨まじりの霧が、 山をかこんでいた。途中の駐車場で単車を降りて、バスで登山口の入口をめざした。そこから、 歩いて山頂まで登った。ここも、やはり霊山である。白い巡礼姿のひとが多かった。しかも、 なかには月山からの帰途の人が、涙をながして感動している姿が特に印象的であった。
 バスに乗り、駐車場へ戻るとユースで同屋だった広島から来たラインダーのスパが止まっていた。 彼は、そば好きで温泉好きである。おそらく、ここの温泉へ入ったのだろうなと感じた。
11:30 そば屋
 六十里越街道途中で、右側にあったそば屋に、がまんできずに入った。そのそばをたらふく食べた。 その後、寒河江市から天童市へ出た。天童は、将棋の駒の町であるが、温泉地でもある。 風情のある割烹旅館が俺を魅了した。
東北 立石寺 12:30 立石寺
 俳人芭蕉の歌でも有名な寺である。しかし、山寺の門前町は、美観をそこなうものであった。 美観を損なう町なみをみて、非常な悲しみを感じてしまった。 自分たちさえよければいいのかとメットの中で叫ぶようにその場を去った。 時間があったので、蔵王へ向かうことにした。西蔵王高原ラインを走った。 実にきれいで車がすくなくひさびさに気分は、そう快であった。

東北 立石寺(7月31日)

14:30 蔵王
 蔵王に着いて、すくに電話ボックスを捜した。そして、スキー場にあるボックスから、 宿泊先を選び予約を取った。このスキー場は、雰囲気がよかった。 きっとスキーにきたらいいだろうなと思った。その後、エコーラインの付近の林道をめざして走っていると突然、 バイクを倒した人がいた。その人は、駐車場の砂利でこけたらしかった。 その人を囲むようにターンして、愛車を止めた。なんと、セローであった。 だいじょうぶかと訪ねたら、バイクも体も大丈夫であったらしい。はじめは、美少年と思っていたが、 じつは女性であったので、驚いた。キャンプ場を捜していたのであった。俺も、よく知らないので、 この辺ではないかと言った。そして、先に単車を走らせたが、どうも道を間違えたみたいであり、 急いで、引き返したら、さっきのセローとあった。とりあえずに、途中までいしょに走った。 女性ライダーとは、実に走りずらいなと感じた。店の前にて、 単車を止めてそこの店で聞いてみたらと言ってその場で分かれた。それからの俺は、 カーブの続くエコーラインをおもいっきり走って、林道を捜したが入口は通行止めになっていた。 しかたなく山頂をめざしたが、残念ながら山頂にはガスがかかって、何も見えなかった。
17:30 寒河江市
 上山市から、山形市の西側を走り寒河江市の町中にある温泉宿に向かった。 本当に町の旅館であった。その宿の温泉で、今日の疲れをとり、 明日の朝日スーパー林道のルート確認をした。


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