04:00 青森湾の朝日
高野崎には、キャンプをしている人達が多くいた。みんな、いびきの大合唱であった。
多少、俺も眠気がさしたが、この天気を無駄にはできないと思って先を急いだ。
06:30 竜飛岬
津軽半島の先端である竜飛岬に着いた。
そこで、早朝から商いしているおみやげ屋さんには、驚かされた。しかし、
それ以上に吉田松陰先生の詩碑が何故、ここにあるのかと不思議であった。その碑の崎には、
昨日までいた北海道が津軽海峡をはさんで、奇麗に浮かび上がっていた。
地図上ではたいしたコーナーに思えなかった龍泊ラインに入った。
そのくねくねしたコーナーは、北海道の直線にあきた俺を熱くするには、充分であった。
さらに、美しい道が、ようやく海岸道路となるところには、待っていたいたように七ッ滝が俺を出迎えてくれた。
09:00 ベンゼン湿原
やがて、海岸通りから少しずつはなれて、屏風山広域農道へ入った。そして、途中で、
ベンゼン池へと向かった。そこは、正しく原野であった。北海道にもこんなひどい原野は、
なかったと俺は思った。また、名も知らぬ沼の草を取っただけで、罰金を取るという看板にも驚かされた。
その後、国道101号線に出る手前で、しばしの休憩を取った。しかし、天気が徐々に悪くなり、海岸通りは霧雨であった。
12:00 十二湖と日本キャニオン
霧雨の中、無意識の感覚で単車をころがす俺の目の前に、突然、日本キャニオンという看板が入った。
ふざけた名前だと思った俺は、どんなものか興味をそそられた。十二湖と呼ばれる池をバックに写真を写しまくった。
ひと段落ついて、観音像があるせせらぎから、
ゆげが出ているの気がついた。気温が低いのかと思いつつ目的のキャニオンめざして、山登りを始めた。
途中、引き返そうと何度も思った。そしたら、全方の木々が開けた。そこで、タバコに火をつけて、
下を見下ろした。しかし、霧で何も見えなかった。何のために、
ここまで上がって来たのだろうと多少がっかりした。そこで、柵を越えて、谷のぎりぎりまで行った。
そしたら、そこには青白いキャニオンがあった。しばらく、見とれていると親子づれの観光客がきた。
お父さんは、しっかりビデォを持って、写しまくっていた。そこで、
俺は「ここからのほうが奇麗に見えますよ」と教えてあげた。ところが、
そのお父さんは、写すことに熱中して、子供に早く行こうよとせがまれるありさまであった。
山を降りた俺は、キャニオンの下へ行く道を捜したが、残念ながら見つからなかった。
13:30 能代市
国道7号線へ出る手前で、ようやく雲が晴れた。そして、カッパをぬいだ。そして、八郎潟の手前で、
男鹿街道へ出た。潟を左手にして、晴れた農道を走った。
16:00 寒風山
百川の町で、寒風山と矢印があったが、細い道なので地図上で明確なルートをとるために、
数キロ走った。そして、広い道を選んで、寒風山に登った。山頂では、八郎潟と船川港が、一望できた。
また、展望台ではパラグライダーをするグループがいて、パラシュートに風を受けて、
山すそへ飛んでいて、それを見学する人達でうめつくされていた。その雰囲気に、
俺はやってみたくなった。おそらく、この旅が終わったら次の目的は、
このスポーツにチャレンジするのではないかとも思った。しかし、
この山はなにか悲しい出来事があったらしい。おそらく、以前に大噴火があり、
多くの尊い命を奪ったのであろう。かたわらの石碑には、後ろを振り向くひまもなく逃げたような歌が、残っていた。
16:40 男鹿温泉湯元ホテル
寒風山から、下りのコーナーをとばして、走っていると染川城跡に出た。
戦国時代以前の豪族の城らしく砦という感じであった。ひさびさに、
日本海に沈む夕日が見たいと思って海辺へ向かったが、道に迷ってしまった。
そこで、あきらめて八郎潟の手前で予約したホテルに向かった。しかし、途中でつぶれたホテルを見た。
こんな観光地でも、やはり経営的に能力がない人が、作ったホテルはつぶれるのだなと思った。
そして、ようやく湯元ホテルに着いた。湯元のわりには、あまり大きなホテルではなかった。
そして、バイクから荷物を降ろしているとレンタカーに乗った外人が、数人現れた。彼らは、
片言の日本語を話していた。どうやら、ドイツから来たらしい。こんな、ホテルにも外人が来るとは、
日本も世界的な観光地になったものだなと俺は思った。やがて、なかいさんに案内されて、
部屋に入った。その後、すぐに温泉へ向かったが、単純泉らしく残念であった。でも、
この長い一日の疲れが、どっと出た。夕食の海草と言われる不思議な料理が、
妙に気に入ってしまった。海草の他に、正式な名前があるだろうと何度も聞いたのだが、
帰ってくる答えは、海草であった。食後、再び温泉へ行って帰ってきたら、
平安絵巻に出てくるような布団が敷いてあった。その柔らかい布団へ入った後の記憶は、全然なかった。