11:30 クッシャロ湖
12:00 モケウニ湖
小さな湖であったた。ロシア人らしき外人が、ガイドをつれてやって来た。
話しかけられたので、いそいそとその場所を逃げ出した。でも、
外人の持っていたカメラのアングルは、俺を確実にねらっていた。
13:00 宗谷岬
とうとう来たと思った。岬の海には、不思議なことにハヤの大群が、たわむれていた。
13:30 稚内
銀行で、お金を引出したら、ひどい雨がふりだした。そして、ノシャプ岬へ行くとそこには、
ライダーがつぎつぎと写真を取っていた。もううんざりして、その場を去ったのであった。
稚内から、西海岸を走ると右手に、へんな岩があった。その岩の伝説から、ふと面白い考えが、
頭に浮かぶのであった。アイヌの伝説のひとつであるらしい。昔、
宗谷と天塩のアイヌの部族間戦争があった時、礼文の部族が、宗谷の応援として、
戦士を派遣したのであった。その中のひとりが、宗谷の娘に恋をして、やがて子供が生まれた。
しかし、その若者は、礼文に帰ってしまった。その若者を思い女性は、毎日礼文を見ていたら、
やがて、岩となったとの事である。この民話は、実に悲しい話であるが、
俺は別の観点から考えられると思った。アイヌの民族は、本土の支配を受けていた。
そのため支配される者が、考えるなかに、自分たちよりも悲しい主人公を作り、
現実の生活がまだよいように、暗示させる話であるのではないかと思った。
まあ、寒い地域で貧しい生活をする人たちの話でもあるようにも思えた。
西海岸は、なかなか変わった風景をかもしだしていた。緑と黄色のジュータンの中、
一本の道路が走っている。
15:00 サロベツ
原野に着いて、展望台の上から、その全貌を見渡した。北海道のなかで、
自然が広大に残っていた。本当の原野であった。
18:30 民宿 岬よこ山
羽幌町に着いたら、急に雨雲が切れて太陽が顔を出した。そして、静かな岡の上に、
この民宿はあった。ここでも、毛蟹が出てきた。でも、毛蟹はやっぱり味噌味のついたものが、
良いなと思った。また、部屋がちょうど海辺のそばで、わきのサンセット公園と夕日がきれいだった。
ちょうど天売島と焼尻島の中に沈んで行くが見えた。
7月23日
08:30 出発
民宿を出る時、クーポン券をもらった。しかし、天気はあまりよくなかった。
でも、霧立峠までは、雨は降らなかった。しかし、山には雲がすごいスピードで、流れていた。
09:45 朱鞠湖
湖畔に着いて、ダムのそばの展望台から、湖全体を見たが、
やはり人工湖らしい楓の葉のようであった。また、水位がひくいので、
草木の生えない湖底の一部が島のように、浮かび上がっていた。ただ、
ダムの放水のため展望台が揺れていたのが、怖かった。
帰路の途中で、スタンドがなくてやもなく幌加内町まで、走ってようやく給油した。
そこで、ルート検討するライダーに、宗谷への行き方を教えた。
10:50 ローソク岩
創造していたローソク岩らしくなかった。増毛町では、多少疲れたので、
2時間ぐらい休憩をとってしまった。浜益村より、壮士峠を経て滝川市を横切り、
芦別から富良野市に入った。うわさのYHへ行ってみたが、その前にはバイクがずらりと並んでいた。
18:00 民宿 ふじ峰荘
なんと、夕食は隣の天ぷら屋で食べさせられた。用意が間に合わなかったらしい。まあ、
今回は、30分前に電話して、来たのだからしかたがないと思った。お店で食事をして、
帰って部屋を見たら、ひどかった。まるで、ふとん部屋である。しかし、この辺は冬になれば、
スキー客でいっぱいなるのであろうと感じた。しかし、西武系のスキー場らしく、冬に来るなら、
西武のホテルが一番であるらしい。また、例のYHもいい場所にあると思った。