日本一周紀行   北海道(6/8)  メーター : 24,551〜25,348キロ
7月22日
09:00 民宿出発
 女将が、出がけに稚内までは雨は降らないでしょうと言った。そして、 女将の親戚親子に見送られて、出発した。
10:30 神威岬
 なんと、地図上にまた神威岬があった。あまり、 期待せずに行くと全方に細い雲がたなびく神威岬が現れた。 実に神秘的で、オホーツクにせり出していた。
北海道 クッシャロ湖 11:30 クッシャロ湖
 白鳥の湖で有名らしいが、東岸の湖畔は観光地化されて、 あまりよくなかった。がっかりして、西岸に来たら、そこには、自然があった。 牧草地の中から、湖畔の少々枯れた林が、北の厳しさを教えてくれた。

北海道 クッシャロ湖(7月22日)

北海道 モケウニ湖 12:00 モケウニ湖
 小さな湖であったた。ロシア人らしき外人が、ガイドをつれてやって来た。 話しかけられたので、いそいそとその場所を逃げ出した。でも、 外人の持っていたカメラのアングルは、俺を確実にねらっていた。

北海道 モケウニ湖(7月22日)

北海道 宗谷岬 13:00 宗谷岬
 とうとう来たと思った。岬の海には、不思議なことにハヤの大群が、たわむれていた。

北海道 宗谷岬(7月22日)

13:30 稚内
 銀行で、お金を引出したら、ひどい雨がふりだした。そして、ノシャプ岬へ行くとそこには、 ライダーがつぎつぎと写真を取っていた。もううんざりして、その場を去ったのであった。
 稚内から、西海岸を走ると右手に、へんな岩があった。その岩の伝説から、ふと面白い考えが、 頭に浮かぶのであった。アイヌの伝説のひとつであるらしい。昔、 宗谷と天塩のアイヌの部族間戦争があった時、礼文の部族が、宗谷の応援として、 戦士を派遣したのであった。その中のひとりが、宗谷の娘に恋をして、やがて子供が生まれた。 しかし、その若者は、礼文に帰ってしまった。その若者を思い女性は、毎日礼文を見ていたら、 やがて、岩となったとの事である。この民話は、実に悲しい話であるが、 俺は別の観点から考えられると思った。アイヌの民族は、本土の支配を受けていた。 そのため支配される者が、考えるなかに、自分たちよりも悲しい主人公を作り、 現実の生活がまだよいように、暗示させる話であるのではないかと思った。 まあ、寒い地域で貧しい生活をする人たちの話でもあるようにも思えた。
北海道 宗谷岬西海岸  西海岸は、なかなか変わった風景をかもしだしていた。緑と黄色のジュータンの中、 一本の道路が走っている。

北海道 宗谷岬西海岸(7月22日)

15:00 サロベツ
 原野に着いて、展望台の上から、その全貌を見渡した。北海道のなかで、 自然が広大に残っていた。本当の原野であった。
18:30 民宿 岬よこ山
 羽幌町に着いたら、急に雨雲が切れて太陽が顔を出した。そして、静かな岡の上に、 この民宿はあった。ここでも、毛蟹が出てきた。でも、毛蟹はやっぱり味噌味のついたものが、 良いなと思った。また、部屋がちょうど海辺のそばで、わきのサンセット公園と夕日がきれいだった。 ちょうど天売島と焼尻島の中に沈んで行くが見えた。

7月23日
08:30 出発
 民宿を出る時、クーポン券をもらった。しかし、天気はあまりよくなかった。 でも、霧立峠までは、雨は降らなかった。しかし、山には雲がすごいスピードで、流れていた。
09:45 朱鞠湖
 湖畔に着いて、ダムのそばの展望台から、湖全体を見たが、 やはり人工湖らしい楓の葉のようであった。また、水位がひくいので、 草木の生えない湖底の一部が島のように、浮かび上がっていた。ただ、 ダムの放水のため展望台が揺れていたのが、怖かった。
 帰路の途中で、スタンドがなくてやもなく幌加内町まで、走ってようやく給油した。 そこで、ルート検討するライダーに、宗谷への行き方を教えた。
10:50 ローソク岩
 創造していたローソク岩らしくなかった。増毛町では、多少疲れたので、 2時間ぐらい休憩をとってしまった。浜益村より、壮士峠を経て滝川市を横切り、 芦別から富良野市に入った。うわさのYHへ行ってみたが、その前にはバイクがずらりと並んでいた。
18:00 民宿 ふじ峰荘
 なんと、夕食は隣の天ぷら屋で食べさせられた。用意が間に合わなかったらしい。まあ、 今回は、30分前に電話して、来たのだからしかたがないと思った。お店で食事をして、 帰って部屋を見たら、ひどかった。まるで、ふとん部屋である。しかし、この辺は冬になれば、 スキー客でいっぱいなるのであろうと感じた。しかし、西武系のスキー場らしく、冬に来るなら、 西武のホテルが一番であるらしい。また、例のYHもいい場所にあると思った。


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