日本一周紀行   川崎−青森(3/3)  メーター : 20,378〜20,806キロ
7月11日
08:30 おおぎ屋出発
 途中までは、昨日と同じ道を走った。しばらくして、日鉄工業が見えたときは、 あまり期待する景色は、見られないと思った。まして、岬へ向かう道は、 牧草地を通りゃなきゃだめだとわかり、一時ちゅうちょした。それは、牧場への入口は、 遮断機があり手でスイッチを押さなければならなかった為である。 でも、好奇心のほうが勝ったらしく中に入っていった。しばらく行くと、 牛がダートの中で草を食べていた。あんなのに、ぶつけられたら大変だなと思って、 音をおさえてソロソロと走った。一瞬、牛がにらんだときは、どきっとした。
東北 尻屋岬 10:00 尻屋岬
 雲の切れ間に、白い灯台と牧草、それに牛や馬の姿は、感動そのものであった。 しばらく、ここでゆっくりしたいと思った。しかし、雲のようすがどうもよくない。 今日の目的地まで、少々不安なので後ろ髪を引かれる思いで、尻屋岬を後にした。
東北 尻屋岬(7月11日)

10:30 斗南藩遺跡
 尻屋岬へ行く途中に、この遺跡を発見した。そして、斗南藩とは、なにか知らなかった。 それは、戊辰戦争によって移封された会津藩であった。しかも、3万石の領地であり、 開墾と自然との戦いであったらしい。また、火災もけっこうあったらしい。でも、結果は、 廃藩置県によって、すぐに失われてしまうことが、とても、わびしさを感じさせるものである。
11:30 恐山
 名前に、恐怖を抱いていたが、実際の景色は、その美しさに見とれてしまった。そして、 昨年亡くなった祖父母の思いを一時的に、思い出した。出口にて、 ここの温泉はいいよと藤沢から来たおじさんに、言われた。でも、天候が良くなかったので、 すぐに出発した。後日、北海道の知人より、ここの温泉は、よくあれが出る聞いて怖くなった。 その話は、冬場、この場所には、管理人が独りだけとなるのだが、 なぜか温泉に数人の人が入っているとのことである。
 恐山を後にして、あずなろラインを走った。薬研温泉への別れ道に出たが、 天気が気になり、またもやパスしてしまった。再度、国道279号線へ出て、 昨日の宿泊先を通ったが、雨によって、路面が濡れていた。
本州最北端 大間崎 13:30 大間崎
 いよいよ来た本州最北端である。しかし、その碑前には、おみやげさんが、 数件あったのが、残念であった。やはり、ここも観光地なのだなと感じるのであった。 でも、津軽海峡の波が、ぶつかりい沖の島へ交互に進んで行く感じは、美しかった。

本州最北端 大間崎(7月11日)

 大間のフェリー乗り場へ行ってみたら、数時間待たなければならないとわかったので、 ここから、北海道へ渡るのはあきらめた。国道338号線を走ったら、途中工事をしていて、 ダートがかなりあった。願掛岩へ出たので、とりあえず願をかけた。さらに、道がコーナーコナーしてきた。 そして、山の上は雲がかかってきた。やがて、霞が回りを囲んだ。そして、霞が切れたら、 そこに仏ヶ浦の看板があった。
東北 仏ヶ浦 14:30 仏ヶ浦
 看板から、すぐに駐車場があった。後から来た車があり、老夫婦に話かけられた。 定年し、自由な旅行をしているとのことであった。老夫婦と分かれて、先に坂をを下った。 途中には、薄緑色の岩が、ニョキニョキしていた。降りながら、きっと帰りはきついなと思った。

東北 仏ヶ浦(7月11日)

東北 仏ヶ浦 約20分くらいで、緑に囲まれた所へ出た。海も山も全てが、緑を基調にした景色であった。 これは、遊覧船に乗らなければと思い停泊中の船に行ったら、ここには、戻りませんとのことで、 残念ながらあきらめた。ただ、美観を汚さないように、全て配慮していることに、感動した。 帰りは、やはり苦しかった。
 霞を経て、別世界に来た感じがした。今回の旅では、ここの景色が最も美しかった。 日本国中で、この美観は他にはないと思う。

東北 仏ヶ浦(7月11日)

 国道338号線は、実に国道らしからぬダートの連続であった。 特に、海峡ラインは数十キロものダートであった。でも、やがてはここも舗装されるなと思うように、 工事がされていた。途中、パトカーが川内ダム方向へ行ったが、あとで、再会した。 なんと、県道のほうが、舗装されているようであった。はまなすラインは、 全ての車がまた高速道路のように、走っていた。夏泊崎へは、雨のせいで断念した。
 19:30 青森フェリー乗り場
 青森市内へ再度出て、レストランを捜したが営業してなかった。 そして、戻ってカレーライスを食べた。
 22:15 函館行きフェリー乗船
 カンビールを飲んで、仮眠する。


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