日本一周紀行
PROLOGUE
一日で、俺と愛車TDR250は、どこまで限界に耐えうるかをテストするため、九
州へツーリングに行った。初日は、川崎の自宅から、熊本の牛深市(天草)までの区間を走った。距離
約1,500キロを仮眠2時間取ったが、およそ 36時間かけて、走行した。
まず、ガタがきたのは、何とバイクや体力でなくメットであった。シールドを止めるねじが、高速を
走っている途中で落としてしまった。しかたなくガムテープにて、補強して、大阪の市街地を抜けたあ
たりで、高速を降り、六甲付近のショップにて、メットのねじとオイル等を購入した。ところが、当初
の予定では、全て高速を使う予定であったので、道がわからなくなり他県の車を探しては、その後を追
跡して、何台目がで高速に出られた。
その後、熊本インターにて、高速を降りて阿蘇山の火口を見学に行った。そして、山を見たら海が見
たくなり有明海を見て、知人のいる牛深市(天草)へ向かったが、残念ながら住所がわからずに、会え
なかった。しかたなく、その日は、牛深市内のホテルへ泊まった。
これ以降各地をふらふらして、宮崎の日向市から、川崎迄のフェリーの中で、つくづく反省した。な
んと無計画な旅であろう。せっかくの旅を俺自身は、充分に楽しんでないのではないか。もう少し、準
備して、出掛けるべきではないかと思った。おそらく、全て高速を使えば、九州最南端佐多岬まで、1
日で行けるであろう。そうすれば、より今回の目的を達成出来たのではないかとも思った。
この不快感と船旅の暇な時間が、俺を日本一周ツーリングへ、かき立ててしまった。そして、1991年
7月7日(2週間後)、川崎の自宅から、この紀行は始まる。
耐久(九州 佐多岬)