真理と現実を隔てるもの
真理の意味を解き明かすのは哲学でしょうか?、宗教でしょうか?、更にはあなたにとって真理とは何ですか?といった質問を不特定多数の人に問いかけてみたら、どんな反応や答えが帰ってくるでしょうか。想像してみましたが正直なところ見当がつきません。でも常識的に真理イコール宗教という印象が強いとすれば、自分とは関係ないとか、関心がない、という返答が多いのではないかと予想されます。その反応の陰には、的確な言葉にして表すことが難しいという、真理の特質があると考えられます。
それ故、概ね真理とはもともと曖昧で漠然としている、それが普通であり常識であるという結論に至ります。でもそうあり続ける事は、人類全体が共有できる普遍的真理が明らかになることは、これからもないという事と同じです。 そして真理の理解や解釈の尺度が人それぞれに違っても、それは社会全体にとっても個々にとってもデメリットではない、となれば、はたしてそれは求めるべき時代の方向性に沿うことなのか疑問です。そこで、ウィキペディア(wikipedia)で「真理」を検索してみました。
・・・ 〜 ・・・は、「真理」を説明するウィキペディア内記事の一部です。
・・・ 現実や事実と異なり、真理とは妨害・障害としての錯誤・虚偽を対義語としており、露わにすること、明らかさ、隠れなさをニュアンスとして持つ。この観点からいえば、他のものと取り違えられもせず、認識の過程で歪曲されもしていない、ということが意味的な核心にある。・・・
とあります。 さすがに哲学的解釈は少し難解ですが、何度か読み返してみると、ことばに表現するのが難しいところをうまく説明しているという感想を持ちます。 更に宗教面の説明は下記のようです。
・・・ 同様に宗教や芸術、道徳などで、信念や感動の原因や対象であるという意味合いでも用いられる。この場合、表面的な現象や心理を支配する内的な、奥深くに隠された原理という意味になる。(中略)
あるいは実在性を意味することもある。たとえば「神が真理である」という場合、「神が信じられている」というだけでなく、「神が 実在する」ということをも意味する。
または人間を自由にするものとしての真理が説かれることもある。仏教においては、人間を苦しみから解放する真理をあらわ す「法」が説かれる。キリスト教では、「
真理はあなたたちを自由にする(ヨハネ8・32) 」 と説かれている。 ・・・
上記の説明は、とても丁寧という印象があるので、そこに自分の考えを補足するのは高慢のようですが、検索した説明を参考にしながら、私が考える真理についてまとめてみました。
私たちが現実生活の中で、事実として認識を深めている事と、真理の意味は少し違う。そして真理とは、私たちの常識や干渉を超えたところに基点を持つからこそ、普遍的である。そして真理は全く隠れようもなく明らかに現実の中で常に働きを成して いる。つまり裏も表もないという絶対的法則であり働きでもある。
そして宗教的解釈をそこに加えれば、真理とは宇宙という存在を支える働きの根源とメカニズムであり、宇宙に存在する生命 の原理でもある。そして永遠の生命(神仏)とは、至高の理想でありながら、、人間としての生命を生きた存在でもある。それ が神と人間をつなぐ真理である。
少しややこしい言い回しになりましたが、どんなに時代が変わっても、最終的には真実しか残らない・・・ 宇宙の真理とはそうしたものではないでしょうか。 そして真理の顕現を覆い隠す障壁とその原因は私たちの心の中に存在するようにありますが、それさえも、本当は存在しないというのが、真理の中の事実かも知れません。真理が語る可能性はとても信じられないレベルであると実感するのが現実ですが、宇宙には地球人類のような段階を経て、理想とする地上天国を成就させた先輩星が数多存在するという説もあるのですから、私たち人類の可能性にも希望は残っています。
その未知数な希望を開くためにも、地球の先輩星の人々の高い精神性に学ぶことは有益であり、高次元の応援を得ることにつながるという教えもあります。
真実の理(ことわり)は宇宙世界という広大無辺世界に共通するからこそ普遍的といえます。そうであれば、その探究は、宇宙や科学の探究と乖離してはおらず、その根源を異にするものではないとすれば、自分自身の現在過去未来と密接にかかわっている事に違いありません。
遠い昔、宗教的世界に自己完成の目標を観て、日夜その可能性を信じて精進努力した幾多の先人の目線も、突き詰めれば、生命の謎の先にある真理の解明ということにたどり着くものだったのではないでしょうか。そしてそれは同時に人間のDNAに刻まれているであろう高い霊性への道筋をたどり、法が照らす光を得ながら、その軌道を進む作業であったのかもしれません。
インドで生まれ聖者と讃えられた、マハトマ・ガンジーは「真理」を次のような名言で語っています。
《あらゆる執着からの自由と神を真理として現実化させることである》
《真理の神に対する忠誠は、他のすべての忠誠にまさる》
そして、次のような言葉を遺しています。
《世界に変革を求めるなら、その如くに自分自身が成る(変わる)ことだ》
このことばもまた、一人ひとりが自分事として心に留め置くべき真理なのではないでしょうか。
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