本心と良心について

                                                       

良心的、とか良心に恥じるとかいう言葉があるように、良心は私達の中にあって自分で自分を正してゆこうとする心といえます。 損得を超えた善を肯定する心でもあり抑制心でもあります。またやさしさや思いやりも、良心ということになります。 そのように良心と一口にいっても、いろいろな心の動きがそこには含まれています。その良心と似た言葉に本心があります。そこでここでは本心について、考えてみたいと思います。

本心という言葉は、良心や本音ともよく似ていて、同じような意味合いで用いられています。それは言葉が時と場合によってその意味を柔軟にするからといえます。そのように言葉の意味は小さく固定されたものではなく、本心という言葉も内在する生命全体を考察する時に用いられる時もあります。その場合の良心と本心の違いは、良心が理性であり、善良性という言葉でも表わされるのに対して、本心とは、こころの奥の中枢にある、善なるエネルギーの源のようなところであり、生命の根源とつながっているところ、というような意味かと思います。

現実には本心の意味を本当の心と理解していても、その働きは、私達を根底で支えてくれるものであることに変わりはありません。その本心の働きがあるからこそ、私達は朝には自然と目が覚め毎日を生きていけるのかも知れません。そして、困難に出会っても、様々な気付きに出会い、あるいは人からアドバイスを得て、閉ざされていた道が開けることがあり、人生の途中で幾度か遭遇するみえない壁も、頑張れば何とか乗り越えることができることになります。

まだまだ未知とされる本心の働きを理解する上で、人徳が高いと評価されている実在の人物の生き方を知ることは、とても参考になります。大きな困難を乗り越え、人が真似の出来ない働きをした人の人生には、その人しか築けないと思われる人生の軌跡があるからです。苦難を悲運と受け止め悲観しながら生きるのか、本心を磨き出す試練として受け止め、乗り越える努力とともに少しずつでも成果を得てゆくかでは、先に行けば大きな違いとなって結果があらわれます。私は先日二宮金次郎の偉大な生涯を伝えるテレビ番組を見ながら、人間に内在する本心の働きについて考えていました。 その物語の概要などを以下に記してみます。

二宮金冶郎の生涯から


二宮金次郎といえば、思い出すのはたくさんの薪を背にして歩きながら勉学の書を読む金次郎像です。その像は小学校の校門近くに立っていました。ということはその像の年齢設定は10歳前後ということになるのでしょうか。とにかく小さい頃から人一倍の勤勉さと勉学心で頑張り、その生涯をまっとうした偉大な人格者として有名です。でも詳しい伝記をほとんど知らなかった私は、とても興味深くテレビを見たのでした。

番組内容から知るその人間像は、多くの才能に恵まれた優れた人という印象であり、同時に幼い頃から青年期にかけても、大変な苦労に出会いながら、負けずに人並み外れて頑張った人でした。そして一生を通じて労を惜しまず努力を重ね、多くの人々のために尽くし、誰からも尊敬される偉人になったというものでした。その偉大な生涯の中には多くの人を苦境から立ち直らせた功績が輝いているのでした。

金次郎は江戸時代の終わりごろ地主の家に生まれましたが、五歳の時洪水が起き、それまで豊かであった田畑はすべて濁流に押し流され、石や土砂の下に埋まってしまいます。 そうした苦難に出会い、金次郎は自然災害の怖さを学びます。そして彼が十四歳の時、災害を乗り越えて再起するために命を賭して働き続けたお父さんが亡くなってしまいます。そして二年後にはお母さんも亡くなり、子供達だけが残されます。

そのため家の田畑は売り払われることになり、金次郎は伯父さんの家に引き取られます。 両親を亡くし、弟たちとも離れて伯父さんの家に身を寄せるという苦境の中でも、金次郎は負けることなく、自立する日のために、人一倍働き、人一倍勉強します。その苦労が実り二十歳になった時に、生まれた家に戻り独立することが出来ました。 というのが金次郎の青年期までの大まかな境遇です。

そこまでの生き方から、あらゆる逆境をその人並みはずれた努力で見事に克服した人だったということを知ることが出来ます。それだけでも凄いのですが、彼が残した偉業はそれ以後にありました。 農業分野でその持ち前の努力と研究心勉学心を生かし、農作物の生産性を高めるという実践に成果を上げます。そして研究開発の知識を生かし、指導者としても人望を高めてゆきます。

更に金次郎は人の気持ちの機微を見通す人格者で、その人柄が指導者として大きな力を発揮できたことにつながったのです。指導者としての名声も高まった彼に対して、或る時藩から要請がありました。それは荒廃し続ける田畑と就労意欲を無くしたある村人たちという2重苦を抱える村の農業指導に当たってほしいというものです。

とても強く請われますが、その村の復興という目標達成が生易しくないことを悟っり断り続けました。でも遂には困難を覚悟で10年という期間を与えてもらう約束を取り付け、その地へ赴きます。着いて見たその村の状況は、課せられた年貢米の納入を果たすどころか自分達が食べる食物さえないという惨状に陥っていました。そうなってしまったことの背景には長年の年貢米の重さに耐えかねた村人がどんどん働く気力を失せていった、という悪循環がありました。

その地で指導に立った金次郎は、村人に対する農業指導に加えて、一人一人の民衆の心の荒廃を見抜き、そのこころに希望と勇気を与える方策を取りいれることを考えます。 そしてきめ細かい報奨を打ち出し、勤労意欲を取り戻させるとともに、自ら個々の民衆を励まし勇気付け、時には叱責しつつ人心を束ねていったのでした。
金次郎の指導によって、村全体が次第にやる気と元気を取り戻し、みんなの努力が実り農地も次第によみがえり稔りを得るようになってゆきます。そして村全体が力をあわせて頑張ることによって、ついには目標とした農業収獲量を上げる成果を導き出したということでした。


本心の働き

マイナスからの出発でありながら、プラスアルファーまでの成果を上げるに至るということは、農業指導面だけでも、よほどの研究知識と実践がなければ出来ないことです。 そしてそこには10年という月日がつぎ込まれたことを思い合わせるとき、並大抵の仕事ではなかったことが想像され、強い意志力の大切さを思い知るばかりです。
では二宮金次郎伝記と本心の働きをどう結びつけるのか、ということですが、尊徳翁は人並みはずれて本心が開発されていたからこそ、その偉業の数々を残すことが出来たと理解できますし、常に生涯努力し続けたことが伝えられるその人間性は本心開発のお手本に違いありません。そして最初から本心が開発されている人はいないのですから、そこには人並み外れた努力があったことが想像されるのです。

そしてそのテレビの内容から私が注目したのは、こころを荒廃させてしまった民衆の側にもあります。 いかに指導者が優れていても、民衆自身が心に希望とやる気という灯を点し続けなければ、10年という長い期間を貫いて、目標に至ることはなかなか難しいと思うのです。そこには金次郎という師を得て、教えに従い頑張れば豊かさを得ることが出来るというイメージが明確化したからこそ、その想いをエネルギー化することができたと考えられます。それは表現を変えれば、何度となく挫折しても、希望を失わない信頼できるものが意識の中にあり、それが本心の力と結びついたからといえます。

更にその偉業として讃えられるのは、大飢饉という社会的惨禍の時にも、金次郎の働きが多くの人を飢饉の害から救ったということです。農業研究による知識にも秀でていた金次郎は、ある年、稔った作物の状態に例年にない変化を見てとり、大飢饉が発生することを予見し、事前に出来る対策を講じたというのですから凄いです。

そして備えを怠らず、多くの人たちが飢餓に陥るという、最悪の結果を免れる手立てを種々と行い、その努力は成果をみたのでした。それでも大飢饉による飢餓は避けようもなく、身体が弱って起き上がれないような人たちにも、少量の食べ物を与え、少ない食料でも我慢して生き延びるように、と言葉をかけて多くの人を勇気付け救ったということです。
そのとき金次郎の一言が、苦しい状況の人たちの心に響いて、気力と体力の回復を助けたのだとすれば、ここにも本心の働きを見ることができます。
「どんな人にも,どんな物にも『徳』がある。その『徳』を掘り起こすのは,人の力だ 」 とは二宮尊徳翁が語った言葉だそうです。          上に戻る
 

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