11月

『アーリア系銀河鉄道』
  柄刀一著

 ファンタジックな設定を導入することで、現実では在り得ないにも関わらず論理的なトリックが成立する、何ともアクロバティックな本格ミステリ。表題作の銀河鉄道はもちろん、聖書等のモチーフが効果的に使われている。本格ミステリの新境地だろう。これでもうちょっと文章のセンスがあれば・・・。

『映画の香り』
  川本三郎著

 主にミニシアター系の映画の映画評集。どの評を読んでも、映画に対する著者の愛情が感じられて、とても心地よく読むことが出来た。メジャーな作品からマイナー作、珍作に至るまで、幅広いラインナップも魅力。ミニシアター好きな私にとっては嬉しい一冊だった。評論家には不評だった『タイタニック』に関しても、こういう見方もあったか、という新鮮味があった。とにかく、映画を見て評論するということに対して、誠実な著者だと思う。

『第三の男』
  グレアム・グリーン著、小津次郎訳

 名画『第三の男』の原作小説。とはいっても、元々映画の脚本執筆の話がグリーンにあり、その準備段階として小説が執筆されたそうだ。小説の映画化というと、原作とのギャップや原作に及ばないという事がよく言われるが、『第三の男』に関しては、映画の方が断然見事。あの有名なラストシーンはもちろん、光と影の使い方がとてつもなくかっこ良かった。グリーン自身、「映画が決定版」であると認めている。映像の力あっての作品だと思う。
 小説と映画ではヒロインの性格付けや位置付けが違っており、それがラストシーンの違いに繋がっている。映画の名ラストシーンが生まれたのは、監督のキャロル・リードのお手柄。ちなみに、私は高校生の時に映画版『第三の男』を見たのだが、あのラストのヒロインの心理が良く分からなかった。いや正確には全編にわたって(苦笑)。友人は「あのラストのヒロインの行動はかっこいい!」と主張していたが。

『夜の音楽』
  ベルトラン・ピュアール著、東野純子訳

 ロンドンを舞台とした、連続殺人事件。遺体には奇妙な細工がされており、何かの見立てらしいのだが・・・
 主人公はイギリスに研修に来ているフランス人警官。ロンドンの町や食生活の描写が、いかにも「外国人が見たロンドン」といった感じだ。実は、ある音楽をモチーフに使った連続殺人だという紹介文だったので期待して読んだのだが、殺人のモチーフが分かる人には早い段階でわかってしまうのが残念。そして致命的に文章がマズいのがザンネン。地の文がマズいのか、翻訳がマズいのか分からないが、どうもぎこちない。全体のプロットも苦しいところがあり、粗さが目立った。音楽の話(プリンスからオアシスまで!)が結構出てくるのは楽しかったが。

『海辺のカフカ』
  村上春樹著
村上春樹の久々の長編。神の子供たちは〜でちょっと作風が変わったのでこの路線でいくのかと思っていたのだが、また以前ちょっとシュールな作風に戻った。二つの話が平行するところは、世界の終わり〜を彷彿とさせる。村上ならではのキーワードをこれでもかってくらい盛り込ん
でいる。しかしそのメタファーがあまりにもあからさまな成長物語といった趣で、ちょっと興ざめする。村上は意図的に分かりやすい小説を書こうとしたと思うのだが、それでよかったのか。良く出来たRPGをやっているみたいで、村上ならではという良さがあまり感じられなかった。

『サイコロジカル(上・兎吊木垓助の戯言殺し、下・曳かれ者の小唄)』
  西尾維新著
 西尾維新4作目。とうとう上下巻だ。じつは今作は1作目のクビキリサイクルとほぼ同じ構造、1作目の反復もしくは裏返しなのだ。つまり著者はミステリ部分にはさして労力を割いてない。で何をやりたかったというと、「僕」というキャラクターの話。(この作家はやはりキャラ小説がやりたいらしく、小説内のキャラ小説全肯定みたいなことを言わせるという念の入れよう
)。つまり話はキャラに従事するのだ。このシリーズは徹頭徹尾、「僕」と玖渚の為の話なんじゃーなかろうかと思う。
 このシリーズの楽しさは、やはりキャラにあるのだ。そして時に奇妙な言葉使い。好き嫌いが分かれそうだが、私は軽さがあって好きだ。少なくともこのシリーズには合っている文体だと思う。ついでに今作は上下巻のサブタイトルが結構良く出来ているなと思う。そしてミステリ的な所では、いわゆる「後期クイーン的問題」というやつを、このシリーズは比較的上手くクリアしていると思うのだが、どうだろうか。ただ、禁じ手に近い方法なので、毎回これだと厳しいとは思うが。

『あるようなないような』
  川上弘美著

 著者のエッセイ集。のはずなのに、明らかにホラ話が混じっていておかしい。でもこの著者の場合、ああ、そんなこともあるかもなーという気にもなってしまう。かなり初期の作品のようだが、とつとつとした語り口は変わっていない。「パソコン通信」という言葉が出てきて懐かしかった。

『覘き小平次』
  京極夏彦著

 『嘲う伊江門』に続く、著者の新解釈怪談第2弾。『巷説百物語』に登場したあの人も出てくる。解釈次第でこんなに違う話になるのかという驚きがあった。怪談でも嫉妬のあまり化けて出る幽霊の話でもなくなっている。心理描写はより現代的だ。小平次の「薄い」感じが妙にリアル。

 

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