9月
『東京少年』
長野まゆみ著
長野まゆみを楽しむのは、女性の特権と言っていいと思う。男性が長野まゆみを読むとどう思うのか、気になる所だが聞いてみたいようなみたくない様な。今作もクール(でもまだ子供でバランスが悪い)少年と寡黙な叔父、お兄さん的青年等と言う定番的取り合わせだが(そして女は常に強気)、主人公が上手く背伸びできない感じが微笑ましかった。全体的にさらっとしているのだが、皮膚感覚が妙に生生しい部分があり、ちょっとどきりとした。『異邦人』
西澤保彦著
西澤お得意のSFミステリ。今回のネタはタイムスリップ。この作家は、家族間の相互理解不能というモチーフを自作に何度も用いている。よっぽどこだわりがあるのだろうが、今作を読むと、それがちょっと昇華されてきているのかなと感じた。ミステリとしてはオチが読みやすいが、不思議な味わいがある。『溺レる』
川上弘美著
恋愛短編集。川上弘美の作品は好きだが、川上弘美の恋愛小説は正直、ちょっと恐い。ねっとしとした恐さがある。こんな女は嫌だ(笑)とか思う。でも面白い。感情移入や共感とは別物の面白さだ。言葉をきちんと切り詰めて使っているからだろう。『エンジェル』
石田衣良著
既に死んでいる主人公が、幽霊となって自分を殺した犯人を探し、愛するものを守ろうとする。有栖川有栖の『幽霊刑事』と同じ設定だ。
殺人犯であっても悪人としては描かず、犯行に至った事情を描いておくのが、この作家の優しさだと思う。ちょっと甘すぎるところもあるが、悪くない。『今日も映画日和』
和田誠、川本三郎、瀬戸川猛資共著
3人の映画通による映画対談集。次から次へとタイトルが飛び出し、その知識の豊富さ(映画に留まっていない所がすごい)には感服。何よりも3人が心底楽しんでいる様子が伝わる。名作も駄作も余さず見ているってのはすごい。
前書きで、和田誠が「こういう話の相手はあまり見つからないんですね。〜中略〜ですから、喋りたいことはいっぱいあるのに、普段は我慢していなければならない」と書いているのだが、この気持ちはよーく分かる。同好の士と話すことはかくも楽しいのだ。『りかさん』
梨木香歩著
梨木ファンには先に謝っておく。ごめんなさい。私、この作家の最近の作品はどうもよく分からない。『裏庭』あたりまでは共感するところもあったのだが、『からくりからくさ』はさっぱり。むしろ苦手な世界だった。今作はもうちょっと分かりやすいという評判だったので、どうかなーと思って読んでみたのだが・・・。人形の話なんだけど、そもそも人形が苦手だからな・・・。『からくり〜』もそうだったが、どうも自己完結的な気配がして退いてしまった。(どうでもいいことだが、あんな喋り方の小学生はいないと思う(笑))『神秘の短剣』
フィリップ・プルマン著、大久保寛訳
『黄金の羅針盤』に続くライラ(主人公の少女の名)シリーズ第2弾。前作を読んだのが2年近く前なので、内容を忘れかけていたのだが、読み始めたら面白いわ面白いわ!前作で気になった展開のもたつきがなく、ぐいぐい引っ張られた。善対悪とは割り切れない戦いが展開され、今後はいくつもの並行世界を巻き込んでいくらしい。そして宗教(キリスト教)的にはかなりきわどいところを突いてきている。完結編が楽しみ。『それでも警官は微笑う』
日恩恵著
メフィスト賞受賞作。だがメフィスト賞的には異色だと思う。だって間口が広いんだもん(笑)。ミステリマニアの刑事(「靴はやっぱり白のズック!」とかのたまったりする)が登場するあたりはそれっぽいかもしれないが。キャラクター造形が類型的という声もあるだろうが、それは作品をとっつきやすくする為の、作者の意図だろう。警察のあり方について悩み迷う警官たちが清清しい快作。とにかく勢いがある。『踊る大走査線』に燃えた方は、ぜひ。『エナメルを塗った魂の比重 鏡稜子ときせかえ密室』
佐藤友哉著
コズプレ少女に食人少女。悲惨なイジメ。絵に描いたような壊れた世界を中途半端な預言者・鏡稜子が爆進する。鏡家サーガ第2作。物語はハイテンションに展開する。前作より更に一部の人にしかわからないオタク単語を駆使しており、この手の知識のデータベース(しかもかなり膨大な)を備えた人でないと堪能できないかもしれない。小説自体が、その手の固有名詞、引用に満ち溢れて、正に小説をエナメルコーティングしている。で、そのエナメルの下には何があるのか。それは多分「あの馬鹿げた世界」。著者は世界の空虚さを空虚な文章で語ろうとしているのか。ミステリとしての評価は高くなかったようだが(オチが「アリかよ!」って感じだし)、私は買う。
ちなみに、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を引き合いに、稜子が「崖から落ちる子供を捕まえるなんてまっぴら」というようなことを言うが、個人的に両手を挙げて同意。『水没ピアノ 鏡創士がひきもどす犯罪』
佐藤友哉著
鏡家サーガ第三弾。タイトルと装画が良い。サブタイトルと各章の見出し、そして裏表紙の紹介文が、物語の全てを表している。そしてテーマは『純愛』。壊れていても歪んでいても愛は愛なのだ。
世界が鮮やかに逆転する様は快感。そして読後の虚脱感と虚無感と興奮は得がたいものだった。ミステリとしてよりも、現代のジュブナイル小説的な要素が強い小説だと思う。同系列とされている舞城王太郎は文芸誌への連載もしているそうだが、個人的には、佐藤友哉の方がよりエッジなポジションにいると思う。今後の日本文学を考える上での一つの可能性、と言うと言いすぎか。ともあれ、こういう小説を必要としている10代は結構いるんじゃないかと思う。講談社ノベルズというラインからの出版になったのは、もしかすると不幸だったかもしれない。『鳶がクルリと』
ヒキタクニオ著
順調に積み上げたキャリアを捨て会社を辞めた貴奈子は、なりゆきで鳶職の世界に飛び込む。と言っても、鳶になるわけではなく、鳶の会社で経理事務をやることになるのだが。個性的な鳶たちがコミカルで楽しい。特に粋な「ご隠居」は、老人(失礼!)ながらかっこいいのだ。話は楽しいのだが、この作家、文章があんまり上手くないような・・・その為か、最初はちょっと読み辛かった。貴奈子は頭脳明晰なキャリア志向の女性で、良くも悪くもディベートが得意で仕事が出来る。その為、鳶たちと仕事の選び方で対立してしまう場面がある。私的には、貴奈子が何故イライラするのか、何故会社の仕事に没頭して、何故会社が嫌になったのかが、いまいちピンとこなかった。『ウォーターランド』
グレアム・スウィフト著、真野泰訳
ある一族(といっても、3代くらい)の、ミニマムかつ壮大な物語。説明しがたい、妙な魅力がある。時代は過去と現在をいったりきたりし、祖父・父・息子の物語が入りまじって不思議な味わいがあった。とにかく構成力がすごい。すごく変な構成なのだが、トータルで読むとびしっと決まっているのだ。限られたエリアの話なのに広がりがあり、最後は神話的な趣さえある。
語り手は歴史教師なのだが、歴史の授業の時間に、自分の一族についての話を始めてしまう。そして自分の子供の頃の話を。それはごく身近な話ではあるが、歴史の一面に他ならない。そして歴史→物語という図式について考えさせられる。歴史は、語りによって把握される以上、「お話」なのだろうか。