3月

『となり町戦争』
  三崎亜紀著
 ある日となり町との戦争がはじまった。「僕」は役所の「香西さん」と一緒に偵察任務に就き、夫婦としてとなり町に潜入する。しかし戦争とは実感できないままだ。目に見えない・戦死者を実感できない戦争という側面を強調したかったのだろうが、主人公がたまたま死体に遭遇しなかっただけじゃないのという印象が否めない。いっそ、戦争が起きてるのか起きてないのかわからないような設定ならよかったのに・・・。また、小説を通して言わんとするところをわざわざ要約して明言化してしまう所があって、ちょっと辟易した。それ言っちゃうんだったら小説にする必要ないわ・・・。あと、終章はサービス過剰で不要だったと思う。

『春期限定いちごタルト事件』
  米澤穂信著
 小市民を目指す高校生、小鳩君と小佐内さん。しかしついつい探偵役として謎解きをしてしまう。「小市民を目指す」と言っちゃう時点でイヤなガキだねオイ(笑)と思っていたのだが、最後まであまり好感持てない主人公だった。何か器が小さいのう・・・。小賢しさが空回っているあたりは高校生らしいといえばらしいが。ミステリーとしては大ネタは苦しかったが、一番しょーもないといえばしょーもない「おいしいココアの作り方」がわりと面白かった。大雑把であれ。

『ジャンピング☆ベイビー』
  野中柊著
 愛猫の命日に元夫・ウィリーと墓参りをした鹿の子。2人の出会いと結婚生活を思い返す。ウィリーはアメリカ人だが、アメリカでは生き辛いと感じている。ナイーブさが許容されにくく、常に強さを要求される(特に男性は)国で生きるのって、大変ね。皆が皆強いわけないんだけどなぁ。ただ、彼の行き辛さは、彼の「変わらなさ」故にどこにいても解消されるものではないような気もするが。いい大人になってもなんかぱっとしないし人生順調にならないのよねという点では、非常に身につまされる。しかしぱっとしないにも関わらず、何か力強さと希望を感じた。ちゃんと生活感がある文章なのがよかった。

『グレート・ギャツビー』
  スコット・フィッツジェラルド著、村上春樹訳
 村上春樹の訳だと村上春樹の小説みたいだなぁ・・・読みやすいですが。特に女性のセリフは、裕福でフワフワした感じが上手く出ていて面白いと思う。ギャツビーは過去の強烈なひと時を延々と維持している。そして、ほかの人(というか彼が思いを寄せる女性)にとってはそうではない、人は変わるということを考慮しない。語り手である「僕」はギャツビーを最後まで許容できなかったと語るのだが、こういう所も許容できなかった要因だったのだろう。しかしそこが、イラつくと同時にどうにもやるせない。自分の才能だけで富豪になった、大した人物であるはずなのに、愛する女性に対する態度は中学生並というのがアンバランスで、おかしさを通り越して悲しくなってくる。

『ハナシにならん!笑酔亭梅寿謎解噺』
  田中啓之著

 笑酔亭梅雨に弟子入りしている元・暴走族の噺家・竜二。しかし金に汚くワガママな師匠には悩まされっぱなしなのだった。日常の謎系ミステリ短編集なのだが、面白かった。ミステリとして面白いだけでなく、落語のネタときちんと噛み合っている所が上手い。落語がどういう芸能かということも結構わかってくる所もいい。個人的にいい話だと思ったのは「猿後家」。しかし田中啓之って、こういう普通に面白い小説も書けるのね。変なSFもどきとかパロディみたいなものばっかり書いている人というイメージがあったので驚いた。

『傷痕(上、下)』
  コーヒ・マクファディン著、長島水際訳

 凶悪犯に夫と子供を殺され、自らも重傷を負いトラウマに苦しむFBI捜査官スモーキー。休職中の彼女に、友人が惨殺されたという知らせが入る。悩みつつ復職を決意するスモーキーだが。頭の切れる凶悪犯と敏腕女性捜査官の追いかけっこという、さほど珍しい設定ではないが、スピーディーでぐいぐい読まされる。面白かった。しかし、同レーベル(ヴィレッジブックス)から既出の某ベストセラーサスペンスと、設定やストーリー展開が色々被っているのが気になる。主人公のキャラ設定はともかく、被っちゃいけない所まで被っちゃっているのはちょっと・・・。まさかそこは被らないだろうと思っていたら被っててびっくりですよ。まんまかよ!

『市民ヴィンス』
  ジェス・ウォルター著、田村義進訳
 ドーナツ屋店長をやる裏でカード偽造と麻薬の密売で稼ぐヴィンス。しかし何者かが彼の命を狙っているらしい。ちょっと風変わりなミステリ(なのか?)だった。選挙が一つのキーになっている。ヴィンスはとある理由から選挙権を持っていなかったのだが、次の州議会選挙には投票できるようになる。それをきっかけに、彼は自分がかつて放棄した責任を果たそうとするのだ。彼の「ちゃんとした人になろう」という姿勢は時に愚直に見えるが、妙に心打たれるものがある。人生をリセットすることは出来ないがやり直すことは出来るかもしれないと。タイトルの意味する所がラストに集約されていると思う。

『死と踊る乙女(上、下)』
  スティーヴン・ブース著、宮脇裕子訳
 リンガム荒野の巨石遺跡で、女性の死体が発見された。数週間前に1人の女性が襲われ大怪我をした事件と関係があるのか?心優しいベン・クーパーと、クールでドライなダイアン・フライ、2人の刑事が事件を追う。この手の男女ペアが主人公のシリーズものだと、2人の間にロマンスが生まれるのがお約束だが、このシリーズではむしろ「こいつやりにくいわー」という空気が延々と流れているのが特徴だ。その気まずさや、2人の仕事に対する葛藤がリアル。地味な作風なのだが、お仕事小説として面白いかも。それにしても前作『黒い犬』にしろ本作にしろ、「父親」の気配が息苦しいほどに充満している。シリーズ通してのテーマになっているのだろうか。出来のいい親を持つのも気苦労が多いのよね(苦笑)。

『災厄の町』
  エラリイ・クイーン著、青田勝訳
 架空の町ライツヴィルを舞台としたシリーズの1作目。名家の美人3姉妹を巡る奇妙な事件をエラリイが追うという、横溝正史のような味わい。ミステリとしてはすぐに犯人がわかっちゃうと思う(もう一捻りあるのかと思ったらストレートにきたなという感じ。エラリイとあろうものが何故気付かん!と突っ込みたくなる)のだが、クイーンらしからぬベタなメロドラマぽさがあって面白かった。クイーン作品の中でもかなり読みやすいのではないか。ワクワクした!

『湖中の女』
  レイモンド・チャンドラー著、清水俊二訳
 会社社長の失踪した妻を捜すマーロウ。社長夫妻の別荘近くの湖で、女の水死体が発見されたのだが・・・。探偵フィリップ・マーロウが主人公ではあるが、彼には確固としたキャラクター性はなく、むしろ周囲の人々を刺激し引っ掻き回す装置のようなものなのではないかと思う。マーロウがどういう人かというのはあんまり問題でないのね。彼のやっていることは結構無茶苦茶で、もちょっと保身を図ったらどうですかと言いたくなるのだが、装置に保身もへったくれもないもんなぁ。

『ロング・グッドバイ』
  レイモンド・チャンドラー著、村上春樹訳
 探偵フィリップ・マーロウはある夜、礼儀正しい酔っ払いテリー・レノックスを助ける。マーロウは何故か彼に惹かれ、親しくなる。しかしレノックスは妻殺しの容疑を掛けられたまま姿を消し、自殺を遂げてしまう。チャンドラーの探偵小説において、マーロウは基本的に事象を観察する目であって、彼の内面についてはあまり触れられない(重要ではない)と思う。少なくともマーロウ個人の物語という側面は強くない。しかしレノックスとのやりとりの中では、マーロウの内面、彼の人となりがふっと出てしまっている。マーロウもレノックスも共に世間に馴染みきれない存在であり、レノックスはマーロウのもう一つの姿であるとも言える(そういう意味でも、マーロウ自身の物語という側面が強い)。しかしそれでもなお、マーロウはレノックスに対してノーと言わざるを得ない。そこが切なく苦い。村上春樹の翻訳だと、そういった情感がよりよく伝わる。その反面少々読み進めにくかった。ちなみに訳者後書きが熱い!目茶目茶力入ってます。

『長いお別れ』
  レイモンド・チャンドラー著、清水俊二訳

 こちらは定番の清水訳。村上訳に比べると、文体はタイトで硬質(村上の解説によれば少々割愛されている部分があるそうだが)。個人的にはこちらの方が読みやすかった。反面、言葉尻のニュアンス等の微妙な所は、少々あっさりしすぎか。もっとも、チャンドラーにはこのくらい硬い文体の方が合っているのではないかと思う。もっとも、思ったほど清水訳と村上訳との差を感じなかった。てことはどちらも原文をかなり再現しているということだろうか。数年ぶりに読み直したのだが、初めて読んだ時よりもしみじみと作品の良さがしみてきた。馳星周だったかが、「大人になったらチャンドラーを読むのは正直きつい(甘いとか、正義感が青くさいとかということなのだろうが)」という趣旨のことをどこかで言っていた記憶があるのだが、逆ではないかと思う。大人になってからのほうが、こういう小説が必要になるし、そういう小説に自身が耐え得るようになるのではないかと思う。

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