2月

『世界でたったひとりの子』
  アレックス・シアラー著、金原瑞人訳
 延命医学は進んだものの、子どもが極端に生まれなくなった世界。裕福な大人にレンタルされる少年が、本当の親を追い求める。映画『トゥモロー・ワールド』に似た設定だが、本作の方が寓話的。しかし寓話的すぎて、言いたいことは分かるが読み物としてはあまり面白みを感じなかった。何と言うか、物語を読んでいるという手ごたえが足りなかった。著者の主張が先走っている感が。また、子どもが生まれない世界が暗いものであるということが、自明のことのように描かれている点にはちょっとひっかっかった。

『戦士志願』
  ロイス・マクマスター・ビジョルド著、小木曽駒子訳
 地位ある貴族の家に生まれたものの、身体的なハンデ故仕官になれなかった青年が、ひょんなことから戦場に乗り出す。身体的には勝ち目のない主人公は知恵で窮地を抜け出そうとするのだが、数十秒・数分という限られた時間で判断を迫られるケースが多いところが面白い。しかも次々事件が起こり、かなり慌しい。しかしこの人、本当に賢いのどうかちょっと疑問だった。そもそも本当に知恵の回る人は、こんなにトラブルに巻き込まれない(というか自らトラブルを呼び込んでいるよなこの人・・・)のではないかと。いやそれ以前にさっくり犯罪犯してませんか。それ国際問題に発展しないの?!大丈夫?!と心配になりました。

『カーラのゲーム(上、下)』
  ゴードン・スティーヴンズ著、藤倉秀彦訳
 ハイジャック犯のリーダは、かつてボスニアで自分達を助けてくれた女なのか?SAS隊員、ある女、テロリスト、アナリスト達、それぞれの視点が入り乱れ、1994年のボスニアからハイジャック事件まで、ストーリーが一気に駆け抜ける。全てを失い世界に戦いを挑む女・カーラの姿は毅然としているが、最後まで虚しさが拭えない。彼女はゲームを仕掛けるが、それはかつて彼女と祖国を「ファックした」ゲームを仕掛けた同じ側に立つということだ。「敢然と闘う者が勝つ」という言葉が繰り返されるが、現実のユーゴスラビアのことを思うと、彼女が求める勝利はどこにもないのではと思えてしまうのだ。すっきりしない。

『正しく時代に遅れるために』
  有栖川有栖著

 色々な媒体に掲載されたエッセイやら書評やら新作映画への一言コメントやら、内容は雑多だ。著者はちゃんとした常識人なんだろうなぁという印象を受けた。正直、それほど面白いというわけではないのだが、なんとなく安心感がある。自分の感情や主義主張を声高には言わないのだが(何か、照れがあるのかと)、鮎川哲也への弔文では、抑えていた感情がポロリと出てしまった感があって、ちょっとぐっときました。この文だけ明らかに思い入れが違う。本当に鮎川哲也が好きだったんだなぁと。

『動物園の鳥』
  坂木司著

 ひきこもり探偵シリーズ完結編にして初の長編。巻末に今まで出てきた料理の一部のレシピ付き。動物園で起きた事件の真相を探る鳥井と坂木。相変わらずキモピュアです!2人の関係に一つの決着がつけられる・・・はずなのに却って問題かこじれているような気がするのは気のせいか?そうですかそういう篭絡の仕方ですか!とこめかみを抑えたくなった。所で本作には、物事を流行とブランド力でしか判断しない人が出てくる。あまりに紋切り型なキャラクターだと思っていたら、先日実際にそういうタイプの人に会ってしまった。こんなマンガみたいな人が本当にいるんだね!わー何のキャラですかあなたは!って思った。むかつく通り越して面白すぎる。

『時の鳥籠』
  浦賀和宏著

 私の記憶は未来のものなのか。浦賀作品の中でも、かなり変な部類に入るのではなかろうか。SFなの?ミステリなの?しかし出したままオチ丸投げなエピソード(そもそもこのエピソード必要だったのかしら・・・)もあるし、なんとも奇妙な味わいがある。純愛指向が変なループにはまっているような・・・。面白いかと問われると微妙だが、浦賀らしくはある。所で、エニグマとディープフォレストが好きな女子高生ってどうよと思ったのだが、自分が正にそんな高校生であったことにはたと気付き赤面。

『シンデレラの罠』
  セバスチアン・ジャプリゾ著、望月芳郎訳
 私は探偵であり被害者であり証人であり犯人であるという、なんと一人4役の叙述ミステリ。この手の作品を読みなれている読者にはネタはすぐにわかる(わかっちゃっても問題無い小説ではあります)だろうが、1人の登場人物4役もこなすケースは珍しいのでは。しかし真相云々よりも、女性3人の愛憎関係のねっとり加減が読み所だと思う。訳文がぎこちなく、日本語文法としてそれはどうなんだろうという点が数箇所あったのだが、古い作品だからか?

『つっこみ力』
  パオロ・マッツァリーノ著

 今必要なのは批判力ではなくてつっこみ力だ!批判ではなく「つっこみ」にすることでもっとおもしろく角を立てずに議論しましょうよ。「わかりにくさは罪である」という章タイトルは少々誤解されやすいのではないかと思うが、単純にするのがいいというのではなく、まだまだ面白くわかりやすく説明できるはずなんだから学者の皆さんは努力しましょうねということですね。物事を斜めから見て拗ねるのではなく突っ込んで笑かそうというのは特に新しい提案ではないのだが、データは見方によって同とでも解釈できるという「データとのつきあい方」とかヤクザにまで言及した「みんなのハローワーク」とか、なかなか面白かった。ちなみに中高生のディベート大会について「実社会では公平な立場で議論をする機会なぞないぞ」と突っ込んでいるのだが、全くその通りですね(笑)。ただ、「愛と勇気とお笑いと」をうたう割には、この本笑いが不発。本書に「ユーモアとギャグは違う」と書いているが、著者もユーモアはあるけどギャグはかませないみたい。

『QED 河童伝説』
  高田崇史著

 正直最早そんなに面白いと思っているわけではないのに、何故新刊が出ていると即買ってしまうのか。これは愛か。愛なのか。さて今回のネタは河童です!河童つながりで遠野も出てくるが、主な舞台は福島となる。製薬会社絡みの事件が起きるのだが、各社MR間の小競り合いが結構生々しい。そんなに生活感のあるシリーズではないはずなのだが、このあたりは元薬剤士である著者ならではか。伝承解釈等は相変わらず結構強引なように思う。「織田木瓜」はそんなふうには見えないですよ!「どうみても」そう見えるってのは言いすぎ!シリーズ内の「熊野残照」「神器封殺」「御霊将門」あたりと繋がっているので、できれば前作を読んでから読む方がいいかも。

『映画とたべもの』
  渡辺祥子著

 タイトル通り、古今東西の映画に出てくる食べ物を切り口として、映画を紹介する・・・のだが、本当に紹介にしかなっていないのが物足りない。もっと深く踏み込んだ、または他作品等へも飛躍する映画の話、もしくは食べ物の話を読みたいのにー。食べ物に関する文があまり美味しそうに読めないのも、物足りない一因。連載掲載誌はグルメ雑誌だったようなのだが、グルメな皆さんは映画の話はともかく、もっとヨダレの出てきそうな食べ物の話でないと満足してくれなかったんじゃないかしら。

『沖で待つ』
  絲山秋子著

 表題作は芥川賞受賞作。これはよかった。男と女の関係を描いた小説というと、大概恋愛小説になってしまうが、現実的にはそれ以外の関係だってもちろんあるわけだ。友情というのも少々面映い、一種の信頼関係を上手く描いていると思う。こういう小説、ありそうでなかった気がする。「沖で待つ」とは主人公の男友達が妻に残した言葉だが、友人である主人公にも向けられたものであると思う。会社員経験のある作家だけに、仕事の現場の描写も不自然さがない。ただ、幽霊と盗撮のエピソードは不要なのでは。変なサービス精神があるなこの人・・・。一緒に収録されている「勤労感謝の日」は、特にいい作品でもないと思うが、こういう内容が身に染みる年齢に自分がなってしまったということが、感慨深いというかショックというか。

『フィッシュストーリー』
  伊坂幸太郎著

 新旧の短編を集めた作品集。今までの作品世界と何らかのリンクがある・・・そうだが、今までの作品の登場人物とかを細かい所まで覚えていないので、誰が誰だかほとんど思い出せなかった・・・。こういう仕掛けは作者やファンにとっては楽しいのだろうが、やりすぎると少々うっとおしい。作品に対する愛があるのはわかるが、もっと突き放した姿勢でいてくれるほうが、読み手としては楽なのよね。

『ぼくの美術帖』
  原田治著
 イラストレーターである著者による、美術随筆集。原田イラストと言えば、私にとっては某ドーナツ店のキャラクターグッズなのだが、そのイラストのテイストからすると、意外な画家のラインナップだ。守備範囲広い!日本美術に造詣の深い人という印象が無かったのだが、相当お好きだったんですね。そして予想外に熱い。もっとクールな人だという印象があったんだけど、意外だわー。日本美術史に対する見解にはちょっと頷けない点もあるのだが、自分の好きなもののどこがどう良いのかを言葉を尽くして語っているのが、読んでいて気持ちいい。

『カモイクッキング くらしと料理を10倍たのしむ』
  鴨井羊子著

 食べ物にまつわるエッセイ集。文章がさばさばしているので、読んでいる時にストレスがかからなくていいわー。著者は美味しいもの好きだがいわゆるグルメではない。出てくる食べ物もその描写も、地に足が付いている。日常の中で無理せず美味しい物を食べている所に共感できる。何処の店の何というのではなくて、家でささっと作れる美味しいものの方が、本当に美味しそうで信頼できる気がする。3分レシピ集は結構参考になった。我が家で作っているのと同じようなものがあったのが嬉しい。

『翻訳家の仕事』
  岩波書店編集部編

 翻訳家37人による翻訳についてのエッセイ集。外国語を日本語に翻訳する翻訳家だけでなく、古文書を現代文に訳す翻訳家、日本語を外国語に訳す翻訳化家も参加している。翻訳に対する考え方や姿勢の人による違いは当然あるのだが、思ったほど大きなものではないのが少々意外だった。翻訳文学の好きな人、翻訳を志す人には面白いかも。巻末の執筆者紹介がちょっと凝っている。

『老後がこわい』
  香山リカ著

 今、女性が1人で歳をとっていくというのはどういうことなのか。最近本気で自分の老後が心配なので読んでみた。著者レベルの社会的地位と収入があっても、40越えた独身女性は賃貸物件を借りるのが困難だというのにはがっくりです。やっぱり無理してでもマンション買っておくべきなのか・・・。いやそれ以前に結婚しておくべきなのか、老後共に生活できる仲間人を確保しておくべきなのか、葬式はどうするのか遺品整理はどうするのか。独身女性ならではの問題が山積みでよけいに鬱になった。高齢者人口が増えて、住居面等の環境が改善されるという可能性はあるが、精神的な問題や健康面の問題は如何ともしがたい。

『THE WRONG GOODBYE ロング・グッドバイ』
  矢作俊彦著

 刑事二村シリーズ3作目。若造だった二村も、最早中年だ。しかし小説としては本作が一番面白かった。著者のテクニックが格段に上っているということもあるが、この作品が内胞している茫漠さ、大事なものを取りこぼしていく感じと、主人公の年齢とのバランスがいい塩梅に釣り合ったということもあるだろう。20代30代の主人公では、この苦味は出せない。1,2作目は正直言ってキザでかったるい所があった(時代の古さも感じさせられたし・・・)が、これは良かったです。題名だけでなくストーリーも『長いお別れ』を踏まえたものになっているのが嬉しく、ニヤリとさせられる。そして「WRONG GOODBYE」の意味が切ない。

 

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