12月

『家族のための<認知症>入門』
  中島健二著
 私の祖母もとうとう認知症に。今後どう接していけばいいのかと思って読んでみた。この本は認知症はどういう症状なのか、どう対応すればいいのかを、介護する側(主に家族)を対象に書いてあるので、分かりやすい。でも、患者本人に自覚のないことが大半な病気なだけに、どうしていけばいいのか悩む。最大の問題は介護側の疲労困憊という側面もあり、正直この先が思いやられる。こういう問題て、身近に起こってみないと切実さが分からないものですね。自分の親が認知症になったらと思うと・・・。

『浮世の画家』
  カズオ・イシグロ著、飛田茂雄訳
 終戦後の日本。1人の画家が過去を回想する。「私」の語りにより、「私」が戦中、日本精神を鼓舞する作風の絵を描き、高く評価されたものの、今は制作を禁じられているらしいということが分かってくる。しかし「私」が実際何をしたのか、肝心な所は常にはぐらかされる。本当に高く評価されていたのかどうかも段々怪しくなってくる。何しろ「私」の回想であるので、記憶は微妙に改竄され、自己弁護している様子がそこかしこに見て取れる。この「私」の回想と現実との齟齬の見せ方が巧みで、計算されているなぁという印象。「私」は自分を取り巻く世界を、自分に都合の良いように解釈しているのだ。この構造は著者の『日の名残』と同様だ。著者は、人間の記憶の不確かさ、自己弁護せずにはいられない人間の愚かさ、悲しさに強いこだわりを持っているのだろう。「私」はいつまでも浮世の画家ではいたくない、社会に貢献したいと思って作風を変えるのだが、結局また他の浮世を見ているだけで、現実と向き合うことはなかったという皮肉な物語。自分の弱い部分を見せ付けられたようでもあり、なかなか苦い読後感だ。

『温室デイズ』
  瀬尾まいこ著

 いじめに相対する2人の女子中学生、みちると優子。私は、逃げられるうちはどんどん逃げてもいいと思っているので、優子はそんなに罪悪感持たなくてもいいのでは感じた。一方、みちるは頑張りすぎだと思う。が、著者は学校の先生だったそうなので、やっぱり生徒には学校に来て欲しいんだろうなぁ。あー、でも嫌な気持ちになる小説だった・・・。小説の良し悪しではなく、使われている素材が嫌だった・・・。著者の小説はよくも悪くも甘さがある(それがチャームポイントでもある)のだが、今回はそれがあまり上手く働いてなかったように思う。

『たったひとつの冴えたやりかた』
  ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア著、浅倉久志訳

 解説によれば、読んで泣かない人は人間じゃないらしい表題作。あーあまた非人間扱いされちゃいましたよ私!目頭がむしろ涼やかだよ!多分ここで泣くんだろうなーということはわかるのだが、如何せんそこに至るまで全く小説世界にのめり込めていないので、あっさりスルー。他の作品も、正直どのへんを面白がればいいのかよくわかりませんでした。やっぱり私にSFは無理なのか。それとも人の心の機微がわからないのか。

『映画をたずねて 井上ひさし対談集』
  井上ひさし他
 渥美清、黒澤明、高峰秀子、山田洋次らと、井上ひさしとの対談集。これは面白かった!映画ファンにはお勧め。井上ひさしは、渥美が出演していた当時の浅草の劇場でアルバイトしていたそうだが、コメディアンとして凄みがあったとのこと。その当時の渥美を渥美自身が演じているのが寅さんだとか。黒澤と海外の監督らとのエピソードも面白い。スピルバーグもルーカスもひよっこ扱いですよ(笑)。井上ひさしは、対談のホスト役としてはちょっと喋りすぎな感がある。黒澤の「夢」について話しているあたりとか、持ち上げすぎてから回っている感が否めない。

『カレンの眠る日』
  アマンダ・エア・ウォード著、務台夏子訳
 HIVに感染している死刑囚、刑務所務めの医師、被害者遺族という3人の女性の視点から語られる、死刑囚カレンが死ぬまでの物語。死刑囚監房の囚人の生活って、こんなふうなのか・・・。取材が難しいであろう内容だが、きっちりと描いた力作という印象。特に患者を救えなかったことで苦しむ女医・フラニーの、ストレスで卒倒しそうな独白は痛々しい(この人の婚約者がもののわかっていない男で、大変イライラしました)。3人の立場が立場なだけに読むのはしんどくもあるが、過剰に盛りあげず、淡々と、時にユーモアも滲ませる所がいい。3人が時間が過ぎると共にある境地に達する。そして最後、ある人物が見せる勇気にはっとした。

『ざらざら』
  川上弘美著

 川上の小説は、なぜにこんなに寂しい気持ちになるのか。寒い年の瀬にぴったりです。ってよけいに寒くなるわ!人間がちょっと弱っている時の隙を巧みに突いてきやがって・・・。何か人恋しくなる短編集だった。てことは、人と人との関係を書くのが上手いということなんでしょうね。どうということはない題材なのに、この人が書くと、何か違った感じになるんだよなぁ。相変わらず、如何ともし難い大人の恋愛ものが多いが、最後の『卒業』は、正しく女子の青春ぽくていいなぁ。

『皆殺し』
  ローレンス・ブロック著、田口俊樹訳

 探偵マット・スカダーの友人・ミックの手下が何者かに殺され、スカダーも巻き込まれていく。本作では、スカダーにとって大切な人が巻き添えとなって殺されるという大きな事件もあり、スカダー自身がアウトロー化していく傾向にある。しかし、彼がタフなアクションスターのようなことをするのは、どうも抵抗があるのよ・・・。そして訳者あとがきでも触れられているが、裏社会の人間であるミックが、スカダーに代わりダークサイドを受け持ってしまう(しかもメチャメチャ強い)のはちょっとずるい。ただ、このシリーズの旨みはストーリー云々よりも、キャラクター同士の会話とか、スカダーの語り口にあると思うので、それなりに楽しめた。長年続いてキャラクターが確立しているシリーズの強みか。特にTJとスカダーのやりとりにはほわ〜となる。結局、ローレンス・ブロックの文(というかその訳文だけど)を読んでいるだけで幸せになれるのか私は。

『十八の夏』
  
光原百合著

 花をモチーフにした5つのミステリ。どれも人を思う心が描かれているのだが、主人公は皆どこか至らない所がある人だ。若くて考え足らずだったり、優しい反面頼りなかったり。しかその至らない部分が、ストーリーにおける優しさに繋がっていると思う。正直、ミステリとしては物足りなかったが、後味は悪くはない。あとがきによれば、「兄貴の純情」に対して「兄貴の無謀さがリアル」という感想が寄せられたそうだが、あんなマンガみたいな人本当にいるの?!というか普通気付きそうなことに何で気付かないの兄貴・・・。あと、表題作の朝顔の名前は、ちょっと不自然じゃないかというのが気になった。

『ゆれる』
  西川美和著

 映画『ゆれる』の小説版。映画では具体的には描かれなかった一人一人の心情が、それぞれの口から語られる。映画を見た時に受けた印象とは、またちょっと違う。あっそいういうことだったのかと意外に思った所もあった。やはり、映画の方が見る人によって見方が変わってくるのだろうか。本作は独立した小説としてもいけるが、小説としては若干饒舌すぎるように思った。

『夜は短し歩けよ乙女』
  森見登美彦著

 なんて愛らしい!天然系乙女と自意識過剰系青年が京都でわやわやする。デビュー作の雰囲気に近いが、小説としてはもっとまとまりが良い。恋愛小説というよりドタバタファンタジーといった方がいいか。基本的に文章力のある作家なので、妙な造形物の姿や、何がどうなっている状況なのかきちんとわかる。映像的な作品だった。3階建電車をアニメで見てみたい・・・。普通の男性作家が天然系女子を書くと、往々にして女性読者に鼻で笑われることになるが、本作の乙女には素直にかわいいなぁと思えた。ファンタジー方向に突き抜けてるから嫌味にならないのか。同じ理由で青年のうだうだぶりにも、あまりイラっとすることはない。上手いことやったなーという感が。あ、あと主人公の友人が超美形なのには何か伏線があるんでしょうか森見先生!

『黒いトランク』
  鮎川哲也著

 日本における元祖時刻表トリック本格ミステリ。クロフツ『樽』に触発されたのかと思っていたのだが、著者本人によればそうではないらしい。アリバイ崩しのスリリングさはもちろんあるのだが、本筋とはあまり関係ない、ご当地ミステリ風な風景描写等の部分が意外にいい。それにしても、電車の本数と移動時間のかかり方にはさすがに時代を感じた。ちなみに、著者は重版される毎に本文の手直しをしていたそうだが、私が読んだのは’02初版の創元推理文庫。創元お約束の英語タイトルがなかなかニクい。巻末には有栖川有栖、北村薫、戸川宣の対談あり。

『仔羊の巣』
  坂木司著

 ひきこもり探偵シリーズ第二弾。相変わらず坂木と鳥井の密着ぶりがはずかしいぜ!さぶいぼ立った!「キモ爽やか」もしくは「キモピュア」という新ジャンルを提唱してみたい。鳥井にとって坂木が宗教のようなものと言及される部分があったが、坂木も相当鳥井を偶像視しているような。鳥井は案外腹黒キャラだと思うのですが。きっとかわいこぶって坂木を束縛しているんだぜ・・・!はっ、私の願望なだけでしょうか。ミステリとしては相変わらず今一つなんだが、恥かしさがだんだんくせになってきた。どんどんさぶいぼ立てていく方向で。文庫版には有栖川有栖による解説がついているが、本作の特徴と問題点を的確に指摘していると思う。

『さよなら純奈 そして、不死の怪物』
  浦賀和宏著

 純奈にフラれた八木が、とうとうキレた!どいつもこいつも大嫌いだ!オレを粗末にする奴なんて大嫌いだ!でも八木は自分のことも嫌なんだよなぁ。あああ切ない。もっと他にやりようがあるだろうよ八木・・・。シリーズ5作目にしてやっと青少年の鬱憤が爆発したようなストーリー展開になったのだが、今後の収束させ方が全く見えてこない。ミステリじゃなくて伝奇小説みたいになってきたよ・・。浦賀はどこへ行きたいの。

『ジーヴスの事件簿』
  P・G・ウッドハウス著、岩永正勝・小山太一編訳

 スーパー執事ジーヴスが、若きご主人様をお助けします!まずはファッションセンスから!いやー楽しい楽しい。おつむの弱いご主人様をいいようにコントロールするジーヴスの腹黒さがたまりません。そしてちょっと頑張っても結局ジーヴスに流されっぱなしなご主人様かわいいー。それにしてもイギリスの貴族ってこんなに遊んでばかりいられたのだろうか。ああ羨ましい。お前らギャンブルの他にすることないのか。
 

 

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