11月

『真夜中への挨拶』
  レジナルド・ヒル著、松下祥子訳
 骨董商の男の遺体が見つかった部屋は、内側から鍵がかけられていた。自殺と確定しそうな事件だったが、パスコーはダルジール警部が早々に現場に到着していたことにひっかかる。室内で何があったのか、冒頭で読者には明かされている。しかしその背景に何があったのか、関係者が全員不正直(というか、見たいものしか見ず、言いたいことしか言わない)なので、全体像がなかなか見えてこない。今回はパスコーが、いわば事件における神の視点として捜査をするのだが、その神でも手出しの出来ない世界が、背後に姿を現すのが不気味だ。自殺騒ぎがそんな規模の話につながるの?!風が吹いたら桶屋が儲かるってやつですか(ちょっと違う)。力の及ばないことに決して捨て鉢にならない、事件の「締め」となるパスコーの言葉がよかった。相変わらずキャラの立て方が上手くて楽しい。

『美しき罠』
  ビル・S・バリンジャー著、尾之上浩司訳
 第二次世界大戦後ニューヨークへ戻った「僕」は、旧友の刑事に関するある記事を読み、愕然とする。彼に何があったのか「僕」は調査し始めるが。「僕」の調査過程と、調査から導かれた旧友の事件の顛末との2部から成る。2部への移り方がちょっと唐突な感じはあったが、読みにくくはない。謎解きのミステリというより犯罪小説か。しかしこれ、男も男だし女も女だよな・・・。まあ、あまり女に入れ込むな!生活設計は計画的に!というお話でしょうか。

『八木剛士史上最大の事件』
  浦賀和宏著

 八木にもとうとう春が来た!やったね八木!・・・と思ったのにあああ神様って残酷!!思わず天を仰ぎたくなります。そりゃ最大の事件だけど、そんな最大っぷりじゃああんまりだ!スタンダードな青春小説(鬱屈してるけど)として完結していくのかと思ったら、何か不思議設定出てきたし、どうなるのこれ。巨大な敵と戦っちゃったりするの。

『さもなくば喪服を』
  ドミニク・ラピエール&ラリー・コリンズ著、志摩隆訳

 天才闘牛士エル・コルベドスの半生を辿るノンフィクション。身内や同業者等様々な人からの聞き書きによる力作だ。ベストセラーとなったというのも頷ける。そしてタイトルのセンスがいい。私は闘牛には全然関心がないので、もし他のタイトルだったら読まなかったかもしれない。これを読んでも闘牛にはさほど興味は沸かなかったものの、それに魅せられ人生が変わってしまった男たちの熱気、はたまた狂気にはぞくりとする。そして当時(1930年代〜70年代)のスペインの国内情勢の無茶苦茶さが興味深い。市民戦争が大きく影を落としている時代だが、共和国側も国民党軍もやることが極端で歯止めが利かなく、結果的に国内の経済も破綻していくのが怖い。時代的には現代の範疇に入る時代なのだが、近代以前のような生活をしている層もあったそうだ。解説読んだら、スペインが民主化したのって本当に最近だったんですね。このあたりのことはよく知らなかったので、勉強にもなった。

『石の葬式』
  パノス・カルネシス著、岩本正恵訳

 ユーモラスでシニカルでグロテスクな、(月並みな言い方だが)現代の神話的なギリシアの連作短編集。しかし神話と言っても荘厳さや雄大さとは程遠く、舞台はあるちっぽけな村。そして登場人物は皆どこかせこくてずるくてしぶとい。村人がやっていることはせこいのに、俯瞰すると妙に力強く感じられる。その力強さは主に土地の力と時間の流れの力によるもので、人間の無力さと並ぶことでそれが際立っているのかもしれない。そういえば、この物語に出てくる人達は、ほとんどが何も成し遂げることの出来ない人達だ。ただ、それが情けないとか虚しいとかいうのではなく、愚かだが憎めない(嫌な奴もいるんだけど)存在として生き生きと動いているのだ。

『SPEEDBOY!』
  舞城王太郎著

 好きだった作家の作品が、段々自分が読みたかったものから離れていくというのは何とも言えず哀しいものですね・・・。鬣を持ち異常に早く走れる少年・成雄が主人公。しかしこういうの、前にもやりましたよね先生・・・。何と言うか、手ごたえのある世界が遠いという感覚、自分と他者との位置関係がよくわからんという感覚は、中高生向けの作品としてはいいのかなとは思うが、こういうのだったら私はもういいやと。しかし何で常に世界との仲介役が女子なんですかね。世の男子は、そんなに女子を助けたり女子に助けられたりしたいのか。

『青空の卵』
  坂木司著

 正直ミステリとしては成功しているとは言い難い(というか書き慣れてない感じ)し文章も下手なのだが、意外に楽しめた。出てくる料理がことごとく美味しそうなのだ。料理がおいしそうな小説はそれだけでも楽しい。そして坂木と鳥井の過剰な友情がすごい。わーこの共依存的関係気持ち悪い!でも萌ゆる(笑)!よもや硬派な東京創元社さんがこんなブツを送り出してくるとは・・・。もうねー、3ページに1回くらいの割合でどこのBLかと思った。真面目な話をすると、言いたいことがこなれないままボンと書いてあって気恥ずかしい。すごく真面目なのはよくわかるのだが、もうちょっと煮たり焼いたり薄めたりしてほしい。何か、どの愛も濃い(笑)

『迷宮逍遥』
  有栖川有栖著
 著者がミステリの文庫解説に寄せた原稿を集めたエッセイ・評論集。ミステリガイドとしてだけでなく、著者が子供の頃からどういうミステリを読んできたのかも垣間見えて面白かった。鮎川哲也やエラリー・クインには当然傾倒していただろうと思っていたが、若い頃森村誠一のファンだったというのは意外。そして更に意外だったのは、「パタリロ!選集29」の解説を書いていたこと。意外に守備範囲広いんですね先生。個人的には、平石貴樹「だれもがポオを愛していた」の解説があったのがちょっと嬉しかった。えらく懐かしい。

『小説の自由』
  保坂和志著

 「小説」に関する著者の思索。こんなに読んでも読んでも著者が何を言わんとしてるのかわからない本読んだの久しぶり・・・。著者の名誉の為言っておくと、多分ひとえに私のおつむがよろしくないせいです。なんでこんなに読みにくいの・・・。著者が「入って来やすい」としている文章が私には入ってきにくく、「入って来にくい」としている文章が入ってきやすかったりと、どうにも相性が合わないらしい。著者が考える小説なるものと、私が考える所の小説とは違うものなのかなと。小説の可能性に対する信頼感に基づいた作品だと思うのだが、私はそこまで小説なるものを信じられない。

『名探偵のコーヒーのいれ方』
  クレオ・コイル著、小川敦子訳

 老舗コーヒーハウスのオーナー・クレアは、店でアルバイトが転落死しているのを発見する。事故死とされたものの、クレアは不審感を拭えず真相を探る。ミステリとしては他愛のないご都合主義的なものなのだが、若くはないが溌剌とした主人公は悪くない。そしてコーヒーが美味しそう!食べ物の描写が美味しそうだと、小説が3割増しで良く見えてきます(笑)。各種コーヒーレシピも掲載されているので、コーヒー好きの方は試してみては。ちなみに主人公の元夫が私の嫌いなタイプで、キュっと首を締めたくなりました(笑)。

『マルドゥック・ヴェロシティ(1,2,3)』
  冲方丁著
 『マルドゥック・スクランブル』の続編、ではあるが時間設定は『〜スクランブル』より前になる。主人公はまだコンビだった時代のボイルドとウフコック。証人保護システム、マルドゥック・スクランブル09のメンバーとしてある任務に従事する2人だが、ギャングだけでなく法曹界、財政界までもが事件の背景に浮かび上がる。よりスピード感を出す為か「=」や「/」等の記号を多用しているのだが、却ってひっかかってしまい読みづらかった・・・。しかし面白い。『〜スクランブル』を読んだ人には彼らの末路が既に分かっているので気分は重くなるのだが。まだ擦れていないウフコックが愛らしく、ウフコックと共に生きようとしつつも破壊と死に向っていくボイルドが切ない。そ、そっちへ行っちゃダメー!『〜スクランブル』と逆方向のベクトルを持った物語とも言える。各キャラの立て方が分かりやすくて楽しい。特に敵であるカトル・カールの皆様の造型のえげつなさは際立っている。本編は面白かったのにあとがきがちょっと恥ずかしいなぁ。そういうのは言わぬが花よ。

『きつねのはなし』
  森見登美彦著

 骨董屋と「獣」がリンクしていく中編集。現世と異界との境界の曖昧さは、初期の川上弘美を思わせる所がある。ただ、川上弘美のように人の心の機微や人の繋がりの不可思議さを描くという所までは行っていないように思う。これは若さゆえか個性なのか。今までの2作とはがらりと作風が異なり、抑制が効いていて好ましい。特に「魔」「水神」は、土着の臭いのするほの暗さが魅力的だった。表題作はちょっとかっちりと説明しすぎかなぁという気がしたのだが、この2作はいい意味でオチ丸投げな感があるのがよかったかなと。

『ハヅキさんのこと』
  川上弘美著

 ああ寂しい・・・。短編小説集だが、何らか(恋人であれ家族であれ)の形での別れ、もしくは別れの予感が描かれていた作品が多かった。地味にわびしいというか怖いというか、人の気持ちのままならなさとか底知れなさが垣間見える所がある。劇的ではないが、ヒヤリとするのだ。特に3編から成る「誤解」という連作は、この後の展開を創造するとちょっと怖い。結構リアルにありそうな状況な所がイヤだわ〜(笑)。

『幸福は永遠に女だけのものだ』
  渋澤龍彦著
 どうなのこの題名(笑)。エロティシズムを題材とした随筆集。しかし、この中で論じられているエロティシズムは、いまや絶滅寸前のものだろう。時代が流れるのは早いわ・・・。これが書かれた当時は、とんがった内容だったのだろうか。著者が現在の「萌え」文化を見たらどう思うのか、すごくご意見うかがいたいです。きっと全否定されるんだろうな(笑)。

『獣どもの街』
  ジェイムズ・エルロイ著、田村義進訳

 3つの時代を舞台にした、1人の刑事と1人の女優の愛と闘争・・・なのか?9.11後のアメリカも舞台になっているが、一番冴えているのはやはり80年代ハリウッドを舞台とした「ハリウッドのファック小屋」。現代の警察ではダーティーヒーローは活躍しにくいか。しかし右翼が出ようが左翼が出ようがイスラム原理主義テロリストが出ようが、エルロイはエルロイなんですね。何書いても最終的にエロスとバイオレンスと主人公の狂気に収束されてしまうんですね。時代の力みたいなものには、あまり関心ないのかしら。

『詩神の声聞こゆ』
  トルーマン・カポーティ著、小田島雄志訳

 「ポーギーとベス」のソ連公演に随行した際のルポや、京都でのマーロン・ブランドへの取材等を収めた作品集。マーロン・ブランドって京都に来てたんだね・・・。カポーティのルポはかなり小説的だと思う。特に「ボーギーとベス」ソ連公演の話は、最初はノンフィクションぽいのだが、段々と幻想的な雰囲気が増してくる。ホテルとかバーとかでの話は、どうも出来すぎなような気がするが、そういうことはどうでもいいんだろうなー。ちなみに日本が出てくる作品がいくつかあるのだが、当時のアメリカ人にはこういう風に見えていたのかという面白さが。日本の女の子って、そんなにクスクス笑う印象があるのだろうか。

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