10月

『図説 写真小史』
  ヴァルター・ベンヤミン著、久保哲司訳
 ベンヤミンの著作である表題作の他、カール・ニーレンドルフ、カミーユ・レヒト、アルフレート・デーブリンの著作を合わせた写真に関するエッセイ。文庫版だが、図版が充実しているのが嬉しい。特にウジューヌ・アジェの写真は、なんてことのないパリの風景なのだが、実にいい。1920年代から30年代の著作なので、今読むと少々的外れな部分もあるが、写真がアートとして確立していく過程が垣間見られると思う。また、この時代はテクノロジーに対して結構過剰な期待が合ったのかなと思わせる部分も。

『家守綺譚』
  梨木香歩著
 約100年前の日本。駆け出し文筆家の「私」と、人ならぬ(若しくは元人)者達との交流を描く。著者の作品には一種の頑なさがあってどうも苦手だったのだが、本作には好感を持った。「私」の姿勢のしなやかさ(ぼんやりとしているともいう)、柔らかであまり拘らない所が、読みやすかったんじゃないかと思う。これまで著者の作品に感じていたような息苦しさがなかった。この世とあの世があっさりと入り混じる(死んだ友人はちょくちょく遊びに来るし、河童も狸も頻出)、しかし深入りはしない、してはいけないという所に節度を感じた。

『QED〜ventus〜御霊将門』
  高田崇史著

 今作は鎌倉、熊野に続き観光ガイドブック仕様。お題は怨霊・平将門。都内と首都圏中心とは言え、結構移動距離あって慌しい。私は日本史に詳しくないので何とも言えないが、こういうのって言ったもの勝ちな気が・・・。大分こじつけっぽい解釈もあるんですけど、いいのかなー。まあともかく、この調子で目指せ全国制覇!まずは本州脱出だ!ちなみにシリーズ内では『熊野残照』と『神器封殺』の間のエピソードとなるので、2作を先に読んでおくことをお勧めする。

『ブルースカイ』
  桜庭一樹著

 1927年のドイツ。2022年のシンガポール、2007年の日本。世界に違和感を感じる2人と、1人の少女の物語。しかしなぜこういう組み立て方なのか。ドイツ、シンガポールの他に幾つものエピソードがあって最終的に日本、というのなら分かるのだが。著者の意図がよくわからなかった。それぞれ独立した長編小説に使えばよかったのに。また、その世界に少女を投入する必要性をあまり感じなかった。著者が抱いているような少女(というか少女期か)に対する思い入れが、私にはないということなのだろうか。ところで、日本編について一番気になったのは、現役の中高生はこれを読んで「うわーイタいこと書いてるよこの人」とか思わないのだろうかということです。どうなの実際。

『日曜日たち』
  吉田修一著

  5人の若者の「日曜日」を描いた連作短編集。各主人公は、皆私と同年代かちょっと上くらいで、色々と身につまされる所が。この年齢になると、このままでいいんだろうかとか、何とかなりたいけどどうも無理そうとか、将来に対する可能性がどんどん減っていくのを実感する。その焦りとか無力感とか、自分は大丈夫なのだろうかという不安、それでも生活しなくちゃならないということ等、共感する部分が多々あった。この作家、若者の低調子な所を書くのが上手いなー。最後の「日曜日たち」で、各話に散りばめられていたパーツがぴたりと収まり、やっと救われた気持ちに。それでも生活は続き、「嫌なことばっかりだったわけではないと」。  

『ローカル・カラー/観察記録』
  トルーマン・カポーティ著、小田島雄志訳

 著者の若い時期の散文集。土地にまつわるエッセイ「ローカル・カラー」と、様々なアーティストのスケッチである「観察記録」の2部から成る。観察眼が鋭いのはもちろんだが、書き留める要素のピックアップが巧みだと思う。「ローカル〜」は若干文章が歌いすぎで、自分の筆に酔っているんじゃないかと鼻につくところもあった。それに比べると「観察記録」は、生身の人間が対象のせいか、鋭く、突き放した感が。特に「白昼の亡霊たち〜『冷血』の映画化」の最後の1文は結構容赦ないと思う。えーと、映画にはご不満だったんですかね(笑)。

『幻の女』
  ウィリアム・アイリッシュ著、稲葉明雄訳

 妻を殺した容疑をかけられ、死刑を宣告された男ヘンダースン。彼のアリバイを証明できるのは1人の女だけ。しかし、誰も彼女のことを知らないと言う。名作と誉れ高いだけのことはあって、確かに面白い。状況的に真犯人はAかBかしかないのだが、語り口が上手いのか、ぐいぐい読まされてしまった。真相がわかると、各章のタイトルも上手い。これ、ヘンダースンの立場になって読むと相当怖い話だと思う。自分の記憶を全否定されてしまい、誰も自分の言うことを信じてくれないわけだから、ぞっとする。私も人の顔を覚えるのが苦手なので、他人事とは思えません。

『僕はマゼランと旅した』
  スチュアート・ダイベック著、柴田元幸訳
 短編同士の繋がり方、配置が巧みな連作短編集。私は著者の作品は大概好きだが、今一つのめり込めない。多分、ベクトルが過去へ向いていることが多いからだと思う。本作も同様で、少年・青年時代に対する強い愛着(その時代のみっともなさ含め)に満ちている。こういう所に、個人的にはあまりぴんとこないのだが・・・。男の子的要素の強い作品で、特に「蘭」のオチ(いや途中もだけど)のアホさにはザ・男子!と言わざるを得ない。夢中になって読むことは出来なかったが、所々にぐっとくる文がある。「僕にとって親父を恋しく思う気持ちは、親父がもうそこにいなくて、僕がほとんど何も知らない過去、親父が僕にとって唯一の絆だった過去について訊きたいことがあっても答えてもらえないのだと思い知る、という形をとることになる」。これ、身に染みました。

『沈むさかな』
  式田ティエン著

 かつて競泳選手だった父親の死の真相を探る為、海辺のクラブとその同系列会社が経営するダイビングスクールに潜り込む主人公。地の文が、主人公の行動・心理を「きみは〜した」と表現するもので、慣れるまでちょっと読みにくかった。文章もあまり上手くないし・・・。で、この語りの方法が何かの伏線になっているのかと思ったら全然なっていないんですね。わーびっくり。肝心の謎解きも、所々(ダイビングの知識を使った所とか)面白い点はあったものの、物足りない。エピソード同士が上手くかみ合っていない感が。ついでに事件の裏に隠された陰謀が、クラブもダイビングも絡めない方が上手くいったんじゃないの?というものなので、何かちぐはぐ。著者的にはサプライズなつもりであろうある設定も、かなり早い時点でわかってしまった。「このミス」大賞ってこの程度で取れるのかー。

『アフターダーク』
  村上春樹著

 ファミレスで読書する少女、それに声をかける青年、眠り続ける女らの一晩の群像劇。上位の視点が彼らを俯瞰しているような文章。しかし、著者の意図がいまひとつよくわからない。世界を一つの生命体と見たとき、声望や器官の動きが人の動きとなり、ここへの作用があちらに反映されるというようなものを書きたかったのかなとも思ったが、なんかすっきりとしない。結局何がやりたかったのだろうか。

『彼女の部屋』
  藤野千夜著

 色々な「部屋」の出てくる短編集。文章がさらっとしていて、同時におかしみがある。体温が低めな感じに好感を持った。家族とか友人とかのはっきりとした関係ではなく、その間というか、具体的にカテゴライズしにくい微妙な関係を書くのが上手い作家だと思う。親しいにしろ親しくないにせよ、人と人との距離感、関わり方の面白さを感じた。そして日常生活の些細なことの描写が魅力的だった。ご飯食べるとかゴミを出すとか、そういうところをいちいち書いてくれるのがいいのだ。

『わが手に雨を』
  グレッグ・ルッカ著、佐々田雅子訳

 ギタリストとして成功したミムは、自宅で何者かに襲われ監禁される。数時間後に解放されたが、彼女の盗撮写真をネットに流され、何者かに脅迫される。ミムの行動が年齢のわりに考えなしなのが気になり、もっと上手いやり方があるんじゃないの?!とイライラするところも。しかし、特別強くも賢くもない彼女が、自分と家族を守る為に1人で立ち向かっていく様はスリリングで手に汗握った。ミムには過去に辛い思い出があり、それを回避しようとしてきたことで現在はアル中状態。しかし事件のせいで過去と向き合わざるを得なくなる。この「せざるを得なくなる」過程の設定、思い出さない方が楽なこともあるがやっぱり思い出さないとならない、という部分が上手いと思った。父娘の再生物語でもあり、そこが泣かせる。

『覚えていない』
  佐野洋子著
 この本だけでなく著者のエッセイは、主張に共感できるか否かはおいといて、芸風が確立されていて何を書いてもやたらと面白い。男女の話等には他の人が書いたら下品になってしまいそうなものもあるのだが、著者が書くと下世話ではあるが下品ではない。これも人徳ってやつですか?しかし最も笑ったのは「山小屋の渡辺淳一」。あまりにもヒマだから友人と一緒に渡辺淳一の小説を読むというだけの話なのだが、出てくるだけでネタになる渡辺作品てすげーよ!こんな使われ方する作家が他にいるだろうか。ある意味文壇内最強。

『感情の法則』
  北上次郎著
 書評家である著者によるエッセイ集。家族や友人の話が多いが、もちろん本と絡めてあるので、遠まわしな書評本として読んでもいいかも。私はエッセイ等を読むとき、それほど共感して読むほうでもないのだが、本作には何故かやたらと共感してしまった。「わ、わかる・・・」と思わず打ち震える箇所多々。最近親が年取ってきたなぁと思うことが増えてきたから、親絡みの話が出てくると特に目頭が熱くなってしまうのかしら。将来の自分のこととして読んでいるのかも。あと、男女関係に対するスタンスもあーよくわかるわーと。「万が一美女とお近づきになるチャンスがあっても、きっと面倒くささが先に立つ」「合コンで喋るのが面倒。早く帰って本読みたい」。そのテンションの低さが素敵。しかし何で私、自分の親ほどの年齢のおっさんにこんなに共感してるんでしょうか・・・。

『EDGE』
  とみなが貴和著
 高層建造物を狙う爆弾魔を追う、美貌の天才心理捜査官・大滝錬摩の戦い。面白いと評判なだけあって、ちゃんと面白い。元はラノベだそうだが、サスペンスとしてなかなか骨太な印象。ただ、面白いんだけどあまり気持ちを入れて読めない。そんなにサービスしてくれなくても・・・少々げんなりとしてしまった。私、サービス精神旺盛なエンターテイメントがもしかして苦手だったの?とようやく気付いた。美形とか天才とかトラウマとかはもういいです・・・年寄りだからもっとあっさりしたものが食べたいの・・・。主人公がしょぼーとした中年だったらもうちょっと身を入れて読めたかも。

『ラギッド・ガール 廃園の天使U』
  飛浩隆著
 AIだけでなく「数値海岸」製作者らも登場する、シリーズ2作目の短編集。前作にしろ今作にしろ、グロテスクと表裏一体の美しさがあってぞわぞわする。これはシリーズの特色というより、著者の持ち味なのだろう。何書いてもどこかいびつになりそう。特に、作品内における愛のあり方が、対象を取り込む、傷つけるという形に終始しているのが、意図的なのかそうなっちゃうのか気になる。人間の欲望のベクトルが、すごく偏った方向にいっているなぁと。それに引きずられそうになって、ちょっとドキリとする。そして人間の欲望だけでなく正義感(その背後にはまた欲望があったりもするのだが)が、数値海岸を思わぬ方向へ導いてしまうという皮肉。スケールどんどんでかくなってるが、これどうなるの。

『世界の終わり、そして始まり』
   歌野晶午著
 小学生の息子は本当に連続誘拐殺人犯なのか?前半はハードボイルド風の父親による捜査過程、そして後半はリバース本格推理小説とでもいうような、不思議な作品だ。何度シュミレーションしてもハッピーエンドに辿り着かない!読んでいて大変ストレス溜まります(笑)。しかし、やっぱりロジック構築に強みのある作家だということはよくわかる。ところで、自分の子供が殺人者だったらどうするのか、「人殺しはいけない」とどうやって説明すればいいのか、自分がこの父親の立場だったらと思うと呆然としてしまう。真実なんて知らない方がいいのか・・・。

『憲法九条を世界遺産に』
  太田光、中沢新一著
 芸人と社会学者という異色の組み合わせによる対談集。第一章の宮沢賢治作品の2面性(というか、ある部分をどんどん追求していったら危険な領域に突入しちゃったというか)については、私は作品を読んだ当時(何しろ子供だったから)全然気付かず、かなり驚いた。これを機に再読してみようかと。お笑い芸人である太田にとって、こういった政治的な発言は必ずしもプラスにはならない。「そういう主張を笑いで表現してこそのプロだろう!」という批判もあるだろう。しかし本人だってそれは百も承知なのだろう。もどかしくてストレートに言ってしまうという位に、彼が今の風潮に危機感を感じているということが興味深かった。読み物としてはなかなか面白かったです。

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