9月

『そして、警官は奔る』
  日明恩著
 強面で生真面目な刑事・武本と、刑事小説マニアな名家の御曹司・潮崎のコンビが活躍するシリーズ第2作。訳あって本作では潮崎は一般人だ。外国人不法滞在者の子供達をめぐってジレンマに陥る2人だが。法と人道の間で悩む彼らだが、明快な答えのない問題に対して、自分たちの組織の限界を知りながらも誠実に取り組もうとする姿勢が清清しい。キャラクターの心理を説明過多な所があるが、警察小説として、職業倫理小説として好感度は高かった。前作は『踊る大捜査線』ぽかったが、本作は取上げる問題がもっと地味で、地に足の付いた内容になっている。

『OZの迷宮 ケンタウロスの殺人』
  柄刀一著

 連作本格ミステリ短編集。それぞれの短編の探偵役の処遇にはちょっと、いやかなり驚いた。そうきますか!さて柄刀一の小説を読むと、私は常にジレンマに苛まれる。この人、ロジックだけなら同年代の本格ミステリ作家の中でもトップクラスに入ると思う。しかし、しかし何でこんなに文章がアレなんだよ・・・!そのー、流暢であれとは言わないから、物の位置関係とか形とかがちゃんと分かるようにしてくれないだろうか(私の理解力が低いのかもしれんが、文章に変な癖があるのは確かだと思う)。ミステリの真相が判明してから「あー、あそこはそういうつもりで書いていたのかー」と分かった所も。逆謎解きかよ!もうねー、これで端正な文だったらどんなにか切れ味のいい本格になるかと思うと、口惜しくて頭をかきむしりたくなります。

『古道具ニコニコ堂です』
  長嶋康郎著

 古道具屋の店主である著者のエッセイ&自作新聞集。商売も著作も片手間っぽいというか、よく生活が成り立っているなと思うくらい商売っ気が薄い。かといって、趣味や遊びに生きるタイプでもないらしい。変わった人、としかいいようがない。でもこういう人が家族にいたらすごく困ると思う・・・。この人に子供がいるというのが不思議だ。そして変わった人の周りには更に変わった人が集まってくるものらしい。エッセイの中に出てくるお客さん達のキャラが濃すぎます。

『ふちなし帽』
  トーマス・ベルンハルト著、西川賢一訳

 著者はオーストリアの作家だそうだが、ちょっと風変わりな短編集だった。どの作品も、ちょっと一種の強迫観念にとらわれた人の話のようであり、頭の半分くらいで「あーもう人生嫌・・・」と思っている人の話のようでもある。実際、あっさり自殺(のような行為)をしてしまう人の話もある。厭世的というのでもないが、一種のうんざりさがあって、読んでいてどうも居心地が悪かった。鬱気味の人にはあまりお勧めできなさそうだ。

『上手なミステリの書き方教えます』
  浦賀和宏著

 超幸運で超不幸な非モテ高校生・八木剛士シリーズ第3作。純奈への思いを自覚してしまった八木の運命やいかに?!あーもう八木よ!と胸と頭をかきむしりたくなります!お前は何で何でそうかな!教師・瀧が八木に「誰も、お前のことなんか気にしちゃいない」と言った訳が、大人になった今なら良く分かる(八木はちょっとずれた解釈をしているみたいだが)。自己嫌悪と自意識でいっぱいいっぱいだった10代の自分にも言ってやりたくなったのだった。ちなみに作品内にミステリの書き方ルールが出てくるのだが、本作自体はそのルール完全無視してます。

『林真紅郎と五つの謎』
  乾くるみ著

 元法医学者の林真紅郎が遭遇する5つの事件。いわゆる巻き込まれ型探偵なのだが、「いちばん奥の個室」では色々推理したあげく、ミステリとしては禁じ手な真相、「陽炎のように」では事件は探偵がいるから生まれる(探偵が作り出す)のではないかという疑念が提示され、ちょっと捻りがある。「過去から来た暗号」では自主的には事件解決していない。ミステリとしてはちょっと苦しい部分もなくはないが、探偵のあり方に焦点を当てた短編集と思えばそうでもないか。なお、解説は大変的確なので必読。ところで、トイレであんな並び方するかな?レジじゃないんだからさー。

『魂よ眠れ』
  ジョージ・P・ペレケーノス著、横山啓明訳
 黒人探偵デレク・ストレンジシリーズ第3作。死刑判決を受けそうな元暗黒外のボス・オリヴァーを救おうと、重要な証人の女性との接触を図ったデレク。しかし彼女にはストリートギャングらも目をつけていた。デレクはギャングの抗争に巻き込まれていく。私はペレケーノスのファンだが、本作はどうにも読みにくく、なかなか読み終われなかった。訳文のせいなのか、展開がもたつくせいなのか・・・。また、読んでいると気が重くなり、なかなか先に進めないという所もある。デレクが暮らすのはワシントンDCの中でも黒人住民が多く、経済的には貧しい層が主を占める地域だ。豊かになるには、天才的な才能で一花咲かせるか、犯罪者になるしかない。真面目に努力しても得られるものはたかが知れている環境の中で、まっとうに生きることを若者に諭すことに、デレク自身も自信が持てなくなっている。生まれついた人種や土地柄、家によってその先の人生が決まってしまう比率が、日本よりも格段に大きい(でも多分日本もこうなっていくだろう)。アメリカンドリームとは無縁なアメリカ社会の一面に、どうにも気が重くなるのだった。

『ドラマ・シティ』
  ジョージ・P・ペレケーノス著、嵯峨静江訳

 刑務所からの出所後、動物虐待監視官として働いているロレンゾと、仮釈放監察官レイチェルを軸に描かれる群像劇。皆それぞれ、過去のしがらみや重み、罪から逃れられずに生きている、決して強くはない人達だ。しかしそれでもまっとうに生きようととする姿にはエールを送りたくなるし、著者もそういう生き方を良しとしているのだろう。後ろ暗い所がないとは言えない、しかし大事なのはこれからどう生きるか、過去とどう折り合いをつけていくかだ。ラストは、思わずぐっときた。しかし、他作品で子供だった登場人物が、本作では立派なストリートギャングになってしまっているのが何ともやりきれなかった。ちなみに犬好きにはお勧めらしい。私は犬が苦手なので何とも言えないが。

『トルーマン・カポーティ(上、下)』
  ジョージ・プリンプトン著、野中邦子訳

 作家カポーティの姿を、知人・友人・ライバルら多数の人々からの聞き書きによって浮かび上がらせた伝記。インタビューに応じた人々の話をそのまま(だろう)記載しているので、人によって同じ話でも食い違っている部分が出てくる。しかしその差異の部分が対象の多面性を著わしている。実際、カポーティはすごく2面性の強い人だったらしく、周囲をひきつける魅力的な部分と、非常に辛辣で嫌な部分とが語られていた。私はカポーティについて、作品以外は殆ど知らなかったので、社交界で派手に活躍していたというのには驚いた。社交界に出入りしたことが、彼のキャリアにとってよかったのかどうかはわからないが・・・。人の弱みを逃さないが、自分自身については案外詰めが甘くて、結局それで破滅したとも言える。人にちやほやされたい、構われたいという欲求が言動のそこかしこに見えて、痛々しいというかイタいというか。愛されたくてしょうがないが、愛され下手な人だったように思う。とにかく聞き上手、聞き出し上手で、そこは非常に羨ましい。

『風の影(上、下)』
  カルロス・ルイス・サフォン著、木村裕美訳

 1945年のバルセロナ。少年ダニエルは古書店を営む父親に、ありとあらゆる本が集まってくる「忘れられた本の墓場」へ連れて行かれ、フリアン・カラックスという無名作家が書いた「風の影」という本を手に入れる。成長したダニエルはカラックスについて調べ始めるが、なぜか警察から妨害を受ける。ダニエルとカラックスの人生が、鏡合わせのように共鳴し合い、お互いを補完し合う。正にめくるめく小説体験という感じで、一気に読んだ。青春物語として、ゴシック小説としてすごく面白かった。スペイン内戦の傷痕がまだ生々しい時代背景も興味深かった。全体的に、キャラクターの配置もストーリー展開も、光と影のコントラストが強く、これはスペインのお国柄なのかとも思った。小説に対する愛と敬意と信頼が感じられる小説。

『邪魅の雫』
  京極夏彦著

 シリーズ内では最も、個々の事件は単純だし犯人の頭も悪いと思う。でも全部通して見るとややこしくなっちゃうというか・・・。人物相関図を書きたくなります。そして、事件のキーパーソンとなるある人物の行動が、(知識がない、鈍いという意味ではなく)これまた頭悪い。何だかなぁ。うだうだ思ってるくらいなら直接会うなり話すなりすればいいじゃないよ・・・。ま、人間視野を広くしようね、責任転嫁はやめようねという話でしょうか。著者のここ2,3作は説明が懇切丁寧でちょっとくどい。薀蓄部分じゃなくて、キャラクターの思考の過程のトレースがやたらと丁寧なのね。親切設計なのかもしれないが、同じことを何度も言い換えなくてもいいです。

 

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