8月

『砂漠で溺れるわけにはいかない』
  ドン・ウィンズロウ著、東江一紀訳
 ニール・ケアリーシリーズ完結編。カレンとの結婚を2ヵ月後に控えたニール。そんな折、義父グレアムからラスヴェガスに行ったきり帰ってこない老人を連れ戻せという依頼が。しかしこの老人、一筋縄ではいかなかった。万年少年のようなニールだが、シリーズが進むにつれて頭悪くなっているような気が・・・ついでに女の趣味も悪くなっているような気が・・・。彼がちゃんと大人になるかということもシリーズの一つのテーマになっていたように思うが、あまり成長しなかったな・・・。後味は爽やかだが、往年のコメディアンである老人のジョークが全然笑えなかった。これはわざと?それともアメリカ人にはウケるの?

『経営がわかる会計入門』
  永野則雄著
 私、会計のことなど全く分かりません。ズブの素人(どころか世間一般と比べてもお金のことがよくわかってない)がどの程度理解できるか読んでみた。会計がどういうものかという入門書としてはわりと分かりやすいのでは。説明は上手いと思う。私、色々間違った思い込みをしていたことに気付いた・・・。会計は企業の財政状態を示すだけでなく、その企業がどういう経営方針をとっているのかという対外的なアピール、また内部に対してはモチベーションを上げる効果等、イメージ戦略的な役割もあるんですね。それが行き過ぎると不正行為になるわけだが。

『死神の戯れ』
  ピーター・ラヴゼイ著、山本やよい訳
 好青年な牧師は、実は協会の金をネコババする殺人犯だった!何はともあれさくさく殺しすぎですよ!バレるって!真相に気付く人が、周囲からあまり信用のないうっとおしい奴で、真相を主張してもなかなか信用されないというのがポイントか。舞台装置はアガサ・クリスティぽいが、内容はブラックコメディのよう。出来すぎた人には裏があるって話ですかね。

『アコギなのかリッパなのか』
  畠中恵著

 元・大物議員の事務所で働く、元・ヤンキーの佐倉聖が事務所に持ち込まれた厄介ごとを解決する。選挙がらみの話が多いのだが、選挙事務所ってこういう感じなのかー。結構慌しいのね。探偵役が政治家事務所関係者だと、色々な舞台へ行かせることが出来る、いろいろな人間の間に首を突っ込ませやすい、聞き込みがしやすいという創作上のメリットはあるかも。しかしミステリとしては正直物足りなかった。むしろ聖が政治家のおっさんらにいじられつつ可愛がられる話として読んだ方が楽しいかも(私が)。畠中先生はちょこちょこ萌えフックを投入してくるので油断できません。

『誰のための会社にするのか』
  ロナルド・ドーア著
 非常にタイムリーな1冊。アメリカ流の統治制度、株価至上主義が急速に浸透しつつある日本企業だが、本当にそれでいいのかと著者は問う。著者は株価至上主義には懐疑的(株価は一種共同幻想的な側面があるという見方からだろう)だ。会社は株主だけのものではない、会社にある程度の愛着と誇りを持つ「準共同体的意識」が日本に合っている、長期的には株主にとってもこの方が利益を生むと提唱しているが、この意見が受け入れられるぎりぎりのラインまで今の日本は来ているのではないかという印象を受けた。著者が懸念しているのは、めぼしい反対論もないまま、日本企業の状況が一方方向へ急進しつつあるという点でもあるだろう。「まだ良心を重視する風潮があるのが日本企業文化の強み」という言葉は時代遅れとも取られるだろうが、こういう側面は無くしたくないものだ。

『映画館と観客の文化史』
  加藤幹郎著
 一般的に映画史というと作品史として捉えられがちだが、本作は映画館と観客に焦点を当てたもの。映画が見られるものである以上、どういった形態で上映されているかということを考慮しないと、見落としてしまう部分が多々あるのだろう。アメリカでも日本でも、最初は音楽や寸劇といった出し物と一緒に上映されていたというのが面白い。アメリカでは歌声喫茶よろしく、観客が大合唱していたそうだ。上映形態の変化によって映画の内容が変化していく(映画館では静かにするものだという通念が一般化するにつれて、芸術性の高い映画が出てくるというように)という側面もあるのでは。

『感性の起源 ヒトはなぜ苦いものが好きになったのか』
  都甲潔著
 苦い物は一般的に毒であり、バクテリアなどの単細胞生物は苦い物から逃げる。人間も幼い頃は苦いものを嫌がる。ではなぜ大人になると苦い物や辛い物も食べるようになるのか。題名の「感性」とは、いわゆる感受性のことではなく、生理学的な情報の認知のこと。ただ、情報量により培われるという点は似通っている。著者は今まであまり進んでいなかった、人間の味覚の数値化の研究をしているヒト。世界的に見ても、味を表現する単語はどの言語でもあまり多くないらしい。人間の本能、脳の古い部分と深く関わる部分は言語化しにくいということか。

『生首に聞いてみろ』
  法月綸太郎著

 本格ミステリにおいては、それが物理的・心理的にありえそうかどうかということより、一連の事象に論理的に矛盾がないかどうかということの方が優先されると思う。そういう意味では正に本格。悩める探偵を延々と悩ませて長編を書けなくなるより、探偵に徹する探偵と割り切って、新作に取り組んでいただきたいです法月先生には。万年青年のうだうだした内面なんて読みたくないですよ・・・!そういうわけで賛否両論の本作だが、私は大歓迎です。おかえり法月。伏線がみっしりと張ってあって、読み直して確認したくなった。しつこいくらいに出てくる美術解説も、ちゃんと活かされている。美術評論家が披露した持論が、ちょっとトンデモっぽいのが残念。ここに説得力がないと後の展開が引き立たない。所々に事件の真相とリンクするイメージが挿入されている所も凝っている。

『殺人を綴る女』
  メアリ=アン・T・スミス著、高橋恭美子訳
 ノンフィクション作家デニースは、下院議員オーウェンから田舎町で起きた殺人事件の調査を頼まれる。犯人は逮捕されたが、裁判は不自然なものだったと言うのだ。閉鎖的な田舎での殺人というよくあるパターンだが、キャラクターそれぞれの像が二転三転して面白い。夫婦の危機や女同士の友情も交えて盛りだくさんな内容だが、ちょっと詰め込みすぎな気もする。現在から過去へ飛び、また現在へという構造なのだが、そうする必然性は特に感じない。普通に時系列に沿った方がすっきりしたかも。しがらみもコンプレックスも矜持も持っている(必ずしも好感を持たれるとは限らなさそうな)ヒロインの造型がいい。特に夫との関係の描写は上手い。夫の人の話を聴かない加減の描き方も上手い。

『馬鹿★テキサス』
  ベン・レーダー著、東野さやか訳

 おバカなタイトルだが、内容はバカミスというほどではなく、コメディ・ミステリという程度。邦題はちょっとやりすぎかな。しかしバカな人はいっぱい出てきます。主人公とヒロイン以外殆どおバカですよ!狩猟監視官マーリンは、狩場で妙な奴を見つけたという報告を受ける。その裏には鹿を使ったとんでもない陰謀が。この「陰謀」とやらがかなりバカ。鹿はいい迷惑だよ!このネタをわざわざ小説に使おうという著者の度胸もすごい。でももっと突き抜けたバカを期待していたんだけど・・・

『死者にかかってきた電話』
  ジョン・ル・カレ著、宇野利泰訳

 著者の処女作であり、英国諜報部員スマイリー初登場作品。スパイの容疑をかけられた男が自殺した。しかしスマイリーは本当に自殺なのか疑問を持つ。ル・カレのスパイ小説は従来の(冒険小説的な)スパイ小説とは、最初から明らかに違ったんだろう。スパイのかっこよさではなく、組織に消費されていく哀しさや滑稽さが色濃い。終盤のスマイリーの慟哭はなんともやりきれない。

『The MANZAI(3)』
  あさのあつこ著

 歩はとうとうおっさんにまでモテモテに・・・!すごいよ総モテだよ!しかし片思い相手の美少女・恵菜には相変わらずライバル視されているのだった。歩の周囲に対する心のガードが段々薄くなっていく(人に対して無理しなくなっていく)感じが微笑ましい。母親の心配をちょっと鬱陶しがるのも微笑ましい。彼は自分の中ではいっぱいいっぱいでも、周囲からは落ち着いているように見えるタイプとのことだが、そういう人いるよね。私の友人にもそういう人がいるが、得しているのか損しているのか微妙だよなぁ。それはさておき、秋本の悪い男度が段々UPしてきていて危険だと思う。その天然加減が怖い!

乱雑読書TOP HOME